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番外編

月と獣の舞踏会2(マクシミリアン視点)

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せっかくビアンカンとよい雰囲気だったのに。
空気を読まない城への到着に舌打ちしながら馬車を降りると、若い少年と言っていい年齢の御者が私の表情を見て身を縮こまらせた。
……私は余程恐ろしい顔をしていたらしい。
そんな御者にビアンカが優しく微笑みかけながら『ご苦労様』と一言労うと、一転して御者の表情は明るくなった。
人の妻を見て頬を染めるんじゃない。ビアンカもビアンカだ、他の男に微笑むなんて……。

「マクシミリアン、行きましょう」

そう言ってビアンカは、私の腕にたおやかな動作で自身の腕を絡めた。
そして私を見上げその美しい澄んだ青い瞳でじっと見つめてくる。
見つめ返すと、ビアンカはその非の打ち所がない整った顔に無垢な笑みを浮かべた。
……私は、怒っているのに。妻は無邪気なものだ。

「……他の男には微笑むなと言ったのに。御者に微笑みましたね」

思わず拗ねた口調で内心を漏らしてしまう。するとビアンカは目を丸くして、『まぁ』と小さく呟いた。

「マクシミリアン、御者のジョーイはまだ14よ?男性には入らないわ」

そう言いながら妻はくすくすと楽しそうに笑う。
その天使のような微笑みに、周囲の男達がたちまちに釘付けになるのが分かった。
ビアンカは今年24歳になった。7歳と4歳の子供がいるとは思えない絶世の美少女にしか見えない外見と、年相応の所作から漂う色香のアンバランスさは危うげな魅力を放っている。
彼女が頬にかかった銀糸の髪をかき上げるその美しい仕草に、周囲からは感嘆の息が漏れた。
……やっぱり、外になんか出すんじゃなかった。どうしてビアンカは自分の魅力に無頓着なんだ……!
あんなに言い含めたのに無防備な笑顔を見せ、会場に入る前からすでに周囲を魅了しているじゃないか。

「ビアンカ。帰ったらお仕置きですから」
「マクシミリアン、どうして!?」

怖い表情と声を作って言うと、彼女は顔を青くして小さく悲鳴のような声を上げた。

「貴女はまったく言いつけを守らないから……」
「……マクシミリアン、怒ってる?ねぇ、許して?お願い!」

ビアンカはぎゅっと私の腕に強くしがみ付くと、甘えるような声音で言う。
……うちの妻はなんて可愛いんだ……。
昔のくそ生意気な『お嬢様』は本当にどこに行ってしまったのだろう。

「……そんな可愛らしい様子を見せられたら、許すしかないでしょう」

ビアンカの可愛らしさに悶えながら降参の意味を込めてその柔らかな頬に唇を落とすと、彼女は頬を染めてうっとりとした表情で目を細めた。

「もう他の男には微笑まない。いいですね?」

白い頬を撫でながら、もう一度彼女に言い含めるように言う。
するとビアンカはこくこくと頷いた。

「分かったわ、マクシミリアン。わたくしの素敵な旦那様にしかもう微笑まないわ。……あっ、でも陛下の前で不愛想な態度を取るわけにはいかないから……それは許してね?」

……陛下はもう60歳になるし……まぁいいだろう。
問題は今年30になる好色だという噂の王子の方だな。
仕事で登城する時に見かければ挨拶をする程度の関係なので、正直彼の人となりはよく分からない。
好色、というところを除けば悪い人物ではないようには見えるが……。
妻を近づけない事に越したことはない。

それに……。

私とビアンカが元いた国……リーベッヘ王国のフィリップ王子もこの舞踏会に出席していると聞いた。
という事は彼の近衛騎士であるノエル・ダウストリアも舞踏会に参加しているのだろう。
彼らにもビアンカを近づけたくない。
ビアンカの自業自得な部分が多いとはいえ、昔の行いを蒸し返されて彼女を傷つけられても困るし、昔とは違う無垢で清廉な妻に必要以上の興味を持たれても面倒だ。

「マクシミリアン、笑って?わたくし笑っている貴方が好きよ?」

ビアンカが悪戯っぽく微笑んで言いながら、私の眉間の皺を指でつんつんと突いた。
気が付かないうちにまた怖い顔をしていたようだ。
妻に微笑み返して城内へと入ろうとした時。

「マクシミリアン、ビアンカ!」

聞き慣れた声に呼び止められた。
振り返ると絹糸のような柔らかな質感の金髪を揺らし、その新緑の色の瞳で愛おしそうにビアンカを見つめながら、義兄……アルフォンス様が駆け寄ってきた。
そういえば彼もこの舞踏会に参加する予定だったな……。

「お兄様!」

ビアンカはアルフォンス様を見ると明るく輝く笑顔で、彼の広げた腕に飛び込んだ。
他の男に微笑まない、の誓いは即座に破られてしまったらしい。
妻の実の兄にまで妬くなと言われてしまえば、ぐうの音も出ないのだが。
しかしこの兄妹は化け物のように年を取らないな……。
私と同じ年なのでもう30も間近だというのに、アルフォンス様の美貌は衰える事なく美青年の面差しのままだ。
彼は愛おしそうにビアンカを抱きしめ、頬ずりをした。

「ああ、僕のビアンカ。今日も天使のように可愛いね。元気にしていた?」
「もちろん元気ですわよ!お兄様こそ、長旅でお疲れじゃないの?」
「ビアンカの顔を見たら疲れなんてどこかに吹き飛んだよ」

この世のものではないかのように美しい兄妹は仲睦まじげに微笑み合う。
その光景に目を奪われ、見惚れる衆人を横目に見ながら私はため息をついた。

――――この美しい妻を隠しておくのは、どうにも難しいらしい。
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