上 下
18 / 71
番外編

月と獣は幸せを孕む

しおりを挟む
マクシミリアンと一緒に暮らし始めて2年がもうすぐ経とうとしている。
この2年は特に大きな事件もなく穏やかに過ぎようとしていた。
……マクシミリアンと一緒に優しい日々を過ごせて、わたくしは幸せだ。

「マクシミリアン、あの、あのね」

わたくしはソファーで仕事の資料を読んでいる彼の隣に腰をかけて彼の服をくいくいと引っ張った。
するとマクシミリアンはこちらに目をやって柔らかく微笑むと、わたくしの頬に手を添えて優しくキスをする。

「何か御用ですか?ビアンカ」

そして更に耳にキスをしながら囁いた。
わたくしはもじもじと胸の前で手を組んで言葉をどう紡ごうかと悩んだ。

「あ……あのね。……月のものが、来ていないの」

マクシミリアンはわたくしの言葉に目を丸くする。

「お医者さんにちゃんと診て頂かないと分からないけれど……子供が、出来たのかも」

……回数を考えると、遅すぎるくらいなのだ。
今でも彼は1日中わたくしを抱きたがる。幸せ、なのだけれど……体力がですね。
ああ、マクシミリアンは喜んでくれるかしら……妊娠初期はつわりで夜の生活が出来ない事も増えるだろうし、まさか嫌がられたりなんかは……。

「ビアンカ!本当ですか!?」

彼は心底嬉しそうに笑ってわたくしの体を抱きしめた。
『ああ……』と吐息混じりの歓喜の声を漏らす彼の反応に、わたくしは心底ほっとした。

「ふふ、気が早いわ?まだお医者様に聞いてみないと……」
「名前はどうしましょう?女の子だといいですね……男だったらビアンカの取り合いになってしまう……!!」
「き……気が早い!マクシミリアン!!」

それに女の子だったらマクシミリアンを取られてわたくしが焼き餅を焼いてしまうかもしれないわ……。

「ああ、お腹が大きくなってからでは大変ですし、すぐにでも隣国へ移住しましょう。王宮には明日にでも離職届を出して、隣国に移住の申し入れをしないと。移住をしたら……ようやく、ビアンカと夫婦になれるんですね」

マクシミリアンはそう言うと嬉しそうにわたくしの頬を撫でる。
ああ、やっとマクシミリアンの『妻』になるのね……そう思うとわたくしの心にも温かな気持ちが湧きあがった。
マクシミリアンはわたくしの顔を見つめながら、ふと真剣な顔をした。

「シュラット侯爵にも、結婚の事も含めてご報告をしたいですね……」
「父様……に。そうね」

そう……国外追放された(実際はマクシミリアンに囲われているのだけれど)わたくしは、父様に全く連絡を取っていない……親族への連絡は国によって禁止されているから当然なのだけど。
わたくしに過保護で優しかった父様とお兄様は、今でもわたくしの事を考えて心を痛めているに違いない。
マクシミリアンにお願いして連絡を取ろうかと何度も悩んだのだけれど……マクシミリアンとわたくしのこの関係の始まり方を考えると現状をどう伝えるべきか悩んでしまい今に至ってしまったのだ。

「父様には、その……。事実を告げるのは、避けてもいいかしら?わたくしマクシミリアンと父様が不仲になるのは嫌なの」
「……そうです、ね」

マクシミリアンがわたくしを手に入れる為に画策した事は、父様に知られる訳にはいかない。
というか知られたらマクシミリアンが殺されてしまう……わたくし、子供を抱えて未亡人になるのは嫌よ。

「隣国を訪ねた折に再会して恋人の関係になったと……ご説明しましょう」
「そうね、そうしましょう!ああ、わたくしがお手紙を送るとまずいから……マクシミリアン、お願いしてもいいかしら?」

――――手紙を送ってから数日後。
父様は滂沱の涙を流しながら、わたくし達の屋敷を訪ねてきた。
すぐに隣国に移住するのだから移住後に来て下さればいいのに……!
わたくしを訪ねたのがバレたら大変な事になるんじゃないかしら……!?

「ビアンカ……!よく無事で……!!まさかマクシミリアンと再会し結婚の約束をしたとは……しかも子供までっ……!!」

数年ぶりに会う父様は以前よりも少し痩せていて……心労をかけてしまったのだな、と心が酷く痛んだ。
お兄様は隣国への移住後に来て下さるみたい。お兄様が管轄しているシュラット侯爵家の領地は辺境にある為、王都で働く父様のようにすぐ来る事が出来ないのよね。
父様に抱きしめられて久々に感じる家族の温かさに目頭が熱くなり、父様の胸の中で子供のように声を上げて泣いてしまった。

マクシミリアンは父様に感謝の気持ちを伝えられ、引き攣った笑顔を浮かべていた。
父様からすると生死不明の娘を見つけ匿ってくれた恩人だものね……。
しかもマクシミリアン程の魔法師であればどこの国でもそのうち爵位を頂けるだろうに、過去の恋人を傷付けようとした犯罪者の上に平民のわたくしと婚姻関係を結んで孫の顔まで見せてくれるときたら……。
父様は涙を流しながらこれからの資金援助を激しく申し入れ、マクシミリアンは罪悪感で手酷く心にダメージを追った表情をして目が虚ろだった。

マクシミリアン、そんな顔をしていたら悪さがバレてしまうわよ?

この数日後……フィリップ王子が訪ねて来てわたくしの心臓が冷えたのは、また別の話。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

【R18】悪役令嬢は元お兄様に溺愛され甘い檻に閉じこめられる

夕日(夕日凪)
恋愛
※連載中の『悪役令嬢は南国で自給自足したい』のお兄様IFルートになります。 侯爵令嬢ビアンカ・シュラットは五歳の春。前世の記憶を思い出し、自分がとある乙女ゲームの悪役令嬢である事に気付いた。思い出したのは自分にべた甘な兄のお膝の上。ビアンカは躊躇なく兄に助けを求めた。そして月日は経ち。乙女ゲームは始まらず、兄に押し倒されているわけですが。実の兄じゃない?なんですかそれ!聞いてない!そんな義兄からの溺愛ストーリーです。 ※このお話単体で読めるようになっています。 ※ひたすら溺愛、基本的には甘口な内容です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

寵愛の檻

枳 雨那
恋愛
《R18作品のため、18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。》 ――監禁、ヤンデレ、性的支配……バッドエンドは回避できる?  胡蝶(こちょう)、朧(おぼろ)、千里(せんり)の3人は幼い頃から仲の良い3人組。胡蝶は昔から千里に想いを寄せ、大学生になった今、思い切って告白しようとしていた。  しかし、そのことを朧に相談した矢先、突然監禁され、性的支配までされてしまう。優しくシャイだった朧の豹変に、翻弄されながらも彼を理解しようとする胡蝶。だんだんほだされていくようになる。  一方、胡蝶と朧の様子がおかしいと気付いた千里は、胡蝶を救うために動き出す。 *表紙イラストはまっする(仮)様よりお借りしております。

年上彼氏に気持ちよくなってほしいって 伝えたら実は絶倫で連続イキで泣いてもやめてもらえない話

ぴんく
恋愛
いつもえっちの時はイきすぎてバテちゃうのが密かな悩み。年上彼氏に思い切って、気持ちよくなって欲しいと伝えたら、実は絶倫で 泣いてもやめてくれなくて、連続イキ、潮吹き、クリ責め、が止まらなかったお話です。 愛菜まな 初めての相手は悠貴くん。付き合って一年の間にたくさん気持ちいい事を教わり、敏感な身体になってしまった。いつもイきすぎてバテちゃうのが悩み。 悠貴ゆうき 愛菜の事がだいすきで、どろどろに甘やかしたいと思う反面、愛菜の恥ずかしい事とか、イきすぎて泣いちゃう姿を見たいと思っている。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

【R18】幼馴染の男3人にノリで乳首当てゲームされて思わず感じてしまい、次々と告白されて予想外の展開に…【短縮版】

うすい
恋愛
【ストーリー】 幼馴染の男3人と久しぶりに飲みに集まったななか。自分だけ異性であることを意識しないくらい仲がよく、久しぶりに4人で集まれたことを嬉しく思っていた。 そんな中、幼馴染のうちの1人が乳首当てゲームにハマっていると言い出し、ななか以外の3人が実際にゲームをして盛り上がる。 3人のやり取りを微笑ましく眺めるななかだったが、自分も参加させられ、思わず感じてしまい―――。 さらにその後、幼馴染たちから次々と衝撃の事実を伝えられ、事態は思わぬ方向に発展していく。 【登場人物】 ・ななか 広告マーケターとして働く新社会人。純粋で素直だが流されやすい。大学時代に一度だけ彼氏がいたが、身体の相性が微妙で別れた。 ・かつや 不動産の営業マンとして働く新社会人。社交的な性格で男女問わず友達が多い。ななかと同じ大学出身。 ・よしひこ 飲食店経営者。クールで口数が少ない。頭も顔も要領もいいため学生時代はモテた。短期留学経験者。 ・しんじ 工場勤務の社会人。控えめな性格だがしっかり者。みんなよりも社会人歴が長い。最近同棲中の彼女と別れた。 【注意】 ※一度全作品を削除されてしまったため、本番シーンはカットしての投稿となります。 そのため読みにくい点や把握しにくい点が多いかと思いますがご了承ください。 フルバージョンはpixivやFantiaで配信させていただいております。 ※男数人で女を取り合うなど、くっさい乙女ゲーム感満載です。 ※フィクションとしてお楽しみいただきますようお願い申し上げます。

処理中です...