【R18】執事と悪役令嬢の色々な世界線

夕日(夕日凪)

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悪役令嬢はヒロインに負けたくない

悪役令嬢はヒロインに負けたくない・5

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「……ビアンカ・シュラット侯爵家令嬢だな」

 教室で相変わらずぼっちをしながらマクシミリアンを待っていた放課後……正確に言うとたまにちょっかいを出しに来るノエル様を追い払ったりはしてるんだけど。
 聞き慣れない声をかけられ振り向くと、そこにはメインヒーロー……フィリップ王子の姿があり体に緊張が走った。
 遠目には見た事があるものの彼とはこれが初対面だ。わたくしが幼い頃から彼と出会う機会を徹底的に排除していたのだから。
 黄金のような濃い色の金髪に、蜂蜜を溶かしたような金色の瞳。流石メインヒーローというか、そのかんばせは絢爛華麗という表現がぴったりな絶世という言葉も立ちすくむ美貌である。
 教室も突然の王太子の訪問にざわざわと慌ただしい気配になりこちらを注視していた。
 何故彼が盤上から下りて婚約者候補ですらないわたくしに会いに来たわけ?
 貴方が会いに来るべきなのはヒロインのシュミナ嬢にでしょう! ほら、ちょっと離れたところで頬を染めてそっちを見てるわよ!
 そんな事を考え内心舌打ちしながらも顔には笑みを浮かべ礼を取るべく立ち上がる。

「フィリップ王子、お初お目にかかります」

 わたくしがそう言ってカーテシーをすると、彼は鷹揚に頷いた。
 そしてわたくしの姿をまじまじと眺める。いくら王太子だからって淑女の姿をそんなに見るなんて失礼なんじゃないかしら……。

「……美しいな」

 フィリップ王子は、頬を染めてそんな事を言い出した。
 嫌味か。嫌味なのか。こんな美しい男に美しいと言われても腑に落ちない気持ちになるわ。
 それに貴方の想い人はヒロインのシュミナ・パピヨン嬢でしょう? そういう台詞はシュミナ嬢に言いなさいよ。
 それにしてもわたくしの執事でいつも側にいるマクシミリアンはともかく、ノエル様とフィリップ王子はどうしてわたくしに接触を……あ、これも強制力か!
 彼らへの執着心を生ませて悪役令嬢化への道を作る気か。おのれ世界め!
 シュミナ嬢も頬を染めて『はわぁ』みたいな顔をしてないで積極的に狩りに来なさい。
 わたくし攻略対象とは極力関わり合いたくないんだから、シュミナ嬢がとっととお持ち帰りして!

「フィリップ王子。何か御用あったのでは?」

 わざとツン、とした調子でそうは言ってみるものの心の中は『不敬!』という文字で満たされ冷や汗ものである。
 だけどここで愛想をよくしてこれからの接触回数が増える、なんて事にはしたくないのだ。
 ……不敬罪でここで首を刎ねられたりはしないわよね? その時は全力で逃げるわ。

「俺に褒められてビアンカ嬢は嬉しくはないのか?」

 フィリップ王子はわたくしの発言を無視して、虚をつかれた様子で茫然と呟く。
 自分に褒められたら絶対に他人が喜ぶ、なんてどれだけの自信なのよ。

「フィリップ王子の方がお美しいのに、褒められてもお世辞にしか聞こえませんもの」

 わたくしがそう言うとフィリップ王子は目を丸くした。メインヒーロー様のきょとん顔、可愛いわね。
 推しではないとはいえ前世のわたくしだったらこのレアな表情に飛んで跳ねてで喜んだだろう。
 今世のサバイバル状態のわたくしはそれどころじゃないけれど。
 シュミナ嬢の横でこのやり取りを見ているノエル様が何故か腹を抱えて笑っている。
 どうしてよ、本当の事じゃない!

「ビアンカ嬢は本当に美しいと……いや、まぁそれはいい。ノエルから婚約者を欲しがっている、と聞いたのだが」

 フィリップ王子の言葉に、わたくしは思わず赤面した。
 周囲も彼の言葉に少しざわつく。
 恥ずかしい、こんなところで人の婚活事情をばらすなんて。
 ノエル様はフィリップ王子の幼馴染で親友だ。話が伝わってもおかしくないのよね。
 ノエル様になんて話すんじゃなかった。そこで爆笑しているノエル・ダウストリア、覚えてなさい!!

「ならばどうして、王家からの婚約者の打診を昔断ったのかと気になってな」
「……ノエル様から話をお聞きしたのなら、付帯条件の方もお聞きしましたわよね?」
「ああ、あの愛……」
「ちょっ……こんなところで言わないでくださいませ!」

 思わず涙目でフィリップ王子に詰め寄ってしまい、その黄金色の瞳と近距離で目が合ってしまう。
 吸い込まれそうに美しく、心地よく酔ってしまいそうに濃密な色。
 しばらく見つめ合ってしまい心の中の『不敬!』という文字に喝を入れられハッと我に返る。

「あ……申し訳ありません。恥ずかしくて……その」

 離れようとするわたくしの手を、何故かフィリップ王子がそっと掴んだ。
 えっと……初対面ですよね。淑女の手を突然取らないで頂きたいわ。

「ビアンカ……」

 いつの間にか呼び捨てになっているし。解せぬ。そしてその熱っぽい視線はなんなんですか。

「お前は本当に可愛らしいな」

 だ……騙されないんだから!
 わたくしがその気になったらヒロインに鞍替えして悋気でおかしくなったわたくしを断罪して国外追放するのでしょう!? ああ……強制力怖すぎる。
 皆様、勝手にヒロインとイチャイチャしてくださいよ!
 そのヒロインの方をちらりと見ると『はわぁ……ロマンス小説みたい』なんて呟きながらこちらを見ているけれど。ヒロインよ、お前が主人公だ。もっと頑張れ。

「お嬢様。お迎えにあがりました」

 聞き慣れた声がしたと思ったらぐいっと肩を持って後ろに引かれ、ぽふり、と誰かの胸の中に体が落ちた。
 上を見上げると予想していた通りマクシミリアンの奇麗なお顔が目に入る。

「遅いわ、マクシミリアン」

 もう少し早く来てくれればフィリップ王子と会わずに済んだのに!
 頬を膨らませながら彼を見ると、マクシミリアンは頬を染めて優しく見つめてくる。
 そして今日も……そのまま抱きしめられた。
 うう……好みの男性にぎゅっとされるのは正直ときめくのよ……心を強く持つのよ、ビアンカ・シュラット!
 そしてここは公衆の面前よ! フィリップ王子も啞然としてらっしゃるし……ああーっ! リック様にも見られてるじゃない!!

「お嬢様、お加減が悪そうですね」
「へ?」

 わたくしが間抜けな声を出すのと同時に、マクシミリアンに膝裏に手を入れられそのまま持ち上げられた。
 ――これは世に言うお姫様抱っこ。
 マクシミリアンの怜悧な美貌が急に近くなって思わずはくはくと口を閉じたり開いたりしているとうっとりと彼に微笑みかけられる。

「皆様、失礼致します」

 うちの執事はそう言うと優美な動作でわたくしを抱えたまま教室を後にした。
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