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本編2
モブ令嬢は第二王子と出奔する11
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夜の静寂を、微かな足音が破る。本当ならばそれは聞こえないはずの音。だけどシャルル王子の魔法で、不審な物音は護衛さんたちや私たちに届くようになっている。
眠気が残る眼を擦り起き上がると、シャルル王子も身を起こしていた。
「――来たか」
小さく彼が声を漏らす。その声には隠しきれない緊張が滲んでいた。
「私、なにをすればいいですかね……」
「そうだな、アリエルは寝ていてくれ」
そう言ってシャルル王子は優しい笑みを浮かべて頭を撫でてくれる。イケショタめ……好きだ。
屋敷は静寂に包まれているけれど、護衛さんたちも息を潜めて待ち構えているのだろう。私は息を潜めて『なにか』が起きるのを待った。
――ガタリ、と小さな音がした。
それは窓が開く音なのか、裏口の戸が開いた音なのか。あるいは両方なのかもしれない。
ドロシアさんが扉を開け、無言で部屋に入ってくる。そしてこちらに目配せすると、安心させるように微笑んでくれた。
階下からは大きな音が響きはじめ、それを聞いて私は身を竦ませた。
護衛の方々は王家に選ばれた精鋭だけれど、刺客がここまで来る可能性が消えたわけではない。
「下は陽動だったかぁ。ま、さもありなんですねぇ。シャルル王子、姫様。部屋の隅に居てくださいませぇ」
ドロシアさんが彼女にしては緊張感のある声音で言う。すると窓ガラスが破られ、十人ほどの男たちが飛び込んできた。
「チッ、多いですねぇ」
腰の剣をすらりと抜き放ち、ドロシアさんは私たちと刺客の間に立つ。そして飛び込んできた男の胴を軽く薙いだ。血しぶきが散り、男がゆっくりと倒れる。そしてあっという間に血溜まりが床に広がった。
私は、はじめて見る生々しい光景を――ただ呆然と見つめてしまう。
すると小さな手が、私の視界をそっと塞いだ。……シャルル王子だ。
「アリエル、目を閉じていろ。君が見るべきではない」
シャルル王子は優しい声音で言ってくれる。だけど私は首を何度も横に振った。
「いいえ、私こそが見るべきなんです。私が原因で起きていることなんですから。見届ける義務があります」
人様にすべてを任せきっているのに、ここで目を背けるなんて無責任にもほどがある。私の言葉を聞いたシャルル王子は「そうか」と小さくつぶやき、その小さな手を外してくれた。
そして彼は寝台から下りると、ドロシアさんに向けてなにか呪文を唱えた。これは、風の結界だろうか。
「ドロシア、支援する」
「ありがと~ございます、シャルル王子!」
結界を身に受けたドロシアさんは意気揚々と刺客たちに斬り込んでいく。相手からの斬撃はシャルル王子の結界に弾かれ、ドロシアさんの動きは加速した。彼女はまるで舞でも踊るかのように、敵を次々に斬り伏せていった。
シャルル王子も風の矢を繰り出し、敵を打ち倒していく。少年とは思えない魔法のコントロール……さすがシャルル王子!
「さぁて、あと一人ですねぇ」
ドロシアさんが剣を正眼に構え敵を見据える。すると刺客の男は顔を歪め――懐からなにかを取り出して、私に向けて投擲した。
それを見たシャルル王子が私を庇おうとする。だけど一国の王子様に私ごときが庇ってもらうなんて、あべこべでしょう!
私はシャルル王子を押しのけると、ドロシアさんから頂いた短剣を真一文字に振った。
短剣が薙いだ空間から激しい突風が巻き起こり、竜巻となって天井を突き破る。男が投げたものも首尾よく巻き込まれて飛んでいったらしく、遠くの空で爆発音が響くのが聞こえた。
――なんてものを投げてくれたんだ。
その爆発音を聞きながら、私は呆然としてしまった。あれじゃシャルル王子のお命まで、危なかったじゃない。なりふり構わないにもほどがある!
最後の刺客に目を向けると、ドロシアさんに腹に剣を突き立てられ呻き声を上げているところだった。ドロシアさんはこちらの視線に気づくと、場違いなくらいに明るい笑顔を浮かべてサムズアップをする。
「……はは」
私も乾いた笑いを浮かべながら、ドロシアさんにサムズアップを返した。
「アリエル。あれくらい、私の結界で弾けたぞ」
腰に腕が回ったかと思うと、シャルル王子がふくれっ面で言う。恋人のそんな可愛い様子に、私は頬をゆるませた。
「シャルル様を守りたくて、体が勝手に動いてしまいました」
「むぅ」
私の言葉を聞いて、シャルル王子はまたむくれてしまう。……後でご機嫌を取るのが大変かもしれないなぁ。金色の頭を撫でていると、シャルル王子のふくれっ面は少しずつだけれど、解けていった。
しばらくすると軽い足音がして、顔や服に血を付着させたコレットさんがひょこりと姿を現す。彼女は部屋の惨状を見て、眉を顰める。しかしすぐに居住まいを正し、シャルル王子に報告をはじめた。
「下階の侵入者は十五人。こちらには死傷者はおりません。侵入者たちで息がある者は縛り上げて転がしております」
死傷者はいない……その言葉に心底ほっとする。
私が言い出したことで誰かが亡くなっていたら、私は自分の提案に一生後悔することになっただろう。
「ドロシア、私は見回りをして来ます。シャルル王子と姫様に別室に移動して頂いて、引き続き警護を」
「ん、わかったぁ~。気をつけてねぇ」
コレットさんの言葉に、ドロシアさんが呑気に返事を返す。
……そっか、まだ侵入者がいるかもしれないもんね。
コレットさんの言葉に私は気を引き締め直した。
眠気が残る眼を擦り起き上がると、シャルル王子も身を起こしていた。
「――来たか」
小さく彼が声を漏らす。その声には隠しきれない緊張が滲んでいた。
「私、なにをすればいいですかね……」
「そうだな、アリエルは寝ていてくれ」
そう言ってシャルル王子は優しい笑みを浮かべて頭を撫でてくれる。イケショタめ……好きだ。
屋敷は静寂に包まれているけれど、護衛さんたちも息を潜めて待ち構えているのだろう。私は息を潜めて『なにか』が起きるのを待った。
――ガタリ、と小さな音がした。
それは窓が開く音なのか、裏口の戸が開いた音なのか。あるいは両方なのかもしれない。
ドロシアさんが扉を開け、無言で部屋に入ってくる。そしてこちらに目配せすると、安心させるように微笑んでくれた。
階下からは大きな音が響きはじめ、それを聞いて私は身を竦ませた。
護衛の方々は王家に選ばれた精鋭だけれど、刺客がここまで来る可能性が消えたわけではない。
「下は陽動だったかぁ。ま、さもありなんですねぇ。シャルル王子、姫様。部屋の隅に居てくださいませぇ」
ドロシアさんが彼女にしては緊張感のある声音で言う。すると窓ガラスが破られ、十人ほどの男たちが飛び込んできた。
「チッ、多いですねぇ」
腰の剣をすらりと抜き放ち、ドロシアさんは私たちと刺客の間に立つ。そして飛び込んできた男の胴を軽く薙いだ。血しぶきが散り、男がゆっくりと倒れる。そしてあっという間に血溜まりが床に広がった。
私は、はじめて見る生々しい光景を――ただ呆然と見つめてしまう。
すると小さな手が、私の視界をそっと塞いだ。……シャルル王子だ。
「アリエル、目を閉じていろ。君が見るべきではない」
シャルル王子は優しい声音で言ってくれる。だけど私は首を何度も横に振った。
「いいえ、私こそが見るべきなんです。私が原因で起きていることなんですから。見届ける義務があります」
人様にすべてを任せきっているのに、ここで目を背けるなんて無責任にもほどがある。私の言葉を聞いたシャルル王子は「そうか」と小さくつぶやき、その小さな手を外してくれた。
そして彼は寝台から下りると、ドロシアさんに向けてなにか呪文を唱えた。これは、風の結界だろうか。
「ドロシア、支援する」
「ありがと~ございます、シャルル王子!」
結界を身に受けたドロシアさんは意気揚々と刺客たちに斬り込んでいく。相手からの斬撃はシャルル王子の結界に弾かれ、ドロシアさんの動きは加速した。彼女はまるで舞でも踊るかのように、敵を次々に斬り伏せていった。
シャルル王子も風の矢を繰り出し、敵を打ち倒していく。少年とは思えない魔法のコントロール……さすがシャルル王子!
「さぁて、あと一人ですねぇ」
ドロシアさんが剣を正眼に構え敵を見据える。すると刺客の男は顔を歪め――懐からなにかを取り出して、私に向けて投擲した。
それを見たシャルル王子が私を庇おうとする。だけど一国の王子様に私ごときが庇ってもらうなんて、あべこべでしょう!
私はシャルル王子を押しのけると、ドロシアさんから頂いた短剣を真一文字に振った。
短剣が薙いだ空間から激しい突風が巻き起こり、竜巻となって天井を突き破る。男が投げたものも首尾よく巻き込まれて飛んでいったらしく、遠くの空で爆発音が響くのが聞こえた。
――なんてものを投げてくれたんだ。
その爆発音を聞きながら、私は呆然としてしまった。あれじゃシャルル王子のお命まで、危なかったじゃない。なりふり構わないにもほどがある!
最後の刺客に目を向けると、ドロシアさんに腹に剣を突き立てられ呻き声を上げているところだった。ドロシアさんはこちらの視線に気づくと、場違いなくらいに明るい笑顔を浮かべてサムズアップをする。
「……はは」
私も乾いた笑いを浮かべながら、ドロシアさんにサムズアップを返した。
「アリエル。あれくらい、私の結界で弾けたぞ」
腰に腕が回ったかと思うと、シャルル王子がふくれっ面で言う。恋人のそんな可愛い様子に、私は頬をゆるませた。
「シャルル様を守りたくて、体が勝手に動いてしまいました」
「むぅ」
私の言葉を聞いて、シャルル王子はまたむくれてしまう。……後でご機嫌を取るのが大変かもしれないなぁ。金色の頭を撫でていると、シャルル王子のふくれっ面は少しずつだけれど、解けていった。
しばらくすると軽い足音がして、顔や服に血を付着させたコレットさんがひょこりと姿を現す。彼女は部屋の惨状を見て、眉を顰める。しかしすぐに居住まいを正し、シャルル王子に報告をはじめた。
「下階の侵入者は十五人。こちらには死傷者はおりません。侵入者たちで息がある者は縛り上げて転がしております」
死傷者はいない……その言葉に心底ほっとする。
私が言い出したことで誰かが亡くなっていたら、私は自分の提案に一生後悔することになっただろう。
「ドロシア、私は見回りをして来ます。シャルル王子と姫様に別室に移動して頂いて、引き続き警護を」
「ん、わかったぁ~。気をつけてねぇ」
コレットさんの言葉に、ドロシアさんが呑気に返事を返す。
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