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本編2
モブ令嬢と第二王子は出奔する1
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私が意識を取り戻してから数日……。
別邸には毎日王妃様の使いが来ているけれど、シャルル王子はにべもなくそれを追い返している。そうしながら水面下で出奔の準備を整えているようだった。
そして……今日。
「行くぞ、アリエル」
シャルル王子の言葉に、私は生唾を飲みながら頷いた。どうやら準備が整ったらしい。緊張してしまうなぁ。
王宮に行くと偽り別邸を出た私たちを迎えにきた馬車の御者は、しばらく走った後……人気のない場所で幌がついた荷馬車に私たちを移した。
王妃様の手の者だったら、と思い不安げな顔をする私にシャルル王子は安心させるように微笑んで『……兄上の子飼いの者だから安心してくれ。これを言うとまたアリエルが兄上に惚れ込むだろうから、言いたくなかったんだが』と少し拗ねたように言った。
フィリップ王子も近頃の王妃様には思うところがあったらしく、フィリップ王子の子飼いが私たちをこっそり護衛をすること、定期で訪れる子飼いを介して近況報告をすること、を条件に私たちの出奔を手伝ってくれることになったそうだ。
……なんというか過保護な出奔だな、と思うのだけれど。子供二人で手に手を取って……というのは不安だったので内心ほっとしてしまう。
推し様はすごいなぁ。ハイスペック王子様な上にとてもお優しい。
荷馬車に乗り込む時にお礼を言おうと御者さんの顔をよく見ると、それは王宮の門兵さんだった。彼はいつも私に笑顔で挨拶をしてくれる……王宮では数少ない私に好意的な人だ。フィリップ王子の、部下の方だったんだ。
彼は内緒ですよ、というように口元に指を当てる。私もそれにこくこくと頷いてみせた。
荷馬車の中には庶民らしい着替えと、小さなトランクが二つ用意されていた。
中で着替えを済ませると、木綿のワンピースを着た私はすっかり一般モブAといった風情になる。うん、貴族の娘とは思われないわね、絶対に。……シャルル王子は、庶民的な服を着ていても気品あるオーラを隠せないけれど。
ゴトゴトと揺れる建付けの悪い荷馬車に揺られる。シャルル王子はこの乗り心地の悪さに驚いていたようだけれど、私にとっては子爵家の馬車と大差ない。
「シャルル様、乗り心地が気になるのでしたら。お膝に乗ってください」
「むぅ」
シャルル王子は少し渋る様子を見せながらも私のお膝にちょこんと座った。腰の辺りに手を回してぎゅっと抱きこみ、その肩に顎を乗せる。すると頬にさらりと金髪が当たって心地よい。
子供体温だからか、彼の体は温かい。それをぎゅうぎゅうと抱きしめていると、とても安心できた。
……子供、かぁ。
王妃様は率直に言ってかなり性格に問題があるけれど。それでも彼の母親だ。
子供と母親を……私が原因で引き離してしまったんだなぁ。そう思うと罪悪感が湧いてしまう。
私だって……子爵家の両親が恋しいけれど。前世で享年十八歳(そういえば死因はなんだったのだろう)だったこともあり、精神年齢は比較的高めなので我慢はできるのだ。けれどシャルル王子はどうなのだろう。
そっとため息をつくと、彼はそれを別の意味に感じたようだった。
「アリエル、不安か? 今まできちんと君を守れなかった私が言うのも信用できないかもしれないが。私が守るから不安にならないでくれ」
膝の上で体を捩って、優しく唇を合わせてくる彼が愛おしい。
……私だって、シャルル王子が好きなんだもの。王妃様に申し訳ない、なんて思ってる場合じゃないな。むしろ奪い取るくらいの意気込みじゃないと。
「シャルル様。大好きです、守ってくださいね!」
ぎゅっと抱きしめて白い頬に頬ずりすると、安堵したような笑顔を彼は浮かべた。だけど次の瞬間……なにかに気づいたような真剣な顔になった。
「……どうしました?」
「今、重大なことに気づいたんだが」
シャルル王子の手が胸に伸び……むにゅり、と双丘を揉み込む。
「ちょっ……!!」
「庶民の服だとコルセットをしていないのだな! 脱がせやすくて最高じゃないか……。服の上から揉んでも柔らかい……すごいな。庶民服は神が与えたもうた衣服なのか」
「シャルル様!!」
「下も余計なパニエが入っていなくていいな。手を入れたらすぐに君の太腿に触れられるなんて……」
「シャルル様ぁ!!」
このままでは馬車の中で始めてしまいそうなシャルル王子の頬を私は慌てて抓った。
「む~……。アリエル、ここ数日は君に触れていないんだ。少しくらい、いいだろう?」
「可愛い顔でそんなおっさんみたいなこと言わないでくださいよ! どこに行くか知りませんけど、そちらでたくさんすればいいじゃないですか!」
私の言葉に彼はキラキラと目を輝かせる。うう……余計なことを言ったかな。
「そうだな。いっぱい君として、いっぱい孕ませよう」
「はらま……!? 嫌ですよ!」
「……私との子供が、欲しくないのか?」
シャルル王子の輝いていた瞳が、涙で揺れる。貴方の子供がいらないとかそういう話ではなくて……。
「……子供より先に。ちゃんと生活をできるようにしないと、ダメですよね」
生活には当然ながら金銭が必要だ。フィリップ王子の庇護下での出奔だから、ある程度はその辺りもお世話してくださるのかもしれないけど。そればかりじゃ良くないわよね。
暗算と接客は前世で割と得意だったし、雇ってくれるお店がないかなぁ。賄いがあると嬉しいから、できれば飲食店で。
「ふむ。私物の宝石を、兄上の部下に足がつかないルートで売ってもらうか。そこそこの生活をしても二十年は暮らせる額になると思うぞ」
「にっ……二十年!?」
……なんだろう。思い描いていたカツカツの生活をする出奔とはかけ離れている。
「数年して庶民生活に慣れたらギルドに登録して、私が冒険者として金銭を稼ぐから。アリエルは安心して子を孕んでくれ。アリエルに似た子なら五人は欲しいな……」
こんな美形と婚姻して、私に似た子ばかりをなぜ産まねばならんのだ。
「シャルル様に似た子が、いいです……」
「じゃあアリエルに似た子が五人と、私に似た子が五人だな」
……待って。なんで倍々で増えていくの!?
「毎日君と愛し合うのが楽しみだな」
「……シャルル様……」
私の体は、持つのだろうか。シャルル王子の愛らしい笑顔を見ながら、私は出奔とは別の不安に苛まれた。
別邸には毎日王妃様の使いが来ているけれど、シャルル王子はにべもなくそれを追い返している。そうしながら水面下で出奔の準備を整えているようだった。
そして……今日。
「行くぞ、アリエル」
シャルル王子の言葉に、私は生唾を飲みながら頷いた。どうやら準備が整ったらしい。緊張してしまうなぁ。
王宮に行くと偽り別邸を出た私たちを迎えにきた馬車の御者は、しばらく走った後……人気のない場所で幌がついた荷馬車に私たちを移した。
王妃様の手の者だったら、と思い不安げな顔をする私にシャルル王子は安心させるように微笑んで『……兄上の子飼いの者だから安心してくれ。これを言うとまたアリエルが兄上に惚れ込むだろうから、言いたくなかったんだが』と少し拗ねたように言った。
フィリップ王子も近頃の王妃様には思うところがあったらしく、フィリップ王子の子飼いが私たちをこっそり護衛をすること、定期で訪れる子飼いを介して近況報告をすること、を条件に私たちの出奔を手伝ってくれることになったそうだ。
……なんというか過保護な出奔だな、と思うのだけれど。子供二人で手に手を取って……というのは不安だったので内心ほっとしてしまう。
推し様はすごいなぁ。ハイスペック王子様な上にとてもお優しい。
荷馬車に乗り込む時にお礼を言おうと御者さんの顔をよく見ると、それは王宮の門兵さんだった。彼はいつも私に笑顔で挨拶をしてくれる……王宮では数少ない私に好意的な人だ。フィリップ王子の、部下の方だったんだ。
彼は内緒ですよ、というように口元に指を当てる。私もそれにこくこくと頷いてみせた。
荷馬車の中には庶民らしい着替えと、小さなトランクが二つ用意されていた。
中で着替えを済ませると、木綿のワンピースを着た私はすっかり一般モブAといった風情になる。うん、貴族の娘とは思われないわね、絶対に。……シャルル王子は、庶民的な服を着ていても気品あるオーラを隠せないけれど。
ゴトゴトと揺れる建付けの悪い荷馬車に揺られる。シャルル王子はこの乗り心地の悪さに驚いていたようだけれど、私にとっては子爵家の馬車と大差ない。
「シャルル様、乗り心地が気になるのでしたら。お膝に乗ってください」
「むぅ」
シャルル王子は少し渋る様子を見せながらも私のお膝にちょこんと座った。腰の辺りに手を回してぎゅっと抱きこみ、その肩に顎を乗せる。すると頬にさらりと金髪が当たって心地よい。
子供体温だからか、彼の体は温かい。それをぎゅうぎゅうと抱きしめていると、とても安心できた。
……子供、かぁ。
王妃様は率直に言ってかなり性格に問題があるけれど。それでも彼の母親だ。
子供と母親を……私が原因で引き離してしまったんだなぁ。そう思うと罪悪感が湧いてしまう。
私だって……子爵家の両親が恋しいけれど。前世で享年十八歳(そういえば死因はなんだったのだろう)だったこともあり、精神年齢は比較的高めなので我慢はできるのだ。けれどシャルル王子はどうなのだろう。
そっとため息をつくと、彼はそれを別の意味に感じたようだった。
「アリエル、不安か? 今まできちんと君を守れなかった私が言うのも信用できないかもしれないが。私が守るから不安にならないでくれ」
膝の上で体を捩って、優しく唇を合わせてくる彼が愛おしい。
……私だって、シャルル王子が好きなんだもの。王妃様に申し訳ない、なんて思ってる場合じゃないな。むしろ奪い取るくらいの意気込みじゃないと。
「シャルル様。大好きです、守ってくださいね!」
ぎゅっと抱きしめて白い頬に頬ずりすると、安堵したような笑顔を彼は浮かべた。だけど次の瞬間……なにかに気づいたような真剣な顔になった。
「……どうしました?」
「今、重大なことに気づいたんだが」
シャルル王子の手が胸に伸び……むにゅり、と双丘を揉み込む。
「ちょっ……!!」
「庶民の服だとコルセットをしていないのだな! 脱がせやすくて最高じゃないか……。服の上から揉んでも柔らかい……すごいな。庶民服は神が与えたもうた衣服なのか」
「シャルル様!!」
「下も余計なパニエが入っていなくていいな。手を入れたらすぐに君の太腿に触れられるなんて……」
「シャルル様ぁ!!」
このままでは馬車の中で始めてしまいそうなシャルル王子の頬を私は慌てて抓った。
「む~……。アリエル、ここ数日は君に触れていないんだ。少しくらい、いいだろう?」
「可愛い顔でそんなおっさんみたいなこと言わないでくださいよ! どこに行くか知りませんけど、そちらでたくさんすればいいじゃないですか!」
私の言葉に彼はキラキラと目を輝かせる。うう……余計なことを言ったかな。
「そうだな。いっぱい君として、いっぱい孕ませよう」
「はらま……!? 嫌ですよ!」
「……私との子供が、欲しくないのか?」
シャルル王子の輝いていた瞳が、涙で揺れる。貴方の子供がいらないとかそういう話ではなくて……。
「……子供より先に。ちゃんと生活をできるようにしないと、ダメですよね」
生活には当然ながら金銭が必要だ。フィリップ王子の庇護下での出奔だから、ある程度はその辺りもお世話してくださるのかもしれないけど。そればかりじゃ良くないわよね。
暗算と接客は前世で割と得意だったし、雇ってくれるお店がないかなぁ。賄いがあると嬉しいから、できれば飲食店で。
「ふむ。私物の宝石を、兄上の部下に足がつかないルートで売ってもらうか。そこそこの生活をしても二十年は暮らせる額になると思うぞ」
「にっ……二十年!?」
……なんだろう。思い描いていたカツカツの生活をする出奔とはかけ離れている。
「数年して庶民生活に慣れたらギルドに登録して、私が冒険者として金銭を稼ぐから。アリエルは安心して子を孕んでくれ。アリエルに似た子なら五人は欲しいな……」
こんな美形と婚姻して、私に似た子ばかりをなぜ産まねばならんのだ。
「シャルル様に似た子が、いいです……」
「じゃあアリエルに似た子が五人と、私に似た子が五人だな」
……待って。なんで倍々で増えていくの!?
「毎日君と愛し合うのが楽しみだな」
「……シャルル様……」
私の体は、持つのだろうか。シャルル王子の愛らしい笑顔を見ながら、私は出奔とは別の不安に苛まれた。
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