【R18】モブ令嬢は変態王子に望まれる

夕日(夕日凪)

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本編2

モブ令嬢と波乱の舞踏会2

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「義妹殿と仲良くしすぎるとシャルルが妬いてしまうな。二人は本当に仲がいい……素晴らしいことだな」

 フィリップ王子は輝くような笑顔で言うと、ちらりと周囲に視線を走らせる。先ほどまで悪意のある視線と陰口を展開していた令嬢たちが、焦ったように私たちから目を逸らした。……さすが第一王子のご威光である。
 フィリップ王子のお陰で表面上は柔らかな空気になった会場を進み、王妃様の元へと向かう。私のようなモブがキラキラした傾国の兄弟に左右を固められている様はなんとも場違いでいたたまれない。ご挨拶をしたらすぐに会場の隅に移動しよ……。
 王妃様への挨拶の列であろう人だかりは、第一王子と第二王子の登場で綺麗に二つに割れた。
 ――そして私に突き刺さる、悪意と好奇の視線たち。そしてこの先には悪意の首魁がいるのだ。
 ……怖い。もう逃げたい。私は一般子爵家の子女として育ったの。権謀術数の世界とは無縁で生きていくものだと思っていたのに。
 恐怖に思わず身を震わせると、シャルル王子に強く手を握られた。

「……アリエル、私がいる」

 彼の言葉に、私は何度も小さく頷いた。
 二つに割れた人垣を抜けながら伏せがちになっていた顔を上げる。人垣の奥には……豪奢な長椅子にゆったりと腰を掛けた、絶世の美女の姿が見えた。
 ……止まりそうになる震える足を必死に動かす。頑張れ、頑張れ私。ここで私が折れてしまったらシャルル王子のお心が傷ついてしまう。

「……あら、いらしたの、アリエル。招待状をあげた覚えはないのだけれど……仕方ない子ね」

 王妃様の目の前にたどり着き最初に発せられた言葉がそれだった。周囲の人々がくすくすと小さく笑な笑い声を立てる。

「申し訳ありません、王妃様。ご迷惑かと思ったのですが……お伺いしてしまいました」

 泣きそうになる自分を叱咤しながら王妃様のお顔を見据えて、私はカーテシーをした。
 ふわりとした曲線を描く金髪、整い過ぎたその美しい顔立ち……そのすべてが当然ながらご兄弟を彷彿とさせ複雑な気分になってしまう。

「母上。私のアリエルを侮辱する気か」
「あら、本当のことを言っているだけでしょう? おかしな子ね」

 シャルル王子が小さな牙を立てようとするけれど、彼女は意にも介さずぽってりとした美しい唇から透明な音色の笑い声を漏らした。

「母上。義妹殿への失礼はそれまでにしたらどうだ?」

 フィリップ王子が美しい眉を顰めながら前に踏み出し、私を背中に隠してくれる。……推し様は美しい上にお優しいのか。鼻の奥がつんと痛くなってしまう。

「あら、息子たちはみんなアリエルの味方なのね。母は悲しいわ」
「……少なくとも最近の母上に味方する気はありませんね。嫋やかな女性をいたぶる母上のことを、俺は恥だと思っています」

 フィリップ王子はそうきっぱりと言って肩を竦めた。その言葉にさすがに王妃様も剣呑な表情になり……私を鋭い視線で睨みつけた。
 底冷えする視線に射抜かれて、身動き一つできない。生まれ時から権力争いの渦中で生きていた異国の王女だった王妃様と私では、そもそもの役者が違いすぎる。
 王妃様は……私の顔をしばらく眺めた後に、その唇に再び笑みを浮かべた。それは凄絶なほどに美しい笑みなのに……とても邪悪で、醜いもののように思えた。

「シャルル、今日は貴女に紹介したい人がいるの」

 彼女がそう声をかけると……長椅子の後ろにあった衝立から、一人の少女が姿を現した。腰まである長く美しい黒髪、抜けるように白い肌、一目見ただけでため息が漏れそうになる美しい顔立ち。……そして私と同じくらいの大きなお胸。
 その身には美しい金色のドレスを身に纏っている。こんな美しい人と同じ色を纏うのは……かなり辛い。圧倒的な敗北感にどうしていいのかわからなくなり、私は思わず下を向いた。

「母上……その服は……私がアリエルに贈った……」

 呆然とする、シャルル王子の声が耳に入った。衝撃で、心が凍りつく。……あのドレスが、そうなの……?

「シャルル。貴方の婚約者候補の、エレオノール嬢よ。公爵家のご令嬢なの」

 続いた王妃様の言葉に、凍りついた心が圧し潰され、砕かれた。

「母上! 私の婚約者はアリエルだ」
「わかっているわよ。だけど貴方はまだ十一歳。これからなにがあるかわからないでしょう? だから別の候補を用意しておくくらい、いいじゃないの」

 王妃様とシャルル王子が会話を続けている。その内容は理解する前に耳を通り抜けていく。エレオノールと呼ばれた少女に目を向けると、勝ち誇ったような笑みを浮かべられ……。

 私はこらえきれずに、その場から逃げ出した。

「アリエル!!」

 背後からシャルル王子の叫ぶ声がする。それすらも振り払うように、私は走った。邪魔なヒールを脱ぎ、素足で駆ける。嘲笑するような人々の視線なんてもうどうでもよかった。
 小さな頃から庭を駆け回るような子供だった私の足は速い。私に追いつける人物なんてそうはいないだろう。

 走って、走って、走って。

 人気のない庭園の奥で私はようやく立ち止まり……大きな声を上げて泣いた。
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