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番外編

第二王子と令嬢のバレンタイン

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 私には、日本という国で生きた前世の記憶がある。
 そして現世では彼氏というかシャルル王子という婚約者様が存在するわけで。この世界には存在しない行事だけれど、バレンタインというものに手を出してみるか……なんてちょっと思うわけだ。
 前世からの憧れでしたしね。恋人とバレンタインになにかをすることが。
 そんなことを思いながら久しぶりに実家の……いや私の身分は婚約に際してとある侯爵家に移されてしまったので元実家ね……アーデルベルグ家を訪れ厨房を借りているのだけれど。

「あああっ、お嬢様! 湯煎の時にはお湯が入らないようにとあれだけ言ったのに!!」

 小さい頃から一緒にいるメイドのヒルダがボウルの中のチョコを見て悲しそうな顔をする。湯煎の時に水が入ってしまうと、チョコが固まらなくなってしまう……らしい。
 だけどしょうがないじゃない! 私、昔から不器用なんだから!

「これ、捨てちゃうの?」
「そんなもったいないことはしませんよ! 生地に混ぜてホットケーキでも焼きましょう。後でおやつに出しますね」
「わぁ! ヒルダのホットケーキ、大好き!」
「お嬢様。喜んでばかりいないで! 最初から作り直しなんですよ」

 そう言ってヒルダは私を叱りながら頬を膨らませた。
 第二王子であるシャルル王子と婚約してからは、仕方ないことだけれど態度が変わった人たちも沢山いる。けれどアーデルベルグ家の人々の態度は昔と同じものだ。
 ……そのことに、私はほっとしてしまう。

「お嬢様! 大変です!」

 パタパタと慌てた様子でフットマンのヒューウェルが厨房に入ってくる。

「ヒューウェル! はしたないわね!」
「申し訳ありません、ヒルダさん」

 ヒューウェルはぺこりとヒルダに頭を下げる。ヒルダは二十五歳、ヒューウェルは二十歳。先輩であるヒルダにヒューウェルは昔から頭が上がらない。

「でも……その。シャルル王子がいらっしゃったので……」
「はぁ!? シャルル様はまったく……先触れもなしに!?」
「……先触れもなく会いに来て悪かったな」

 私が悪態をつくとヒューウェルの背後からシャルル王子が姿を現し、噂の人物の登場に私は思わずビクリと身を竦めた。
 前世風に言うとまだランドセルを背負っている年齢である彼は容姿も精神もまだまだ幼い。その豪奢で美しいかんばせに不満げな表情を浮かべてそっぽを向くその愛らしい姿に、胸がきゅっとなってしまう。相変わらず美ショタだなぁ……。ショタだと油断してると組み敷かれて啼かされてしまうのだけれど。

「アリエル、今から王宮へ来い」
「えっ……でも私今ショコラを作っている最中で……」
「いいから!」

 シャルル王子は私の手を引っ張り玄関の方へと連れて行く。もう、この人は相変わらず我儘なんだから! でも今日の彼の様子は性急すぎるというか我儘だけじゃない気もするのよね……。

「お嬢様、後で王宮にショコラはお届けしますので」

 背後からそんなヒルダの声が聞こえる。……それじゃ私が作ったんじゃなくてヒルダ産のチョコになってしまうけれど、仕方ないか。
 豪奢な王家の馬車に乗り込むと、シャルル王子がぎゅっと正面から抱きつき私の大きすぎる胸に顔を埋めた。

「シャルル様、なにかあったのですか?」

 その豪奢な金髪を撫でながら訊ねる。すると涙目の彼が顔を上げた。う……うわぁ、美ショタの涙目可愛いなぁ。

「……アーデルベルグ家に行くと、私に言わなかったな」
「報告の義務は、無いはずですが?」

 そう言って首を傾げると腰に回った手にぎゅっと力が入る。

「シャルル様、どうしたんですか? 元気出してください。ほ、ほら、沢山胸に触っていいですから!」
「むぅ」

 シャルル王子がじとっとした目でこちらを睨みつつも元気に胸を揉み始めたので私は少しほっとする。おっぱい大好きな彼が胸に興味を示さなくなったらそれこそ一大事だ。

「……王宮はアリエルにとってずいぶん居心地が悪い場所だろう。母上を筆頭に君を歓迎する人々ばかりではない」
「やっ……んっ」

 彼は胸を執拗に揉みながら神妙な顔でそんなことを言う。そんなに激しく揉まれると、お話に集中できないんだけど……!
 確かに王宮での私の扱いは微妙だ。『ふしだらな体で可憐な第二王子を誘惑した下賤な娘』なんて堂々と噂されているものね。
 王妃様も当然私をよくは思っていない。幼い息子が二歳差とはいえ年増女に体で篭絡されたなんて、心象はとても悪いだろう。
 半ば脅迫をされつつ手を出されたのはこっちなのだけどなぁ……最後はすっかり絆されてしまいましたけど。

「な、慣れてきたので、あぁんっ! それにお兄様……フィリップ王子はお優しいですし……ああっ」

 ぎゅっと胸を強く揉みこまれ私は嬌声を漏らしてしまう。この方、胸を揉むのが日に日にお上手になってる!

「兄上の話はするな。私が妬くから」

 こちらを見つめる彼の顔はとても不安げで。私は安心させようと彼の頬に手を添えてそっと口づけをした。

「私は、シャルル様が好きです」
「……うん」

 シャルル王子は胸を揉むのを止めて再び私の胸に顔を埋めた。

「君が理不尽なことで虐げられることに慣れるなんて、そんなことはあってはいけないんだ。大人になったら絶対に守るから。だからそれまで私のことを……嫌いにならないでくれ」

 ぎゅうぎゅうと小さな体で抱きつくシャルル王子の様子を見て、なんとなくわかってしまった。

「もしかして、アーデルベルグ家に帰ったら里心がついて婚約を解消したいと言い出すと思いました?」
「……う」

 図星を刺されたのか彼は胸に顔を埋めたまま小さく声を漏らす。

「シャルル様が王宮でいつも私を庇ってくださっているのは知っています、だから大丈夫です。……シャルル様がいらないと言うまで私は貴方の側にいます」
「それは一生側にいてくれるということだな!」

 シャルル王子は顔を上げ嬉しそうに笑った。幼い彼は表情がコロコロ変わる。可愛いなぁ、もう……。

「今日の君は、甘い香りがする……」
「貴方にあげるショコラを作るために、アーデルベルグ家に帰ってたんですよ」
「私に?」

 目を丸くした後に表情を明るくする彼の額に口づけると蕩けそうな顔をされる。私なんかのキスでそんな顔をするなんて本当に奇特な人だ。

「出来上がる前にこうやって連れ出されてしまいましたけど」
「じゃあ王宮でこの甘い香りがする君を堪能するとしよう」

 そう言いながら彼はようやく隣に腰を下ろすと私の肩にもたれかかる。さらりとした綺麗な金髪が肩にかかって少しくすぐったい。シャルル王子はその小さな白い手を私の手に重ねてぎゅっと強く握った。

 その後、寝台の上でくたくたになった頃にアーデルベルグ家からヒルダが作ったショコラが届けられ。ベッドの上で二人で笑いながら食べさせあった。

 ……辛いこともあるけれど、貴方が優しいから私は幸せなのよ? シャルル様。
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