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とある獅子の蛇足な話
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俺、ランディ・カーセルには一つ年下の従妹がいる。
エーファ・ブリーゲル。気の強い、美貌だが男のように大柄な女だ。
……幼い頃は、あいつもまだ可愛げがあった。
俺が言う意地悪を全部真に受けて、その大きくて綺麗な瞳にたっぷりと涙を溜めるエーファを見るのは楽しかった。強気なあいつはなにを言われても涙を零すまいと、小さな手で何度も瞳を拭うのだ。
その様子が、いじらしくて……可愛くて。
それが見たいばかりに、俺は意地の悪い言葉を浴びせ続けた。
――そんなことをすれば嫌われるばかりだと、そんな簡単なことに気づきもしないで。
最初は子供同士の小競り合い程度だった言葉の応酬。それに次第にエーファの本気の『嫌悪』が混ざりはじめたのは、いつからだっただろう。
あれは俺が十九歳、エーファが十八歳の時。
エーファが、俺も参加していた舞踏会にやって来た。別に示し合わせて来たわけではない。それはたまたまだったのだ。
「お前の従妹は相変わらずだな。男がドレスを着ているようだぞ」
友人がエーファを一瞥すると、楽しそうにケタケタと笑う。俺は薄ら笑いを浮かべながら、それに頷き返した。
彼女のドレス姿だが……友人の言う通り凄まじいほどに似合っていない。だけどそれは、流行りのデザインをわざわざ着るからだ。
着飾ることに疎いエーファは、ただ流行りものを身に着ければいいと思っている。けれどエーファのような大柄な女は流行りなど関係なく、己に似合うデザインを選ぶべきなのだ。
そうすれば――誰もが目を瞠るくらいに美しくなる。
そうは思っていても、俺は素直に言えなかった。
それどころか、友人と囲んでエーファをからかったのだ。
友人とドレスが似合わないとせせら笑う俺を見て……エーファはなにも言わずに、ただ静かな瞳を向けて去ってしまった。
泣きもせず、怒りもせず。エーファが俺に向ける目にはなんの『感情』も宿っていない。
それを見て俺はようやく……『間違った』のだと気づいたのだ。
その頃から、エーファは長い髪をばっさりと切って男装をするようになった。
勇ましいその立ち姿は獅子族のどの男たちよりも誇りに満ちて美しく、それを見た俺はただただ衝撃を受けた。
――彼女と並ぶと、俺なんてただの矮小な子猫にしか見えない。
そのことに悔しさを覚えると同時に、内心では喜ぶ自分もいた。
プライドが高い獅子族の男たちは、勇ましく、自分よりも強い武芸者であるエーファを今まで以上に女として見なくなるだろう。
しかし彼女は家のために獅子族の『婿』を入れなければならない。
その役回りはきっと独身の従兄で、三男としがらみがない俺に回ってくる。
エーファの気持ちがあってもなくても、彼女は俺のものになるのだ。
気持ちは婚姻後に、すり合わせていけばいい。俺も『妻』になら……きっと素直になれる。
……その、はずだったのだが。
「……種だけ、欲しい?」
俺が二十五歳。エーファが二十四歳の時。
ブリーゲル侯爵家の屋敷に呼び出された俺は、婚約話だろうと胸を躍らせていた。
けれどエーファの口から出たのは、そんな言葉だったのだ。
「ああ。三十までに私が婚姻できなければだが。その時には、申し訳ないが種だけ貴方から頂きたい」
彫刻のように美しい顔に何の感情も見せずに、従妹は淡々と用件を口にする。
「エーファが孕んだ際には、報奨金を我が家から出す」
その頃は健在だったブリーゲル侯爵が朗々とした声でそう言って、書類を何枚か俺に差し出した。目を通すと、そこには目が飛び出るような金額が書かれていた。
違う。俺が欲しいのは、こんなものでは。
「婿には、来なくていいのですか?」
絞り出すように言葉を口にする。するとエーファが片眉を跳ね上げた。
「醜い私となど、虫唾が走るだろう?」
――それは、俺が何度も彼女に投げつけた言葉だ。
違う。違うんだ、エーファ。
俺は昔から……お前のことが。
☆
「一年後に、結婚ですか」
二十九歳になったある日。
父から言われた言葉に、俺は眉を顰めた。
「ああ。モネ伯爵家の一人娘だ。婚姻の前にお前が遊びで作った借金を、ブリーゲル侯爵家の娘と子を成すことで完済しろ」
その言葉を聞いて、俺は奥歯を噛みしめた。
『遊び』ではない。『事業』を起こそうとして作った借金だ。
たしかに資本家と繋ぎを作るために、社交場に入り浸っていた。そのせいで俺が遊び回っているとの悪評が立っていることも、当然知っている。
しかしそれは――『誇れる』なにかを携えて、エーファに気持ちを伝えたかったからで。
ああ。しかしもう……それも許されないのか。
ではせめて彼女に、俺の子を……
しかし俺は知らなかったのだ。彼女と子を成すことすらも、俺には無理なのだということを。
エーファ・ブリーゲル。気の強い、美貌だが男のように大柄な女だ。
……幼い頃は、あいつもまだ可愛げがあった。
俺が言う意地悪を全部真に受けて、その大きくて綺麗な瞳にたっぷりと涙を溜めるエーファを見るのは楽しかった。強気なあいつはなにを言われても涙を零すまいと、小さな手で何度も瞳を拭うのだ。
その様子が、いじらしくて……可愛くて。
それが見たいばかりに、俺は意地の悪い言葉を浴びせ続けた。
――そんなことをすれば嫌われるばかりだと、そんな簡単なことに気づきもしないで。
最初は子供同士の小競り合い程度だった言葉の応酬。それに次第にエーファの本気の『嫌悪』が混ざりはじめたのは、いつからだっただろう。
あれは俺が十九歳、エーファが十八歳の時。
エーファが、俺も参加していた舞踏会にやって来た。別に示し合わせて来たわけではない。それはたまたまだったのだ。
「お前の従妹は相変わらずだな。男がドレスを着ているようだぞ」
友人がエーファを一瞥すると、楽しそうにケタケタと笑う。俺は薄ら笑いを浮かべながら、それに頷き返した。
彼女のドレス姿だが……友人の言う通り凄まじいほどに似合っていない。だけどそれは、流行りのデザインをわざわざ着るからだ。
着飾ることに疎いエーファは、ただ流行りものを身に着ければいいと思っている。けれどエーファのような大柄な女は流行りなど関係なく、己に似合うデザインを選ぶべきなのだ。
そうすれば――誰もが目を瞠るくらいに美しくなる。
そうは思っていても、俺は素直に言えなかった。
それどころか、友人と囲んでエーファをからかったのだ。
友人とドレスが似合わないとせせら笑う俺を見て……エーファはなにも言わずに、ただ静かな瞳を向けて去ってしまった。
泣きもせず、怒りもせず。エーファが俺に向ける目にはなんの『感情』も宿っていない。
それを見て俺はようやく……『間違った』のだと気づいたのだ。
その頃から、エーファは長い髪をばっさりと切って男装をするようになった。
勇ましいその立ち姿は獅子族のどの男たちよりも誇りに満ちて美しく、それを見た俺はただただ衝撃を受けた。
――彼女と並ぶと、俺なんてただの矮小な子猫にしか見えない。
そのことに悔しさを覚えると同時に、内心では喜ぶ自分もいた。
プライドが高い獅子族の男たちは、勇ましく、自分よりも強い武芸者であるエーファを今まで以上に女として見なくなるだろう。
しかし彼女は家のために獅子族の『婿』を入れなければならない。
その役回りはきっと独身の従兄で、三男としがらみがない俺に回ってくる。
エーファの気持ちがあってもなくても、彼女は俺のものになるのだ。
気持ちは婚姻後に、すり合わせていけばいい。俺も『妻』になら……きっと素直になれる。
……その、はずだったのだが。
「……種だけ、欲しい?」
俺が二十五歳。エーファが二十四歳の時。
ブリーゲル侯爵家の屋敷に呼び出された俺は、婚約話だろうと胸を躍らせていた。
けれどエーファの口から出たのは、そんな言葉だったのだ。
「ああ。三十までに私が婚姻できなければだが。その時には、申し訳ないが種だけ貴方から頂きたい」
彫刻のように美しい顔に何の感情も見せずに、従妹は淡々と用件を口にする。
「エーファが孕んだ際には、報奨金を我が家から出す」
その頃は健在だったブリーゲル侯爵が朗々とした声でそう言って、書類を何枚か俺に差し出した。目を通すと、そこには目が飛び出るような金額が書かれていた。
違う。俺が欲しいのは、こんなものでは。
「婿には、来なくていいのですか?」
絞り出すように言葉を口にする。するとエーファが片眉を跳ね上げた。
「醜い私となど、虫唾が走るだろう?」
――それは、俺が何度も彼女に投げつけた言葉だ。
違う。違うんだ、エーファ。
俺は昔から……お前のことが。
☆
「一年後に、結婚ですか」
二十九歳になったある日。
父から言われた言葉に、俺は眉を顰めた。
「ああ。モネ伯爵家の一人娘だ。婚姻の前にお前が遊びで作った借金を、ブリーゲル侯爵家の娘と子を成すことで完済しろ」
その言葉を聞いて、俺は奥歯を噛みしめた。
『遊び』ではない。『事業』を起こそうとして作った借金だ。
たしかに資本家と繋ぎを作るために、社交場に入り浸っていた。そのせいで俺が遊び回っているとの悪評が立っていることも、当然知っている。
しかしそれは――『誇れる』なにかを携えて、エーファに気持ちを伝えたかったからで。
ああ。しかしもう……それも許されないのか。
ではせめて彼女に、俺の子を……
しかし俺は知らなかったのだ。彼女と子を成すことすらも、俺には無理なのだということを。
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