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公爵騎士の独り言2

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 ニカナに視線を向けると、彼女はいつの間にやらすっかり育ちきっていたトマトスの赤い実を両手に持って明るく笑っていた。
 その笑顔を目にした瞬間。どきりと心臓が跳ねたような気がした。

「あれ? スヴァンテ様」

 私の存在に気づいたニカナが、振り向いてにこりと微笑む。そして、トマトスを両手に持ったまま駆け寄ってきた。その様子は、ころころとした愛らしい子犬を思わせる。

「こんにちは。今日はいつもより早い時間なのですね」
「ああ。……変わりはないか?」

 ニカナを見下ろしながら、気の利かない言葉をかける。彼女は背が小さいので、話す時には自然に見下ろす形になってしまう。彼女の顔と小さな素足が目に入り、今まで感じたことのない……強い劣情を覚えて私は戸惑う。それは表情には出ていないと、そう信じたい。

「ふふ、昨日も会ったじゃないですか。一日では、そうそう変化はないですよ」
「そうか。ニカナ、石でも踏んだら危ないから靴を履きなさい」
「大神様の加護がありますから……」
「履きなさい」

 重ねて言うと、ニカナは渋々という様子で靴を履く。私は内心、ほっと胸を撫で下ろした。靴を履いた彼女は、とことこと軽い足音を立てながらまたこちらへとやってきた。

「今からトマトスを収穫して、お昼ごはんを作ろうと思ってるんです」
「そうか」
「小麦粉で平打ちのパスタを作って、トマトスソースを絡めようかと。パンはよく作るんですけど麺はあまり作ったことがないので、美味しくできるか自信はないんですけど」

 パスタのトマトスソースかけは、私の好物だ。

「一緒に、食べますか? なーんて」
「では、一緒に食べよう」

 冗談めかして告げられた誘いの言葉に、私は少し食い気味に言葉を重ねてしまう。
 好物だったのもあるのだが、ニカナの作ったものを食べてみたい気持ちになったのだ。

「え」

 ニカナは、私の言葉を聞いて目を丸くする。私はこほんと咳払いをしてから、手にしていた袋を彼女に見えるように掲げた。

「今日は土産を持ってきている。食事とそれを物々交換でどうだ?」
「えっ。お土産?」
「ああ。君の食事には肉類が足りないと気づいてな。今日はベーコンと腸詰めを持ってきた。不要なら持ち帰るが……」

 そう言いつつ袋から大きなベーコンブロックを取り出してみせると、ニカナの目が釘づけになる。その口の端からは、たらりとよだれが垂れていた。不要、という顔ではないな。
 ニカナはいつも、穀物と野菜ばかり食べている。それが気になって、持ってきてしまったのだ。

「ほ、ほしいです! いいんですか?」
「ああ、そのために持ってきたからな」

 ニカナの食いつきに満足感を覚えながら、その手にベーコンと腸詰めが入った袋を渡す。するとニカナの表情がぱっと輝いた。

「嬉しいです! 私、狩猟は苦手なので……。だけどお肉って、買うとなると高いでしょう? 教会にいた頃に貯めてたお金じゃ、思い切って買えなくて。でも、本当にもらっちゃっていいんですか?」
「ああ。遠慮はしなくていい」
「わぁ! 返してって言われても返しませんよ?」

 ニカナはそう言って、私に笑いかける。その愛らしい笑顔にまた心臓が跳ね、鼓動が速くなった。

「お肉なんて、何年ぶりかなぁ。嬉しいなぁ」

 彼女は嬉しそうに言いながら、袋にすりすりと頬ずりをする。
 その言動から教会での彼女の扱いを感じて、なんとも言えない気持ちになった。
『淫婦』のことを調査する過程で、教会における聖女の『通常』の扱いにも詳しくなった。ニカナは自給自足をしていたようだが、ほかの聖女たちにはちゃんと食事が出ている。大神フェアリース様は肉食を禁じていないので、その食卓にはふんだんな肉も上がっているようだ。
 大神様の強い加護がなけば。もしくは、ニカナがここまで逞しくなければ。
 彼女は……痩せ細り、一人寂しく死んでいたかもしれないのだ。その可能性に思い至ると、胃の腑がずしりと重くなった。

「我が屋敷では、たびたびこのようなものが余る」

 実のところは、余りものではなく購入したものなのだが。そう言うとニカナが気を使いそうな気がしたので、余りものということにする。

「そうなのですか? それは、もったいないですね」

 私の言葉を聞いて、ニカナは大きな青い目をぱちくりとさせる。その様子は妙に愛らしく思えた。

「これからは、手土産としてそういうものを持ってこよう」
「そんな、悪いです。でも……うう」

 申し訳ない気持ちと手土産がほしいという気持ちで揺れていることが、表情の正直な反応からわかる。そんな彼女を見ていると、自然に口元が緩む。

「今日のように、食事でも出してくれればいい。物々交換だ」
「明らかに、価値が釣り合わない気がするんですけど……」
「余ったものだと言っているだろう。気にしなくてもいい」
「むむ……」

 ニカナは、しばしの間考えたあとに……。

「じゃあ、遠慮なくもらっておきます。その代わり、美味しいものを作りますからね!」

 そう言って、小さな拳をぎゅっと握りしめた。
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