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公爵騎士の独り言1

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『元聖女』であるニカナの見張りをはじめて、そろそろ二十日が経つ。

「今日も元気に、野良仕事するぞ~!」

 昼に彼女の元へ行くと、元気な声が耳に届いた。
 馬を木に繋いでからこっそり木陰から覗き見ると、ニカナは楽しそうに鍬で畑を耕している。今日の彼女は薄いワンピースに素足という姿で、麦わら帽子を被って首に布を巻いていた。美しい銀色の髪はひとつに結ばれて、後ろに無造作に垂らされている。素足でも怪我をしないのは、大神様の守護のおかげなのだろう。彼女の足元が淡く光っているのがわかる。
 愛らしい爪を纏った足は小さくて、女性の素足をはじめてみた私はまじまじとそれに見入ってしまった。周囲の令嬢たちは、素足を晒すようなことをしない。それは夫にしか晒してはいけないとされる部位で、娼婦ですら靴下で隠してしまうのだ。素足を堂々と晒すのは、なにも知らない子供くらいである。
 子供の頃に、家族から引き離されたというニカナの話を思い出す。彼女の『常識』は、もしかすると子供の頃から止まっているのかもしれないな。素足は夫以外には晒してはダメだと、ちゃんと説明するべきだろうか。いや、しかし。女性にそんなことを言うのは……礼節を欠く行為なのではないか?
 そんなことを考えながらしばらく彼女の愛らしい素足に見入ってしまい、我に返る。女性の恥ずかしい部位をまじまじと見るなんて、紳士のやることではない。なんだか頬が熱く、私はをその熱を冷ますために数度深呼吸をした。

「は~! どっこいしょ! よいしょ!」

 奇天烈な掛け声を口にしながら、ニカナは軽快に鍬を振る。その軽快な鍬捌きは、堂に入っていた。彼女は畑を耕したあとに、手際よく支柱を立てていく。今日はアマイモではなく、別の作物を植えるらしい。
 あれが、王都で噂の淫婦。
 教会の言葉を鵜呑みにしていた私が言うのもなんだが、あの泥だらけのアマイモのような素朴な女性を淫婦と言うのは無理があるだろう。大抵の令息は、大輪の花のようなご令嬢を好む。私は、ああいう手合は好きではないが。

「大きくな~れ!」

 ニカナは大きな声で言いながら、畑にぱらぱらと種を蒔く。その様子は実に生き生きとしている。

「大神様、大神様。今日はトマトスを撒いたんです」

 彼女の言葉に、大神様がなにかを答えたのだろう。ニカナは楽しそうに、無邪気な笑い声を立てた。
 この二十日ほどニカナを観察したり、会話をしたりしてきたが……。
 ニカナは、素直で天真爛漫、そして思慮深さを感じさせる女性だという印象を私は持った。悪辣なことができる人間だとは、正直思えない。
 部下を派遣することもできたのに、私自身が監視をすることを決めたのは……自身の容姿が女性に対しての釣り針になることを自覚しているからだ。彼女が本当に淫婦ならば、私になんらかの仕掛けをしてきてもおかしくない。
 しかしニカナのこちらに接する態度には媚びのようなものが一切感じられず、誘惑するどころか私の存在が心底迷惑そうである。女性から、こんな反応をされるのは正直なところはじめてだった。
 ニカナの噂に関する裏取りは、現在進めているところなのだが。
 元聖女である淫婦と繋がったという者たちは、誰一人として見つかっていない。
 男というのは、馬鹿な生き物だ。聖女と『繋がる』ことができたのなら、必ずそれを吹聴する者が出る。現に、ほかの聖女と『繋がった』という証言はいくつか出てきたのだ。

 ──ニカナが、いわれのない罪を着せられ教会を放逐された可能性が増している。

 教会が彼女に汚名を着せて放逐したのだとしたら……。その理由には教会の『闇』が隠れていそうだな。
 重い気持ちになって、私はため息をついた。
 この国の多くの人間がそうであるように敬虔な大神信者である自分は、その闇を暴くのが少しばかり怖いと思ってしまうのだ。誰だって、信じていたものを失いたくない。
 教会に長くいたニカナは、その闇部分を知っているのかもしれない。しかしそれは、口外を強く止められている部類のものなのだろう。そんなものを話してもらえるような信用を、私は得ていない。彼女を疑い、侮辱してかかった人間なのだから当然である。
 ……ニカナには、失礼なことばかりをしてしまったな。
 最初から淫婦だと決めてかかり、侮辱し、このような監視という行為を行っている。
 私はまた、重い重いため息をついた。
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