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公爵騎士様とのちょっぴり最悪な邂逅3

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「天におられる大神フェアリース様。今日も貴方が与えてくださった糧に感謝いたします」

 食前のお祈りをしてから、手作りのアマイモパイにフォークを入れる。
 黄金色に輝くアマイモと、きつね色に焼けたパイ生地。それを口に入れると、さくっとしたパイ生地と濃厚な甘さのアマイモの絶妙なハーモニーが口中に広がる。農作業で空腹だった私は、夢中でアマイモを食べた。

「ん~美味しい!」

 そして、ハーブティーを口にしてからぷはっと息を吐き出す。
 その時。グラッツェル公爵閣下が、こちらをじっと見ていることに私は気づいた。

 ……すっかり、彼の存在を忘れてたな。

「グラッツェル公爵閣下」
「なんだ」
「私、淫婦とかそういうのじゃないんです」
「淫婦だと教会に断罪された身でなにを言う。その姦淫の罪に関してはもう裁かれていることなので、私が関与をすることではないがな」

 グラッツェル公爵閣下はそう言いながら、カップの中のハーブティーを見つめる。どうやら、口をつける気にはならないらしい。
 処女なのに淫婦であると思われるのは心外だけれど。……証明しようがないことなので、言い募ることは止める。
 グラッツェル公爵閣下なら噂の裏取りをして、淫婦ではないことの証明ができるかもしれないけれど……。
 教会に戻りたいわけでも、教会の罪を告発したいわけでもないしなぁ。
 どちらかといえばごたごたは避けて、ここでのんびりと暮らしたいのだ。まだ住んで間もないけれど、この山小屋暮らしは性に合っている。

「悪いことをする気なんて、ないんですけど。どうやったら、それを納得してくださるんですか? これから犯す予定の罪があると、閣下の予測のみで裁いたりするおつもりはないですよね?」

 この方は権力者なのだから、罪をでっち上げて裁くこともできるのだろうけれど。
 そういうタイプの人ではないと思う。ちゃんとした正義が執行されることを望む、ある意味では面倒な人だ。

「しばらく、君の人となりを観察させてもらう。その後、判断をしよう」

 グラッツェル公爵閣下はまっすぐにこちらを見つめて、きっぱりとした口調で言った。

「それって、ここに毎日来るということでしょうか」
「ああ、そうだ」

 面倒、だなぁ。だけど公爵閣下に『嫌だ』だなんて言えない。

「わかりました。どうぞ、ご納得されるまで通ってください」

 私は、ふうとため息をつく。そして、すっかり冷めてしまったハーブティーを口にした。


 グラッツェル公爵閣下が私の監視のために山小屋に通うようになって、十日目。
 公爵閣下は王都から片道三時間をかけてやってきては、数時間ほど私を観察して帰っていくのだけれど……。
 正直、彼といるのは気まずい。気まずすぎる。
 グラッツェル公爵閣下は、無言で私の一挙手一投足をじっと見つめるばかりなのだ。
 和ませるために会話とかをした方がいいのかな……なんてことも思うけれど。話しかけて『淫婦が惑わそうとしている』なんて言われても面倒だしなぁ。
 それに……。グラッツェル公爵閣下がいると、奇跡の力を自由に使えないのが本当にめんどくさい。
 私の世間の評価は『手からぴゅーっと水が出せる』程度の奇跡が起こせる聖女である。それ以上のことを、グラッツェル公爵閣下の前でやるのはまずい。下手をすれば『奇跡の出し惜しみをしていたのか!』なんて叱られた上に、教会に逆戻りかもしれない。淫婦だという汚名がくっついた状態で教会にこき使われるなんて、どんな地獄なの。

「さて……」

 畑に種芋を植えてから、私は伸びをした。時刻はまだ明け方。日がようやく昇る頃である。
 今日もお昼頃にグラッツェル公爵閣下がやってくる。そのはずだ。その前に、畑に奇跡を施さないと。
 植えたアマイモの種芋を一気に成長させて、グラッツェル公爵閣下がやってくる前に収穫して倉庫に放り込もう。そのために、今日の私は早起きをしたのだ。

「大神様、大神様」

 私は胸の前で手を組んで、大神様に語りかける。お留守じゃなければ、いらえがあるはずだ。

『なんだ、私の愛しい聖女』

 耳に大神様の声が届いて、私はほっとする。

「大神様。このアマイモを一気に収穫できる状態にしたいのですが」
『承知した。その願い、叶えよう』

 大神様のそんな言葉とともに、畑ににょきりと芽が生える。そしてみるみるうちに、立派な葉を持つ蔓が畑に這っていった。

「大神様、ありがとうございます」

 あっという間に実りを迎えた畑を目にして、私はぴょんぴょん飛び上がってしまう。

「ふっふーん。あとは収穫するだけ……」

 うきうきしながら、アマイモの収穫をしようとした時。

「……なんだ、その力は。そんな力を持つ聖女なんて、聞いたことがないぞ」

 グラッツェル公爵閣下の声が背後から聞こえて、私の背筋は凍った。
 どうして、どうして……この時間に貴方がいるの。いつもお昼に来るでしょう?

 恐る恐る振り返ると、そこには愕然とした顔のグラッツェル公爵閣下が立っていた。
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