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公爵騎士様とのちょっぴり最悪な邂逅1
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時は、二週間ほど前に遡る。
「君が……元聖女のニカナか?」
その日。畑を鍬で耕している私のところに、その男性は現れた。
男性の姿を目にした瞬間。まずはその容姿のよさに目を奪われた。手入れが行き届いた容貌の貴族たちが出入りしている教会にすら、こんなに美しい人はいなかったのだ。
「えっと、どちらさまでしょう?」
私は男性の美貌に見惚れながら、彼の素性を訊ねる。
「スヴァンテ・グラッツェルだ」
「グラッツェル公爵閣下がこんなところまで……? お噂は、かねがね聞いております」
街で噂の公爵閣下の登場に、私は目を瞠った。噂に違わず綺麗な人だわ。
「噂か。……ろくな噂ではないだろう」
スヴァンテ様は美しい黒の瞳で私をしばらく眺めたあとに、眉間に深い皺を刻んだ。
女性に大人気だとかのそういう噂は、グラッツェル公爵閣下にとって望ましいものではないようだ。
「その格好は、ふざけているのか?」
グラッツェル公爵閣下は上から下まで私を見たあとに、不機嫌そうにそんなことを言う。
……私、今泥だらけですもんね。その上日除けに麦わら帽子を被って、首には汗を拭くための布まで巻いている。
「ふざけてなんかいませんよ。支給品がほとんどなかったので、食べるために自分で畑を耕してるだけです」
「元とはいえ聖女が、畑を? それに支給品がないだと? 淫婦とはいえ、しばらくの間教会に貢献をした聖女だったのだろう。最低限の退職金は出たのではないのか?」
「……淫婦」
さんざんな言いようだなぁ。自慢じゃないけれど、男性には一度も言い寄られたことはない。そんな私が淫婦になるのは到底無理というものだ。
「本当になにももらっていないんですけど」
「退職金が出なくても、君の『得意先』の令息たちからの支援が──」
そこまで、グラッツェル公爵閣下が言った時。
グラッツェル公爵閣下のいるところへ、雷が落ちて地面を深く抉った。グラッツェル公爵閣下は騎士らしい素早い動きで雷を避け、尻もちをついた状態で目を丸くしている。一瞬でも挙動が遅れていたら、グラッツェル公爵閣下は黒焦げになっていただろう。
──これは、大神様の仕業だな。
長らく本物の聖女が輩出されなかったこともあり、大神様の私に対する愛情は深い。私のために人を害することを、まったく躊躇しないくらいに。
「大神様。面倒事になりそうなことは避けてほしいと、私言ってますよね?」
私はため息をつくと、グラッツェル公爵閣下に聞こえないよう小声で言った。
『しかしだな。その男はお前を──』
すると大神様の、少し焦った声が耳の届く。
「私は人の理の中で生きています。偉い人に睨まれるのは困るのです。この方、めちゃくちゃ偉いんですよ!」
『人里ならともかく、ここなら証拠が残らないだろう』
怒りながら小声で抗議を続ければ、拗ねたように怖いことを言われてしまう。証拠は残らないかもしれないけれど、グラッツェル公爵閣下がいなくなれば捜索隊が絶対に編制される。その結果、私が怪しい……という話になったらとても困るのだ。
そもそものところ、目の前で人が死ぬのを見たくなんてない。
私が教会に連れていかれようとした頃から、大神様はこんな調子だった。大神様が横柄な態度の貴族や司祭たちに神の雷を落とそうとするのを、私は必死に止めていたのだ。
私の根っこはただの平民である。偉い人に睨まれて面倒事に遭うことは、極力避けたかった。
大神様だって、四六時中私のことを見ているわけではない。お留守にしているタイミングだって、割とあるのだ。魔女だとか反逆者だとかと思われたりして、大神様の目が届いていない時に殺されてしまう可能性だってある。そんなことになって後悔しても、もう遅い。
「……それよりも。畑の一部が雷で焦げてしまったのですけど。私、一生懸命耕したのに」
『……すまない。あとで元に戻しておこう』
大神様がしょんぼりとした声で謝罪をする。元に戻してくれるのなら、まぁいいですけれど。
「君が……元聖女のニカナか?」
その日。畑を鍬で耕している私のところに、その男性は現れた。
男性の姿を目にした瞬間。まずはその容姿のよさに目を奪われた。手入れが行き届いた容貌の貴族たちが出入りしている教会にすら、こんなに美しい人はいなかったのだ。
「えっと、どちらさまでしょう?」
私は男性の美貌に見惚れながら、彼の素性を訊ねる。
「スヴァンテ・グラッツェルだ」
「グラッツェル公爵閣下がこんなところまで……? お噂は、かねがね聞いております」
街で噂の公爵閣下の登場に、私は目を瞠った。噂に違わず綺麗な人だわ。
「噂か。……ろくな噂ではないだろう」
スヴァンテ様は美しい黒の瞳で私をしばらく眺めたあとに、眉間に深い皺を刻んだ。
女性に大人気だとかのそういう噂は、グラッツェル公爵閣下にとって望ましいものではないようだ。
「その格好は、ふざけているのか?」
グラッツェル公爵閣下は上から下まで私を見たあとに、不機嫌そうにそんなことを言う。
……私、今泥だらけですもんね。その上日除けに麦わら帽子を被って、首には汗を拭くための布まで巻いている。
「ふざけてなんかいませんよ。支給品がほとんどなかったので、食べるために自分で畑を耕してるだけです」
「元とはいえ聖女が、畑を? それに支給品がないだと? 淫婦とはいえ、しばらくの間教会に貢献をした聖女だったのだろう。最低限の退職金は出たのではないのか?」
「……淫婦」
さんざんな言いようだなぁ。自慢じゃないけれど、男性には一度も言い寄られたことはない。そんな私が淫婦になるのは到底無理というものだ。
「本当になにももらっていないんですけど」
「退職金が出なくても、君の『得意先』の令息たちからの支援が──」
そこまで、グラッツェル公爵閣下が言った時。
グラッツェル公爵閣下のいるところへ、雷が落ちて地面を深く抉った。グラッツェル公爵閣下は騎士らしい素早い動きで雷を避け、尻もちをついた状態で目を丸くしている。一瞬でも挙動が遅れていたら、グラッツェル公爵閣下は黒焦げになっていただろう。
──これは、大神様の仕業だな。
長らく本物の聖女が輩出されなかったこともあり、大神様の私に対する愛情は深い。私のために人を害することを、まったく躊躇しないくらいに。
「大神様。面倒事になりそうなことは避けてほしいと、私言ってますよね?」
私はため息をつくと、グラッツェル公爵閣下に聞こえないよう小声で言った。
『しかしだな。その男はお前を──』
すると大神様の、少し焦った声が耳の届く。
「私は人の理の中で生きています。偉い人に睨まれるのは困るのです。この方、めちゃくちゃ偉いんですよ!」
『人里ならともかく、ここなら証拠が残らないだろう』
怒りながら小声で抗議を続ければ、拗ねたように怖いことを言われてしまう。証拠は残らないかもしれないけれど、グラッツェル公爵閣下がいなくなれば捜索隊が絶対に編制される。その結果、私が怪しい……という話になったらとても困るのだ。
そもそものところ、目の前で人が死ぬのを見たくなんてない。
私が教会に連れていかれようとした頃から、大神様はこんな調子だった。大神様が横柄な態度の貴族や司祭たちに神の雷を落とそうとするのを、私は必死に止めていたのだ。
私の根っこはただの平民である。偉い人に睨まれて面倒事に遭うことは、極力避けたかった。
大神様だって、四六時中私のことを見ているわけではない。お留守にしているタイミングだって、割とあるのだ。魔女だとか反逆者だとかと思われたりして、大神様の目が届いていない時に殺されてしまう可能性だってある。そんなことになって後悔しても、もう遅い。
「……それよりも。畑の一部が雷で焦げてしまったのですけど。私、一生懸命耕したのに」
『……すまない。あとで元に戻しておこう』
大神様がしょんぼりとした声で謝罪をする。元に戻してくれるのなら、まぁいいですけれど。
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