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追放聖女のプロローグ1

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 小屋の前にある小さな畑の土を掘り返し、種芋をいくつか植える。今日植えたのは、アマイモだ。赤い皮に覆われた黄金色の地下茎を持つその芋は、甘くてとても美味しくて、しかも栄養価が高い。蔓も美味しく食べられる、貧乏人の強い味方。荒れた土地でも育つため、救荒作物としても活用されている素晴らしいお芋である。
 そして、私……ニカナの大好物だ。

「大神様、大神様。アマイモを大きくしてください!」

 植えたアマイモに『聖力』を吹き込むために、私は天に祈りを捧げる。大神様への祈りの文句は教会では形式が定められているけれど、実はなんでもよかったりする。結局は、大神様と言葉を交わす力があるかの方が大事なのだ。

『その願い、叶えよう。私の愛しい聖女』

 いつものように耳に大神様の優しい声が届き、みるみるうちにアマイモの芽が生えて成長していく。そして、あっという間に収穫ができる状態になった。
 今日は、アマイモパイを作りたい気分だったのよね。大神様のお力で育ったアマイモは、市販のものよりかなり甘い。砂糖を使うなんて贅沢をしなくても、美味しいパイになってくれるのだ。

「そうだ…! 大神様、大神様。先日森で見つけたアキの実は今食べ頃ですか?」

 先日森の中で見つけたアキの実のことをふと思い出し、私は大神様に訊ねてみた。大神様は、この世界のことをなんでも知っていらっしゃるのだ。
 ちなみに。アキの実というのは赤く分厚い皮と、つるりとした白く甘い実を持つ果物である。皮は煮物や炒めものに使えて、実の部分は甘くてそのまま食べられる。捨てるところがまったくない、素敵な果物なのだ。

『あと二日ほどで食べ頃だな。そのアマイモのように成長を早めようか?』
「いえいえ、今日収穫のアマイモと保存食で食料は足りていますので。なので、自然の恵みの訪れを待とうかと思います。それもひとつの楽しみなので!」

 大神様からのせっかくの提案だったけれど、私はそれを固辞した。

『わかった、私の聖女。虫除けはしっかりしておこう。それと少しだけ、甘くしておこうか』
「ありがとうございます、大神様!」

 大神様に感謝を伝えてから土塗れの手をパンと払って立ち上がり、現在の住処である山小屋の方へ体を向ける。すると……こちらを見つめる一人の人物と視線が絡み合った。

 私の『監視役』の、スヴァンテ・グラッツェル公爵閣下。

 グラッツェル公爵家のご当主で、王家の縁戚でもあるとっても偉い人。そして、凄腕の騎士でもある。本来なら平民の私がお近づきになんてなれない人物で、目の保養になる絶世の美貌を持つ人である。
 スヴァンテ様の顔立ちは国中の女性たちを夢中にさせるくらいに整っており、本人無許可の絵姿が城下では飛ぶように売れている。絵姿は大抵の場合は美しさが誇張されていて、実物を見ると『なぁんだ』ということもある。だけどスヴァンテ様は、実物の方が美しいのだ。その美しさを表現できないことに絶望して、筆を折った絵師が何人もいる……という噂も頷ける。
 陶磁のような白い肌、切れ長の黒の瞳。すっと通った鼻筋。浅紅色の形のいい唇。顔のパーツのひとつひとつが美しくて、見ていて本当に飽きない。豊かな黒髪はひとつに結えられて前に垂らされており、その黒髪を翻して馬に乗る姿はとても素敵だ。左目の下には泣きぼくろがあり、それが彼の美貌に艶を添えている。
 性格は堅物で、生真面目。それが原因で彼は二週間前から私の見張りをすることになり、王都から三時間のこの山小屋まで毎日いらしているわけだ。

「本当に凄まじい力だな。それを、こんなことに使うなんて……」

 そう言うスヴァンテ様のお顔は、実に苦々しいものだ。……そんなことを、言われてもなぁ。

「こんなことに使わないと、飢えて死んでしまいますから。この山の土壌は本来なら農耕には向いていないので、大神様のお力を借りないと救荒植物であるアマイモすらも育つか怪しいのです」
「ぐっ。それは、そうだな」

 スヴァンテ様は顔を歪めながら、苦しげに言う。歪めたお顔まで美しいのだから、ずるいなぁとしみじみ思う。

「ニカナ。君が教会で聖女をやっていた頃。教会からの給金は本当に出ていなかったのか?」

 スヴァンテ様はここに来てから何回目かの、同じ質問をする。

「週に一回銅貨三枚はいただいていたと、何度言ったら理解していただけるのでしょうか」
「それは給金ではなく、子供の駄賃だ。個人的なお布施なども、本当にもらっていなかったのだな?」
「これも何度目かの質問ですよね? 個人的なお布施なんてもらっていませんよ。教会に属している時に個人的にお金をもらってしまうと『裏金』になってしまいますから。絶対にもらっていません。大神様もそういうことが嫌いですしね」

 大神様は清廉潔白を好む。要は『悪意のある嘘』や『不正』の類がとっても嫌いなのだ。

「本当に、一銭も?」

 スヴァンテ様は怖い顔をしながら、念を押してくる。そんな彼に、私はこくりと頷いた。

「はい、一銭も。体を売ったりもしていませんよ? 正真正銘の処女です!」
「──ッ! 堂々とそんなことを言うんじゃない!」

 私が胸を張って言うと、スヴァンテ様の白い頬は真っ赤になった。
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