1 / 24
転生王子の事情
しおりを挟む
一対の人形のように美しい青年と少女は、庭園に設置されたテーブルに向かい合わせに座っていた。一陣の風が庭園を吹き抜ける。それは青年の豪奢な金色の髪をさらりと揺らした。
青年が顔を上げると、少女と視線が交わる。
彼は少しためらう様子を見せた後に――おもむろに口を開いた。
「ティアラ・セイヤーズ。貴女との婚約を……破棄しようと思う」
凛とした声が空気を揺らした。その声の主はシオン・チェスタトン。御年十六歳になるマシア王国の王太子である。青年の青の眼差しは、憂いに満ちて目の前の少女に向けられていた。
婚約破棄を告げられた令嬢は屈辱でなのか、ぶるぶると肩を震わせながらシオンを睨みつけた。彼女はティアラ・セイヤーズ公爵令嬢。美しき黒薔薇姫と呼ばれる、麗しきシオンの婚約者である。
黒い髪に緑の瞳の凛とした面差しの少女は、その瞳を大きく見開き……
高らかな罵声がその口からは飛び出すとシオンは思っていたのだが。
「シオン王子、どうして……」
薄桃色の唇からは、小さく可憐なつぶやきだけが零れた。
(――どうしてかって? 俺にもわからん)
呆然としているティアラを見つめながら、婚約破棄を告げた主であるシオンも内心頭を抱えていた。
(俺は婚約破棄なんて言いたくなかったけど! だけど君が。君が……あまりにツンすぎるから!)
☆
俺のことを、少し話そう。
俺、シオン・チェスタトンには前世の記憶がある。
前世の俺は日本という国に住むごく一般的な男子高校生で、まさしく思春期の真っ只中であった。
反抗期かつ少し遅い中二病患者。右目や右手がすぐに疼く俺を両親はかなり持て余していたと思う。身の内に宿る悪魔(当然いない)と戦いながら震えていたら、けいれん発作と勘違いされ二度ほど病院に連れて行かれそうにもなった。今考えると黒歴史にもほどがある。
そんな頃に交通事故に遭い、薄れゆく意識の中でこれは死んだなと思っていたら――すべての中二病患者憧れのファンタジーな世界に赤ん坊として転生していたのだ。
魔法がある、剣がある、ドラゴンがいる。
そんな世界に俺は大興奮した。
しかし残念ながら俺が転生したのはさる王国の王子様。竜を倒しに行ったり、騎士として戦ったりというのは下々のやることで、結局この世界でも冒険の旅は絵空事だったのだ。
俺は唯一許されていた前世には存在しなかった魔法の修練を積み、十五歳になる頃には国一番と言われる使い手になった。
――しかし王宮で王太子教育に明け暮れる日々に、魔法なんてものは無用の長物。
魔法を使って王宮を抜け出し大冒険……なんて根性も俺には無かった。
自分で考えているよりもずっと、俺は気が小さかったのだ。
ところで、この今世の俺は前世と違い絶世の美形である。
前世では中二病を患っていた俺は、女子たちに遠巻きにされていた。
いつも一人でブツブツ言っている並以下の容姿の男なんて、今考えるとモテようがない。『俺の力が怖いのか……』などと言って強がってはいたが、正直モテたくて仕方がなかった。
そして現在の俺は、念願のハイスペック顔面なのである。
結論から言うと、俺はとてもモテた。
顔につられて寄ってくる女たち。将来の王太子妃にと娘を近づけてくる貴族たち。様々な美しい蝶が俺の周囲を舞っていた。
しかし俺はそのモテ期をまったく活用できなかったのだ。
……女慣れなんてしていかった俺は、ひきつる顔をしながら適当に彼女たちを躱すことしかできなかった。
みんな、なんだかギラギラしていて正直怖かったし。俺はもっとピュアな恋愛がしたい。
それで付いたあだ名が『氷の王子』。
俺のひきつった顔は、どうやらかなりの無表情に見えるらしい。
……前世なら喜んだあだ名なんだろうが。前世の十七年、そして今の人生で十五年と人生経験を重ねた俺はもうそのあだ名に喜べるような精神年齢ではなく。
――中二病だった頃の俺のことは、棺桶にでも入れて燃やしてくれ。
今は本気で、そう思っている。
そんなこんなでなかなかうまく行かない人生に黄昏れていた十六歳の年。
婚約者との顔合わせがあると、父上に言われた。
そして俺は……人生ではじめての恋をしたのだ。
青年が顔を上げると、少女と視線が交わる。
彼は少しためらう様子を見せた後に――おもむろに口を開いた。
「ティアラ・セイヤーズ。貴女との婚約を……破棄しようと思う」
凛とした声が空気を揺らした。その声の主はシオン・チェスタトン。御年十六歳になるマシア王国の王太子である。青年の青の眼差しは、憂いに満ちて目の前の少女に向けられていた。
婚約破棄を告げられた令嬢は屈辱でなのか、ぶるぶると肩を震わせながらシオンを睨みつけた。彼女はティアラ・セイヤーズ公爵令嬢。美しき黒薔薇姫と呼ばれる、麗しきシオンの婚約者である。
黒い髪に緑の瞳の凛とした面差しの少女は、その瞳を大きく見開き……
高らかな罵声がその口からは飛び出すとシオンは思っていたのだが。
「シオン王子、どうして……」
薄桃色の唇からは、小さく可憐なつぶやきだけが零れた。
(――どうしてかって? 俺にもわからん)
呆然としているティアラを見つめながら、婚約破棄を告げた主であるシオンも内心頭を抱えていた。
(俺は婚約破棄なんて言いたくなかったけど! だけど君が。君が……あまりにツンすぎるから!)
☆
俺のことを、少し話そう。
俺、シオン・チェスタトンには前世の記憶がある。
前世の俺は日本という国に住むごく一般的な男子高校生で、まさしく思春期の真っ只中であった。
反抗期かつ少し遅い中二病患者。右目や右手がすぐに疼く俺を両親はかなり持て余していたと思う。身の内に宿る悪魔(当然いない)と戦いながら震えていたら、けいれん発作と勘違いされ二度ほど病院に連れて行かれそうにもなった。今考えると黒歴史にもほどがある。
そんな頃に交通事故に遭い、薄れゆく意識の中でこれは死んだなと思っていたら――すべての中二病患者憧れのファンタジーな世界に赤ん坊として転生していたのだ。
魔法がある、剣がある、ドラゴンがいる。
そんな世界に俺は大興奮した。
しかし残念ながら俺が転生したのはさる王国の王子様。竜を倒しに行ったり、騎士として戦ったりというのは下々のやることで、結局この世界でも冒険の旅は絵空事だったのだ。
俺は唯一許されていた前世には存在しなかった魔法の修練を積み、十五歳になる頃には国一番と言われる使い手になった。
――しかし王宮で王太子教育に明け暮れる日々に、魔法なんてものは無用の長物。
魔法を使って王宮を抜け出し大冒険……なんて根性も俺には無かった。
自分で考えているよりもずっと、俺は気が小さかったのだ。
ところで、この今世の俺は前世と違い絶世の美形である。
前世では中二病を患っていた俺は、女子たちに遠巻きにされていた。
いつも一人でブツブツ言っている並以下の容姿の男なんて、今考えるとモテようがない。『俺の力が怖いのか……』などと言って強がってはいたが、正直モテたくて仕方がなかった。
そして現在の俺は、念願のハイスペック顔面なのである。
結論から言うと、俺はとてもモテた。
顔につられて寄ってくる女たち。将来の王太子妃にと娘を近づけてくる貴族たち。様々な美しい蝶が俺の周囲を舞っていた。
しかし俺はそのモテ期をまったく活用できなかったのだ。
……女慣れなんてしていかった俺は、ひきつる顔をしながら適当に彼女たちを躱すことしかできなかった。
みんな、なんだかギラギラしていて正直怖かったし。俺はもっとピュアな恋愛がしたい。
それで付いたあだ名が『氷の王子』。
俺のひきつった顔は、どうやらかなりの無表情に見えるらしい。
……前世なら喜んだあだ名なんだろうが。前世の十七年、そして今の人生で十五年と人生経験を重ねた俺はもうそのあだ名に喜べるような精神年齢ではなく。
――中二病だった頃の俺のことは、棺桶にでも入れて燃やしてくれ。
今は本気で、そう思っている。
そんなこんなでなかなかうまく行かない人生に黄昏れていた十六歳の年。
婚約者との顔合わせがあると、父上に言われた。
そして俺は……人生ではじめての恋をしたのだ。
4
あなたにおすすめの小説
愛してないから、離婚しましょう 〜悪役令嬢の私が大嫌いとのことです〜
あさとよる
恋愛
親の命令で決められた結婚相手は、私のことが大嫌いだと豪語した美丈夫。勤め先が一緒の私達だけど、結婚したことを秘密にされ、以前よりも職場での当たりが増し、自宅では空気扱い。寝屋を共に過ごすことは皆無。そんな形式上だけの結婚なら、私は喜んで離婚してさしあげます。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる