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王子は慣れない愛を乞う
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泣き崩れてしまったビアンカの隣に座り、そっと肩に触れて抱き寄せる。
ビアンカはわずかに身を震わせたものの俺の腕の中にその身を預けた。
……長椅子でよかった。一人掛けだったらオロオロしながら周囲をうろつくことしかできなかっただろう。
震える肩を優しくさすると彼女は嗚咽を漏らしながら、胸にすがりついてくる。拒絶はされていないのだろうか……その事実に俺はホッとした。
「ビアンカ。婚約破棄なんて言わないでくれ」
彼女の旋毛に口づけ、次に頬に口づける。すると彼女は涙を零しながらこちらへと視線を向けた。
「……六年です。六年間も『悪役令嬢』は貴方のことしか見ていなかった。拙い、醜い想いでした。だけど貴方に恋をしていた。……わたくしは、それを『知って』しまった。だけど……貴方は」
ビアンカの言うことは、どうにも要領を得ない。『悪役令嬢』とはなんなのだ。以前のビアンカの所業を指しているのだろうか。
「六年間、一度も。まともに目すら合わせてくださらなかった」
ビアンカの言葉をまさか、と笑い飛ばそうとしたけれど。思い返すと婚約者の視線から俺は目を逸らしてばかりだった。
彼女はまた嗚咽を漏らす。慰めたくて俺は彼女の目頭にそっとキスをした。次に頬に、そしてその仄かに塩味がする涙を吸う。ビアンカは俺のすることにされるがままになっていた。
「……愛してる」
そっと耳元で囁くと、イヤイヤと首を振られる。
……六年もの間に堆積してしまった不信感は、即座には拭えないだろう。当然のことだ。
「俺のことが、嫌いか?」
情けなくも震える声でそう訊ねると彼女はすぐに首を横に振った。ひとまず嫌われてはいないようで俺は心底安堵した。
「これから毎日君に愛を囁く。もう、誰にもよそ見もしない。……俺に挽回するチャンスをくれないか?」
「嫌です!」
即座に彼女から飛び出した拒絶の言葉に、ショックで思わず涙目になってしまう。
「貴方はきっと錯覚だったと言いますわ。そして……シュミナを選ぶんです」
俺の自業自得といえばそれまでなのだが、どうしていいのかわからない。
――ノエル、助けてくれ。
普段女性をとっかえひっかえ連れ歩いている親友の姿を脳裏に浮かべる。
俺は、女性に好意を寄せられる機会が多い。王太子という立場もありそれは日常的なことだ。そう……いつでも『寄せられる』側だった。シュミナにしてもそうだ。
だから自分から好意を寄せ、許しを乞い、愛して欲しいと懇願することは初めてで。
好意を受け取ってもらえるか不確かな相手に愛を囁くことが、こんなに不安なものなのだと俺は初めて知った。
『貴方のお顔が、とても好き』
『一緒にいられて、嬉しいですわ』
……笑顔で俺にそう言い続けた、過去のビアンカの姿を思い浮かべる。
六年間だ。六年間も彼女は、それを受け取らない相手に愛を囁き続けたのだ。
俺はどれだけ彼女を不安にさせていたのだろう。
「……愛してる、君だけだ」
彼女を抱きしめそっと囁く。抱きしめた体は小さくて、折れてしまいそうに華奢で、だけどとても柔らかだ。
ふわりとビアンカの髪に焚き染められた淡い花の香が鼻先を優しくくすぐった。
「愛してる」
彼女の心に届くように、祈りを込めてそう囁き続ける。
ビアンカは俺の言葉に答えない。だけど俺から逃げずに、腕の中にいてくれる。
「君を一生大事にしたいんだ、ビアンカ」
頬に手を添え顔をこちらに向かせると、ビアンカの顔は真っ赤になっていた。額に、頬に……そして唇に。
できるだけ優しく口づけると彼女は戸惑ったようにそれを受け入れた。
「……こんなの、シナリオには」
震える声で彼女は呟く。それは誰が書いたシナリオなんだ?
つれないことをまた言おうとしたのだろう、なにかを言おうとした彼女の唇を俺は急いでまた塞いだ。何度か触れ合うキスをした後に、少し開いた唇を舌で割り開くとビアンカは小さく身を震わせた。
「ふっ……」
入ってきた舌に驚いた彼女が身を引こうとするけれど、後頭部に手をやって逃がさない。つるりとした小さな前歯を舐め、奥に逃げようとしている舌を絡め取りすり合わせる。
ビアンカは戸惑いながらいかにも慣れない様子でキスに応えてくれる。その様子が愛おしくてたまらない。
「フィリップ、さま」
唇を離すと彼女は苦しそうに息を吐きながら俺の名前を呼んだ。
「ビアンカ、愛してるから」
六年間一切口にしなかった言葉を、俺は今日だけで何度口にするのだろう。
「誠意のない婚約者だった、君を傷つけてばかりだった。そんな俺には、もう戻らないから。君と一緒にいてもいいだろうか」
「でも、わたくしは……」
ビアンカの瞳がなにかを恐れているかのように不安で揺れている。君がどうしてそんなに不安げなのか、その理由を俺は知りたい。
だけどまずは信頼を取り戻さないとな。今の俺にはきっと不安の理由は教えてくれないだろう。
「婚約は破棄しない……それでいいか?」
そう言いながらビアンカの頬を撫でると、彼女が小さく頷いてくれたので俺は安堵の息を漏らした。
ビアンカはわずかに身を震わせたものの俺の腕の中にその身を預けた。
……長椅子でよかった。一人掛けだったらオロオロしながら周囲をうろつくことしかできなかっただろう。
震える肩を優しくさすると彼女は嗚咽を漏らしながら、胸にすがりついてくる。拒絶はされていないのだろうか……その事実に俺はホッとした。
「ビアンカ。婚約破棄なんて言わないでくれ」
彼女の旋毛に口づけ、次に頬に口づける。すると彼女は涙を零しながらこちらへと視線を向けた。
「……六年です。六年間も『悪役令嬢』は貴方のことしか見ていなかった。拙い、醜い想いでした。だけど貴方に恋をしていた。……わたくしは、それを『知って』しまった。だけど……貴方は」
ビアンカの言うことは、どうにも要領を得ない。『悪役令嬢』とはなんなのだ。以前のビアンカの所業を指しているのだろうか。
「六年間、一度も。まともに目すら合わせてくださらなかった」
ビアンカの言葉をまさか、と笑い飛ばそうとしたけれど。思い返すと婚約者の視線から俺は目を逸らしてばかりだった。
彼女はまた嗚咽を漏らす。慰めたくて俺は彼女の目頭にそっとキスをした。次に頬に、そしてその仄かに塩味がする涙を吸う。ビアンカは俺のすることにされるがままになっていた。
「……愛してる」
そっと耳元で囁くと、イヤイヤと首を振られる。
……六年もの間に堆積してしまった不信感は、即座には拭えないだろう。当然のことだ。
「俺のことが、嫌いか?」
情けなくも震える声でそう訊ねると彼女はすぐに首を横に振った。ひとまず嫌われてはいないようで俺は心底安堵した。
「これから毎日君に愛を囁く。もう、誰にもよそ見もしない。……俺に挽回するチャンスをくれないか?」
「嫌です!」
即座に彼女から飛び出した拒絶の言葉に、ショックで思わず涙目になってしまう。
「貴方はきっと錯覚だったと言いますわ。そして……シュミナを選ぶんです」
俺の自業自得といえばそれまでなのだが、どうしていいのかわからない。
――ノエル、助けてくれ。
普段女性をとっかえひっかえ連れ歩いている親友の姿を脳裏に浮かべる。
俺は、女性に好意を寄せられる機会が多い。王太子という立場もありそれは日常的なことだ。そう……いつでも『寄せられる』側だった。シュミナにしてもそうだ。
だから自分から好意を寄せ、許しを乞い、愛して欲しいと懇願することは初めてで。
好意を受け取ってもらえるか不確かな相手に愛を囁くことが、こんなに不安なものなのだと俺は初めて知った。
『貴方のお顔が、とても好き』
『一緒にいられて、嬉しいですわ』
……笑顔で俺にそう言い続けた、過去のビアンカの姿を思い浮かべる。
六年間だ。六年間も彼女は、それを受け取らない相手に愛を囁き続けたのだ。
俺はどれだけ彼女を不安にさせていたのだろう。
「……愛してる、君だけだ」
彼女を抱きしめそっと囁く。抱きしめた体は小さくて、折れてしまいそうに華奢で、だけどとても柔らかだ。
ふわりとビアンカの髪に焚き染められた淡い花の香が鼻先を優しくくすぐった。
「愛してる」
彼女の心に届くように、祈りを込めてそう囁き続ける。
ビアンカは俺の言葉に答えない。だけど俺から逃げずに、腕の中にいてくれる。
「君を一生大事にしたいんだ、ビアンカ」
頬に手を添え顔をこちらに向かせると、ビアンカの顔は真っ赤になっていた。額に、頬に……そして唇に。
できるだけ優しく口づけると彼女は戸惑ったようにそれを受け入れた。
「……こんなの、シナリオには」
震える声で彼女は呟く。それは誰が書いたシナリオなんだ?
つれないことをまた言おうとしたのだろう、なにかを言おうとした彼女の唇を俺は急いでまた塞いだ。何度か触れ合うキスをした後に、少し開いた唇を舌で割り開くとビアンカは小さく身を震わせた。
「ふっ……」
入ってきた舌に驚いた彼女が身を引こうとするけれど、後頭部に手をやって逃がさない。つるりとした小さな前歯を舐め、奥に逃げようとしている舌を絡め取りすり合わせる。
ビアンカは戸惑いながらいかにも慣れない様子でキスに応えてくれる。その様子が愛おしくてたまらない。
「フィリップ、さま」
唇を離すと彼女は苦しそうに息を吐きながら俺の名前を呼んだ。
「ビアンカ、愛してるから」
六年間一切口にしなかった言葉を、俺は今日だけで何度口にするのだろう。
「誠意のない婚約者だった、君を傷つけてばかりだった。そんな俺には、もう戻らないから。君と一緒にいてもいいだろうか」
「でも、わたくしは……」
ビアンカの瞳がなにかを恐れているかのように不安で揺れている。君がどうしてそんなに不安げなのか、その理由を俺は知りたい。
だけどまずは信頼を取り戻さないとな。今の俺にはきっと不安の理由は教えてくれないだろう。
「婚約は破棄しない……それでいいか?」
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