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もののけ執事とお座敷少女10
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「……お姉ちゃん?」
声がしたのでそちらに目を向けると、座敷ちゃんがうっすらと目を開けていた。
私は慌てて彼女のところに行くと、差し出された小さな手を握る。その手は汗でしっとりと濡れて熱く、座敷ちゃんの体調がまだ快癒したとは言えないことを物語っていた。
「座敷ちゃん、大丈夫?」
「お姉ちゃん。ごめんね、役に立たなくて」
「……役に? すごく、立ってるよ」
苦しげな息とともに絞り出された座敷ちゃんの言葉に、私は首を傾げた。すると彼女は悲しそうに瞳を潤ませる。役に立たないなんて思っていないし、それどころか頑張りすぎだと思う。
『私は生きるのには困っていないし、体調を崩すほど頑張らなくていいんだよ』と、続けて言葉をかけようとした時――
「もっと頑張るから、捨てないで」
座敷ちゃんは消えそうな声でそう言うと、ぽろぽろと綺麗な涙を零した。私はその手を握ったまま、呆然としてしまう。……捨てる? どうしてそんな考えに座敷ちゃんは行き着いたの?
話をもっと聞きたかったけれど、彼女は目を閉じると静かな寝息を立てはじめた。
「……お仕事は終わったのですか?」
夜音さんが黒狐の姿のままで、てくてくとこちらにやって来る。そして赤い瞳でこちらを見上げた。
「は、はい。終わりました」
「それは良かったです。お腹は空いていますか?」
『お腹は空いたか』と問われた瞬間、お腹がくるると情けない音を立てた。言葉より先にお腹が鳴るなんて、恥ずかしい。夜音さんは呆れたようにため息をつくと、人型の方の姿になった。
「……なにか、作って来ましょう」
「あ、ありがとうございます」
顔を真っ赤にしながらお礼を言う私を、夜音さんはじっと見つめる。こんな人間離れした美男子に見つめられる機会なんて滅多にないことだ。恥ずかしいとか嬉しいとかいう感情は案外湧かないもので、緊張感が勝ってしまい私はだらだらと汗を流した。ど、どうして夜音さんは見つめてくるの……!
「肌が荒れていますね。夜ふかしばかりしているからですよ」
「ぐっ!?」
夜音さんの言葉がぐさりと胸に刺さる。肌が荒れてるから見つめてたのか! 恥ずかしくて顔を覆いたくなるけれど、ここまでじっくり見られていては今さらなような気もする。
「肌荒れの修復にはビタミンが必要です。野菜が多めのカレーでも作りますか。米は雑穀米でも使いましょう。座敷童子の分は、なにか別のものを用意しますかね。芽衣様、カレーはお好きですか?」
「だ、大好きです」
「それは重畳」
『重畳』だなんて、ずいぶんと古めかしい言葉を使うものだ。若い見た目の夜音さんだけれど、実は長く生きていたりするのだろうか。
夜音さんは「あれと、あれは……あちらから持ってこないといけませんね」と独りつぶやいてから、再び黒狐の姿になる。そして天袋に駆け上がると、しばらくしてからビニール袋を咥えて戻って来た。
先日から、夜音さんに食材の負担をさせてしまっているなぁ。
「あの、食材のお金……」
「お金なんていりませんよ。これは百合様のご厚意なので」
おずおずと申し出てみたら、そっけなくそう言われてしまった。祖母の……厚意?
「お祖母ちゃんの?」
「百合様はもうこちらの世に来ることができません。しかしいつでも、芽衣様を助けたいと思ってらっしゃるのですよ」
夜音さんはそう言うと、また人型に戻ってから台所へと去って行った。
声がしたのでそちらに目を向けると、座敷ちゃんがうっすらと目を開けていた。
私は慌てて彼女のところに行くと、差し出された小さな手を握る。その手は汗でしっとりと濡れて熱く、座敷ちゃんの体調がまだ快癒したとは言えないことを物語っていた。
「座敷ちゃん、大丈夫?」
「お姉ちゃん。ごめんね、役に立たなくて」
「……役に? すごく、立ってるよ」
苦しげな息とともに絞り出された座敷ちゃんの言葉に、私は首を傾げた。すると彼女は悲しそうに瞳を潤ませる。役に立たないなんて思っていないし、それどころか頑張りすぎだと思う。
『私は生きるのには困っていないし、体調を崩すほど頑張らなくていいんだよ』と、続けて言葉をかけようとした時――
「もっと頑張るから、捨てないで」
座敷ちゃんは消えそうな声でそう言うと、ぽろぽろと綺麗な涙を零した。私はその手を握ったまま、呆然としてしまう。……捨てる? どうしてそんな考えに座敷ちゃんは行き着いたの?
話をもっと聞きたかったけれど、彼女は目を閉じると静かな寝息を立てはじめた。
「……お仕事は終わったのですか?」
夜音さんが黒狐の姿のままで、てくてくとこちらにやって来る。そして赤い瞳でこちらを見上げた。
「は、はい。終わりました」
「それは良かったです。お腹は空いていますか?」
『お腹は空いたか』と問われた瞬間、お腹がくるると情けない音を立てた。言葉より先にお腹が鳴るなんて、恥ずかしい。夜音さんは呆れたようにため息をつくと、人型の方の姿になった。
「……なにか、作って来ましょう」
「あ、ありがとうございます」
顔を真っ赤にしながらお礼を言う私を、夜音さんはじっと見つめる。こんな人間離れした美男子に見つめられる機会なんて滅多にないことだ。恥ずかしいとか嬉しいとかいう感情は案外湧かないもので、緊張感が勝ってしまい私はだらだらと汗を流した。ど、どうして夜音さんは見つめてくるの……!
「肌が荒れていますね。夜ふかしばかりしているからですよ」
「ぐっ!?」
夜音さんの言葉がぐさりと胸に刺さる。肌が荒れてるから見つめてたのか! 恥ずかしくて顔を覆いたくなるけれど、ここまでじっくり見られていては今さらなような気もする。
「肌荒れの修復にはビタミンが必要です。野菜が多めのカレーでも作りますか。米は雑穀米でも使いましょう。座敷童子の分は、なにか別のものを用意しますかね。芽衣様、カレーはお好きですか?」
「だ、大好きです」
「それは重畳」
『重畳』だなんて、ずいぶんと古めかしい言葉を使うものだ。若い見た目の夜音さんだけれど、実は長く生きていたりするのだろうか。
夜音さんは「あれと、あれは……あちらから持ってこないといけませんね」と独りつぶやいてから、再び黒狐の姿になる。そして天袋に駆け上がると、しばらくしてからビニール袋を咥えて戻って来た。
先日から、夜音さんに食材の負担をさせてしまっているなぁ。
「あの、食材のお金……」
「お金なんていりませんよ。これは百合様のご厚意なので」
おずおずと申し出てみたら、そっけなくそう言われてしまった。祖母の……厚意?
「お祖母ちゃんの?」
「百合様はもうこちらの世に来ることができません。しかしいつでも、芽衣様を助けたいと思ってらっしゃるのですよ」
夜音さんはそう言うと、また人型に戻ってから台所へと去って行った。
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