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もののけ執事とお座敷少女3
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夜音さんが持ってきたのは、タラと野菜がたっぷり入った豆乳鍋だった。味付けは味噌のようでふわりと味噌の香りが漂っている。
鍋の中で具材はぐつぐつと美味しそうに煮えている。それを見つめているとお腹が急速に減って、『ぐう』と情けない音を立てた。
「……美味しそうです」
「芽衣様。シメはうどんにしますか、お米にしますか?」
鍋のシメ。うどんでもお米でも、最高に美味しいやつだ。だけど……
「うう、こんな時間にシメまで食べたら太りますよね」
「不規則な生活をしてるんだから、せめて栄養はちゃんと取ってください。それにこれを食べた後も、お仕事をする気なのでしょう? さ、どちらにしますか?」
夜音さんの中で、シメのなにかを作ることは決定事項らしい。
彼がそう決めているのなら、私がそれに逆らうことはできない。……というのは建前で、シメをとても食べたいのだ。私の意思は薄弱なのである。
「うどんで……」
「はい、うどんですね。卵は入れますか?」
「い、入れます!」
「よろしい」
夜音さんはそう言うと、取皿に鍋の中身をよそってこちらに渡した。
「狐、狐! こっちにも!」
座敷ちゃんが箸を片手に持ち、取皿をもう片手に持って夜音さんを急かす。夜音さんは横目でそちらを見てから、小さく息を吐いた。
「お待ちなさい。ちゃんとあげますから」
彼は座敷ちゃんの手から取皿を受け取りながら、食べてもいいと言うように私を目で促す。
私は「いただきます」と食事の挨拶をしてから、取皿にこんもりと盛られた具材を食べはじめた。
ふーふーと息を吹きかけ少し冷ましてから、よく煮えている白菜を口に入れる。
「あちっ……」
冷ましてもなお熱い白菜から、まろやかな味噌味の汁が溢れてくる。口の内側を、少し火傷したかもしれない。だけど美味しい……
「もう少し落ち着いて食べたらどうですか? 火傷しますよ」
「ふぁ、ふぁい」
もう手遅れです、とは言えない。
タラを箸で割ると白い身がほくりと崩れ、視覚にその美味しさを伝えてくる。口にするとそれは上品で少し蛋白な味わいで、それが味付けの濃さとよく合っていた。
「おいし……っ」
「美味しいね、お姉ちゃん。この野菜美味しい!」
「それはニラですよ。ふむ、安いタラでしたがなかなかいけますね。ところで芽衣様は、お酒は嗜まれますか?」
『シメ』に続いて、『お酒』の誘惑を夜音さんが繰り出してくる。
お酒は好きだ。好きだけれど……
「す、好きですけど。……この時間には、その」
「では、私一人で飲みましょう」
夜音さんはどこからか瓶ビールを取り出して、トクトクと気持ちいい音を立てながらグラスに黄金色の液体を注ぎはじめる。私はそれを……物欲しげな目で見つめてしまった。
流し目を夜音さんはこちらに向ける。そしてビールを私に差し出した。
「……欲しいんですか? 欲しいのなら、あげますけれど」
「ほ、欲しいです」
……鍋とビールという最高の組み合わせが目の前にあって、私に逆らえるはずがない。
「最初からそう言えばいいのですよ」
夜音さんは意地悪な口調で言うと唇の端を上げて笑いながら、ビールを渡してくれた。
鍋の中で具材はぐつぐつと美味しそうに煮えている。それを見つめているとお腹が急速に減って、『ぐう』と情けない音を立てた。
「……美味しそうです」
「芽衣様。シメはうどんにしますか、お米にしますか?」
鍋のシメ。うどんでもお米でも、最高に美味しいやつだ。だけど……
「うう、こんな時間にシメまで食べたら太りますよね」
「不規則な生活をしてるんだから、せめて栄養はちゃんと取ってください。それにこれを食べた後も、お仕事をする気なのでしょう? さ、どちらにしますか?」
夜音さんの中で、シメのなにかを作ることは決定事項らしい。
彼がそう決めているのなら、私がそれに逆らうことはできない。……というのは建前で、シメをとても食べたいのだ。私の意思は薄弱なのである。
「うどんで……」
「はい、うどんですね。卵は入れますか?」
「い、入れます!」
「よろしい」
夜音さんはそう言うと、取皿に鍋の中身をよそってこちらに渡した。
「狐、狐! こっちにも!」
座敷ちゃんが箸を片手に持ち、取皿をもう片手に持って夜音さんを急かす。夜音さんは横目でそちらを見てから、小さく息を吐いた。
「お待ちなさい。ちゃんとあげますから」
彼は座敷ちゃんの手から取皿を受け取りながら、食べてもいいと言うように私を目で促す。
私は「いただきます」と食事の挨拶をしてから、取皿にこんもりと盛られた具材を食べはじめた。
ふーふーと息を吹きかけ少し冷ましてから、よく煮えている白菜を口に入れる。
「あちっ……」
冷ましてもなお熱い白菜から、まろやかな味噌味の汁が溢れてくる。口の内側を、少し火傷したかもしれない。だけど美味しい……
「もう少し落ち着いて食べたらどうですか? 火傷しますよ」
「ふぁ、ふぁい」
もう手遅れです、とは言えない。
タラを箸で割ると白い身がほくりと崩れ、視覚にその美味しさを伝えてくる。口にするとそれは上品で少し蛋白な味わいで、それが味付けの濃さとよく合っていた。
「おいし……っ」
「美味しいね、お姉ちゃん。この野菜美味しい!」
「それはニラですよ。ふむ、安いタラでしたがなかなかいけますね。ところで芽衣様は、お酒は嗜まれますか?」
『シメ』に続いて、『お酒』の誘惑を夜音さんが繰り出してくる。
お酒は好きだ。好きだけれど……
「す、好きですけど。……この時間には、その」
「では、私一人で飲みましょう」
夜音さんはどこからか瓶ビールを取り出して、トクトクと気持ちいい音を立てながらグラスに黄金色の液体を注ぎはじめる。私はそれを……物欲しげな目で見つめてしまった。
流し目を夜音さんはこちらに向ける。そしてビールを私に差し出した。
「……欲しいんですか? 欲しいのなら、あげますけれど」
「ほ、欲しいです」
……鍋とビールという最高の組み合わせが目の前にあって、私に逆らえるはずがない。
「最初からそう言えばいいのですよ」
夜音さんは意地悪な口調で言うと唇の端を上げて笑いながら、ビールを渡してくれた。
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