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早朝、遭遇、お座敷少女2
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口元の食べかすを見て、私はなんだか力が抜けてしまった。
たしかにこれは、『悪いもののけ』のすることではない。
女の子は私が口元を見ていることに気づき慌てて手で拭う。そして手に付いて食べかすを見て、気まずげな顔になった。
「……卵焼き、食べたんだね」
「ごめん、食べた」
彼女は素直に謝ると、怒られるのを覚悟したかのように少しうつむく。その様子を見て、私はくすくすと笑ってしまった。
「ちょっと待ってて、貴女のお米とお味噌汁も用意するから」
「本当? ありがとう!」
台所へ向かうと、女の子もトタトタとついて来る。彼女は私が食事の準備をするのを嬉しそうに見守った後に、自分で運ぶと言って味噌汁椀とお茶碗を手にした。
「それで、貴女はなんの『もののけ』なの? 夜音さんが狐だし……狸とか?」
「ちあうよー」
女の子はもぐもぐと、口いっぱいにご飯を頬張りながら返事をする。その口の周りに付いた米粒を私は手で取った。
夜音さんの卵焼きを口にすると、お出汁がよく効いていてとても美味しい。きっといいお出汁を使ってるんだろうなぁ……なんて思っていたのだけれど。後日訊ねたら『貴女が買っていた、めんつゆですよ』とそっけなく言われるなんて、今の私は知らないのだ。
お味噌汁はカツオの風味がよく効いている。これは明らかに、鰹節から出汁を取っている。私は買ってないんだけど、どこから出したんだろう。
「私は座敷わらしなの。だけどその呼び方はあまり好きじゃないから、お座敷少女とか呼んで欲しいな」
彼女はごくんとご飯を飲み下すとそう言った。
『座敷わらし』も『お座敷少女』も私にはそんなに変わらないように思えるのだけれど……。彼女の中では、明確に違うんだろうな。背伸びがしたいお年頃なのかもしれない。
「座敷わら……お座敷少女って、家に幸運を運ぶっていうあの?」
「うん。私の力はそんなに強くないから、すこーしお金が増えるくらいだと思うけど。月にニ、三万円とか」
「……正直、それはとても助かる金額だね」
引っ越しにもお金がかかったし、お仕事が減ったこともある。だからその金額の収入が増えるのは、生々しくとても助かる。
家賃がかからず、その金額が増えて、あの案件とあの案件が大体月にこれくらい入って……うん。じゅうぶん暮らせる!
いや。彼女がこの家にずっといるかはわからないし、なにより人の力を当てにするのはよくないな。お金が欲しいから居着いてください、というのはやっぱり違うと思う。
「人間って生きるのにお金が必要だもんね。大変だね、お姉さん」
「……ありがとう」
達観したように言われて、私は思わず苦笑いになってしまった。
「えーっと。座敷ちゃん」
「なに?」
座敷なんたらと呼ぶのはどちらにしても長いので、簡略化をさせてもらう。
その呼び名は彼女的にはありだったようで、なんの抵抗もなく受け入れられた。
「夜音さんとは知り合いなの?」
「ここに来た時に挨拶をしただけ。そうしないと揉め事になるからね」
「そっか。えっと、座敷ちゃんは、これからどうするつもりなの?」
「ここに住むよ」
私の意思の介在などは、はなから考えていない口調で座敷ちゃんは言う。
夜音さんと座敷ちゃんしか、私は『もののけ』を見ていないけれど。
彼らは、その。こういう押しの強さがあるのだな……と。私はしみじみと思った。
「……住むんだ」
「うん。嫌?」
正直なところ『嫌』とか、『別にいいか』とか。そんな感情が湧く前段階の話である。
夜音も……そして祖母もそうだけれど。事前の擦り合せとか、そういう概念は『もののけ』や『神』にはないのだろうか。
「嫌……ではないけど。ちょっとびっくりしたかな? ほら、一人暮らしだと思ってたし」
「狐も合わせて三人暮らしだね。賑やかで良かったね、お姉さん!」
屈託のない笑顔でそう言われたら、『嫌』だなんて言えるわけがない。
私は半笑いで『そうだね』と返して、お味噌汁を啜った。
たしかにこれは、『悪いもののけ』のすることではない。
女の子は私が口元を見ていることに気づき慌てて手で拭う。そして手に付いて食べかすを見て、気まずげな顔になった。
「……卵焼き、食べたんだね」
「ごめん、食べた」
彼女は素直に謝ると、怒られるのを覚悟したかのように少しうつむく。その様子を見て、私はくすくすと笑ってしまった。
「ちょっと待ってて、貴女のお米とお味噌汁も用意するから」
「本当? ありがとう!」
台所へ向かうと、女の子もトタトタとついて来る。彼女は私が食事の準備をするのを嬉しそうに見守った後に、自分で運ぶと言って味噌汁椀とお茶碗を手にした。
「それで、貴女はなんの『もののけ』なの? 夜音さんが狐だし……狸とか?」
「ちあうよー」
女の子はもぐもぐと、口いっぱいにご飯を頬張りながら返事をする。その口の周りに付いた米粒を私は手で取った。
夜音さんの卵焼きを口にすると、お出汁がよく効いていてとても美味しい。きっといいお出汁を使ってるんだろうなぁ……なんて思っていたのだけれど。後日訊ねたら『貴女が買っていた、めんつゆですよ』とそっけなく言われるなんて、今の私は知らないのだ。
お味噌汁はカツオの風味がよく効いている。これは明らかに、鰹節から出汁を取っている。私は買ってないんだけど、どこから出したんだろう。
「私は座敷わらしなの。だけどその呼び方はあまり好きじゃないから、お座敷少女とか呼んで欲しいな」
彼女はごくんとご飯を飲み下すとそう言った。
『座敷わらし』も『お座敷少女』も私にはそんなに変わらないように思えるのだけれど……。彼女の中では、明確に違うんだろうな。背伸びがしたいお年頃なのかもしれない。
「座敷わら……お座敷少女って、家に幸運を運ぶっていうあの?」
「うん。私の力はそんなに強くないから、すこーしお金が増えるくらいだと思うけど。月にニ、三万円とか」
「……正直、それはとても助かる金額だね」
引っ越しにもお金がかかったし、お仕事が減ったこともある。だからその金額の収入が増えるのは、生々しくとても助かる。
家賃がかからず、その金額が増えて、あの案件とあの案件が大体月にこれくらい入って……うん。じゅうぶん暮らせる!
いや。彼女がこの家にずっといるかはわからないし、なにより人の力を当てにするのはよくないな。お金が欲しいから居着いてください、というのはやっぱり違うと思う。
「人間って生きるのにお金が必要だもんね。大変だね、お姉さん」
「……ありがとう」
達観したように言われて、私は思わず苦笑いになってしまった。
「えーっと。座敷ちゃん」
「なに?」
座敷なんたらと呼ぶのはどちらにしても長いので、簡略化をさせてもらう。
その呼び名は彼女的にはありだったようで、なんの抵抗もなく受け入れられた。
「夜音さんとは知り合いなの?」
「ここに来た時に挨拶をしただけ。そうしないと揉め事になるからね」
「そっか。えっと、座敷ちゃんは、これからどうするつもりなの?」
「ここに住むよ」
私の意思の介在などは、はなから考えていない口調で座敷ちゃんは言う。
夜音さんと座敷ちゃんしか、私は『もののけ』を見ていないけれど。
彼らは、その。こういう押しの強さがあるのだな……と。私はしみじみと思った。
「……住むんだ」
「うん。嫌?」
正直なところ『嫌』とか、『別にいいか』とか。そんな感情が湧く前段階の話である。
夜音も……そして祖母もそうだけれど。事前の擦り合せとか、そういう概念は『もののけ』や『神』にはないのだろうか。
「嫌……ではないけど。ちょっとびっくりしたかな? ほら、一人暮らしだと思ってたし」
「狐も合わせて三人暮らしだね。賑やかで良かったね、お姉さん!」
屈託のない笑顔でそう言われたら、『嫌』だなんて言えるわけがない。
私は半笑いで『そうだね』と返して、お味噌汁を啜った。
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