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令嬢13歳・ユウ君と第2のチートの話

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「ユウ君」
「ん?」

 名前を呼びながら怖い顔をして見つめても、ユウ君はにこりと笑って首を傾げるだけで。わたくしはさらに頬を膨らませた。

「ビーちゃん、可愛い」

 つんつん、と何度も頬を指で突かれぷすりと唇から空気が抜ける。もう、ユウ君は! 可愛いとか言われても、ごまかされないんだから!

「……ユウ君にチートがあるのはわかったわ。だけど、だからって、自分から毒を飲むなんて!」

 わたくしの言葉にユウ君は困ったように綺麗な眉を下げた。
 シュミナ嬢に安心して頼ってもらうために、仕方なかったのはわかってる。
 だけど万が一があったら……
 ユウ君の『死ねない』チートに許容量があり、そこを超えたら治せない、なんてことが万が一あったら。
 その時はユウ君の命はなかったのだ。

「う……」

 じわり、と涙がせり上がる。
 だけど前世でユウ君を置いて行き、深く悲しませてしまったわたくしが彼の前では泣くべきじゃないのはわかっていたから。わたくしは涙を急いで手で拭った。

「ごめんね、怖い話をして。僕だって痛いのは当然嫌だよ? だけど、あの時はそうしなきゃどうしようもなかったから」

 ユウ君はくしゃくしゃと何度かわたくしの頭を撫でた後に、ふっと優しい笑みを浮かべる。
 その安心する笑みを見てまた涙が溢れそうになったけれど、その涙はマクシミリアンが手袋でぐりぐりと拭ってくれた。そしてついでのように何度も瞼や頬にキスをされる。
 ……もう、マクシミリアン! くすぐったい!
 不満半分照れ半分でチラリとマクシミリアンに視線を送ると、気遣うような表情で何度も頬を撫でられた。彼の優しさが伝わってきて、わたくしは思わず頬を緩める。マクシミリアンはいつでもわたくしに甘い。

「それで、これからことなんだけど……」
「先の話しをする前に」

 ユウ君の言葉を遮ったのは、マクシミリアンだった。

「なに? マクシミリアンさん」
「他に隠し事はありませんか。その『チート』とやらはお一つだけなのでしょうか?」

 マクシミリアンはそう言うと、口元に手を当てながらユウ君をじっと見つめた。

「――!」

 マクシミリアンの言葉にユウ君は一瞬、言葉に詰まる。
 だけどその一瞬で、わたくしはユウ君がまだ隠し事をしていることを知ってしまった。

「他にもあったとして。それを僕が隠すことで二人に不利益は生じないよね?」

 ユウ君は珍しく、厳しく警戒するような口調で言う。そこまでして彼が隠したいもの。それを無理に暴く必要なんて現状ないと思うのだけれど……

「マクシミリアン、無理に聞かなくても……」
「サイトーサン伯爵の力がエイデン様への対抗策として使える可能性がございます。それを隠されるのは、不利益でしかありません。だから私は知っておきたいのですが」

 間に挟もうとしたわたくしの言葉はにべもなく遮られた。マクシミリアンとユウ君は鋭い視線を交わし合い、場には鉛のように重い沈黙が訪れる。
 ――その沈黙を破ったのは、マクシミリアンだった。

「私もサイトーサンには秘匿していることがございます。それと交換で、というのはいかがでしょうか?」
「へぇ、マクシミリアンさんにも秘密があるの? ……それはきっと、君がパラディスコの侯爵位を得たことと関係しているんだろうね」

 ユウ君は本当に察しがいい。そしてマクシミリアンは『犬』のことと引き換えに、ユウ君の『チート』のことを聞き出す気なのだ。

「わかったよ。マクシミリアンさんは言うまでしつこそうだから。だけど絶対に、口外はしないでね。この力は色々なバランスを崩しかねないものだから」
「お約束します。三人になった瞬間にこの食堂には魔法で人払いの結界を張っておりますし、私かお嬢様かが漏らさない限りはどこへも漏れません。万が一漏れたとしても責任を持って、私が知った者の記憶を消します」
「マクシミリアンさんは本当に出来る執事だねぇ」

 諦めたように言いながらユウ君は厨房へ行くと、一つのフライパンを手にして戻ってきた。

「うん、捨てるとこだったしこれでいいかな。見ててね」

 わたくしとマクシミリアンが言われた通りに彼とフライパンを見つめていると、フライパンが……消えた。

 ――ゴトリ。

 そしてフライパンが消えた次の瞬間、重い音を立てながら『それ』はテーブルに落ちた。
 マクシミリアンは『それ』がなにかわからないようで、眉を顰めながら首を傾げる。
 だけど私には、それの正体がわかってしまった。これは、これは……

「……拳銃」

 震える声が口から零れる。
 そう。フライパンが消えた代わりに現れたのは、リボルバー式の拳銃だった。

「お嬢様、その鉄の塊は?」
「……前世の世界の武器よ。誰でも簡単に、引き金を引けば人を殺せるの」

 怪訝そうな顔で訊ねるマクシミリアンにそう返すと、彼は神妙な顔になって拳銃を見つめた。

「僕の第二の力は、物質を同程度の質量の別の物質に変換すること」

 ユウ君の説明を聞いて、口の中が一気に乾いた。
 ――たしかにこの『チート』は危険すぎる。
『等価交換』、『錬金術』……そんな言葉が頭を過る。
 このスキルはこの世界にとってオーバーテクノロジーであるものを、容易に生み出せるんだ。力の危険性をわかりやすく伝えるために、ユウ君は拳銃なんてものを出したのだろう。

「幸いなことに僕が明確にイメージできて、構造が単純なものにしか変換できないけどね。だから仕組みが複雑な戦闘機やらは作ることはできない。それと物質同士の性質が近くないと変換は無理だね。有機物から無機物は生めないし、逆もしかり」

 そう言いながらユウくんはテーブルの上に活けてある薔薇を手に取った。それを一振りすると、薔薇は前世で見慣れた白菊へと変わる。さらに振ると今度は愛らしい花が咲いた一枝の桜に変わった。
 まるで、よくできた手品を見ているようだ。
 性質が近い物質同士じゃないとダメで複雑なものは作れないとなると、作れるものには制限がそれなりにかかる。それでも、すごい力だ。

「……ただの水晶を価値ある宝石に、なんてこともできるわけですね」

 マクシミリアンはそう言いながら思案するような顔になった。

「そ、色々なことに利用されそうな力でしょ? だから秘密にしてたの。パラディスコでの研究の時に使うことはあったけれど、人払いは入念にしてた」

 そう言えばユウ君に会う前、ミルカ王女が『サイトーサンは引きこもり』って言ってたっけ。バレないように色々徹底してたんだろうなぁ。

「待って、ユウ君。もしかしてその桜を日本米に変換できたりも!?」
「できるけど。ビーちゃんの着眼点は平和だねぇ」

 ユウ君はくすくす笑うと、桜の枝を今度はずしりと重そうな稲穂に変えた。

「ふぁああああ! 稲、稲だぁ!」

 前世で見慣れた稲穂にわたくしは思わず大興奮である。だって日本米なのよ!
 こっちにもお米はあるけれどインディカ米のような食感なの!
 もしかしてユウ君は、カビを麹菌に変換できたりもするんだろうか。すごい、ユウ君の力はこの世界の食品革命の可能性に満ちている。

「今度日本米のおにぎりを作ってあげる。梅干しもいいくらいに漬かってるのがあるから、中に入れてあげるね」
「やったー! ユウ君大好き!」

 思わず興奮してユウ君に抱きつこうとしたら、マクシミリアンに襟首を掴まれ引き寄せられてしまった。非難する目で彼が見ているけれど、日本米のおにぎりの魅力がですね……ごめんなさい。

 それにしても。
『等価交換』のユウ君に、『犬』を使えるマクシミリアンに。
 パラディスコ王国って彼らがその気になれば一大国家になれるんじゃないだろうか。
 のんびりな農業国のままでいてくれた方が、わたくしの都合にはよいのだけれど……
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