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ハウンドとミルカの後夜祭・前(ミルカ視点)

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『誰……! あの素敵な人!』
『ミルカ王女と一緒にいるんだからパラディスコの方なんじゃないの?』
『まぁ、素敵なんだけど……その、田舎は……ねぇ』
『ああ、でも素敵。あの人となら田舎で暮らしてもいいわ』
『やぁだ! 磯臭くなっちゃうわ!』

 ハウンドと踊ろうとダンスフロアに近づく私の耳を、通りすがる令嬢の噂話がくすぐる。……田舎で磯臭くて悪かったわね、聞こえてますよぉ。
 私の耳は地獄耳なのだ。

「……ミルカ、俺は素敵なんだって。褒められ慣れないし照れるね」

 同じく噂話が聞こえていたらしいハウンドがくすぐったそうな表情で笑う。
 今夜の彼は『シュテンヒルズ公爵家のハウンドお兄様』らしいお上品な口調で通すみたい。
 それにしても嘘つきね、パラディスコでも『ハウンドお兄様』は令嬢たちにおモテだったじゃない。

「ハウンドお兄様はいつでもおモテでしょう?」
「……そうだっけ。記憶にないな」

 とぼけたように彼が言う。
 私は内心、心配なんだけど。ハウンドはとても有能だ。そんな彼には数々の縁談がきていると聞くし……。
 ハウンドがそのどれかと婚姻を結んだら、彼は一生手の届かない『従兄で既婚のハウンドお兄様』になってしまうのだ。
 気持ちを確かめてみたいけれど。『能力』でなぜか察知できない彼の気持ちを聞くこと……それを私は恐れている。
 ハウンドは私のことが好きなように見えるのだけど。もしかしたら『妹にしか見えない』なんて言われてしまうかもしれないじゃない。
 頬を染めながら他国の女性との手を握っている、通りすがりの知人をじっと私は見つめる。

『ティカはルビー嬢がお好きみたい。でもルビー嬢は国に婚約者がいるの! 残念でした!』

 ――他の人ものはいつも通りちゃんと『思い浮かぶ』わね。そしてティカ、ご愁傷様。
 いっそ親同士が縁談をまとめてくれたりしないかな、なんて他力本願なことを願ってしまう。
 ……そうすれば結婚してくれる程度にはハウンドは私のことが好きなはずだ。

「ミルカ! と、ハウンド!」

 人混みをかき分けて愚兄……メイカが声をかけてくる。今はビアンカもいないしちゃんと相手をしてあげようかな。
 兄は海の色のような青の刺繍が入った白の礼服に身を包んでいて、首からはパラディスコ原産の宝石をあしらった少し派手なネックレスをつけている。指にも大きな石がついた宝石が輝く指輪をいくつか。腕にもじゃらじゃらとアクセサリー……。
 豪奢な紅い髪がその派手な格好よく映えている。愚兄だけど見た目だけはいいよね。
 ――この服装はメイカの趣味ではない。
 彼は正装でも普段はもっとラフな格好を好む。その彼がどうしてこんな目立つ格好をしているのかというと……。
 今日のメイカは各国の生徒が集まる中で、パラディスコ原産品の広告塔の役割を果たそうとしているのだ。こういうところはメイカはちゃんとしているので、少し安心してしまう。
 そしてこの格好のメイカにうっとりとした目を向ける令嬢は山のようにいる。今も通りすがりのご令嬢が赤い顔でメイカに視線を向け、彼は片目を軽く瞑ってその視線に応えていた。

「メイカ、元気~? 連れはいないの?」
「や、メイカ。いつ以来ぶりだっけ」
「連れは今別の人と踊ってるよ。というかハウンド、今朝会ったよね!?」
「なんのことかな、メイカ」
「冷たいんだけど、ハウンド!!」

 ハウンドは私には甘いけれど、メイカには対応が冷たい。……嫌いなわけじゃなくて単純に兄をからかうのが好きなだけなのだけど。
 メイカがいちいちいい反応をするのもよくないのよねぇ。ツッコミ気質というか。

「そういえば。メイカってエイデン・カーウェルと同じクラスだったよね」
「なんでエイデンの話? まぁ、結構お話するけど」

 メイカはふわりと紅い髪を揺らす。そういう仕草は遺憾ながら私とそっくりだ。本当に遺憾だけど。

「……最近の彼、どう?」
「んー。シュミナ・パピヨンへの束縛が、前より強くなってる気がするね。変な子だけどちょっと可哀想」

 兄は少し渋い顔になった。能天気なメイカがそう言うんだからよほどなのだろう。
 シュミナ・パピヨン一人が危険な目に遭うだけなら、私には正直どうでもいいことなのだ。
 だけど私の大事なビアンカやサイトーサンが、近頃改心したらしいあの女に肩入れしつつある。
 友人たちが危険な目に遭うのを避けるためにあの女に手を貸すことは……仕方ないことなのかもしれない。

「……そっか、ありがと」
「いいえ。ハウンドと踊るんでしょ? 楽しんで」

 メイカはそう言いながら手をひらりと振って雑踏の中に消えていく。他国の令嬢が数人、意を決したようにメイカに話かけ彼も笑顔で返しているのが視線を外す直前に見えた。
 コミュニケーションのおばけだなぁ、メイカは。
 外交が得意な国王になりそうなのはいいんだけど。隠し子がたくさん、なんてことは止めてよね。

「じゃ、踊ろうか。ミルカ」
「ええ! ハウンドお兄様!」

 ハウンドの白い手袋が嵌められた綺麗な手を取ってフロアへと足を踏み出す。すると突然フロアに現れた、美しい金色の髪と瑞々しい新緑の瞳を持つ端正な美貌の貴公子へと、周囲の視線が集まった。
 ……もちろん令嬢ばかりから。

「おモテになるわね? ハウンドお兄様」
「妬いてるの? ミルカ」
「妬く理由がないでしょう」

 ツン! と顔を反らしてそう言うとハウンドが少し傷ついた顔をした気がした。素っ気ない言い方になりすぎたのかもしれない。

「……ミルカ。とりあえず、踊ろうか」

 手を引かれぐっと体を引き寄せられる。そのまま私の腰を抱きこんでハウンドは優しげな微笑みを浮かべた。
 それを目にしただけで胸の奥がぎゅっと締めつけられたような気がして、私は泣きそうになってしまう。

 ――ハウンドお兄様。子供の頃から、ずっと大好きなの。

 そう言ったら貴方は、応えてくれるんだろうか。
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