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閑話31・王女と執事とショコラの話(ハウンド視点)

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「ハウンド~なんだか、いい匂いがする」

 放課後になったしどこかへ行こうと駄々をこねるミルカの手を引いて校舎を歩いていると、彼女がすんすんと匂いを嗅ぎながら俺に言った。

「食堂の方からッスね。サイトーサンがまたなんかしてるんじゃないッスか」
「ショコラの匂いね! 私も甘い物が食べたいなぁ。ハウンド、どこかに食べに行きましょう? お願い!」
「……仕方ねぇなぁ。じゃあどこか……行くッスか」
「わぁい!」

 繋いだ手をぶんぶんと振りながらミルカが嬉しそうにはしゃぐ。小国とはいえ王女様ともあろう人が……もう少し落ち着きを覚えた方がいいんじゃないかと内心ため息をついてしまう。俺の見た目も大概人のことは言えないのだが。
 ……まぁ、ミルカはこう見えてしっかりしているから大丈夫か。
 ビアンカ嬢の方が一見しっかりしてそうに見えて、内面はかなりふわふわしてるもんな。マクシミリアンが降るような愛情を注いでデロデロに甘やかしているので、しっかりする機会を奪われてるというのが正しいのかもしれないが。
 ビアンカ嬢が自分なしでは生きられないように、あいつはするつもりなんだろうな。ああ……病んでる男って怖いね。
 マクシミリアンはビアンカ嬢がパラディスコでの居住を望む限りは、全力を以ってパラディスコを守ってくれるはずだ。そういう意味ではあの執愛は我が国にとっては非常に助かるものだが……移住先にパラディスコを希望してくれたビアンカ嬢様様だな。
 一騎当『万』の力を持つ男の存在は、パラディスコの防衛……そして攻撃の要となってくれるだろう。

「ハウンド、どこに行く?」

 ミルカが大きなヘーゼルナッツの色の瞳を輝かせながら腕に抱きつき訊いてくるので、俺はしばし思案する。治安がそれなりによくて、警備の騎士の詰め所も近いところ……あの辺りかな。ゾフィー嬢お勧めのショコラのお店もあったはずだ。

「ゾフィー嬢お勧めのショコラの店はどうッスか? イートインスペースもあるらしいし」
「じゃあそこで!」

 嬉しそうなミルカを見ていると俺もほっこりとした気持ちになる。
 ミルカは甘い物が好きだけれどショコラは特に好きだ。美食家であるゾフィー嬢のお勧めなら確実に美味しいだろうし、珈琲の時間に提供する用を買い込んでおいてもいいな……と思ったのだが。前にそれをやったら、ミルカは隠し場所をすぐに見つけて隠れて全部食べてしまったんだよな。子供か。
 しかも口の端にたっぷりチョコを付けて『食べてないわよ!』なんて。本当に子供か!

「……ミルカ。部屋で食べる用も欲しいッスか?」
「欲しいなぁ」

 訊ねると上目遣いでちらりと見られる。そんな姿は可愛いけれど、ミルカには前科があるからな……。

「つまみ食いはもうしない?」
「するわね!!」

 ……笑顔で断言されてしまった。俺は思わずため息をついてしまう。

「ドレスのサイズが合わなくなったらしいッスね。メイドが嘆いてたッスよ」
「あーあー!! 聞こえない! 聞こえないわ、ハウンド!!」

 ミルカは手を離し両手で耳を塞いでしまう。……まったく、この子は。

「1日二粒まで。守れなかったらおやつは一週間抜きッス」
「……うう、わかったわ。……万が一守れなかったらこっそりサイトーサンにおやつを分けてもらおう……」

 ……小声で呟いたつもりだろうけど、聞こえてるッスよ。ミルカ。サイトーサンにも無駄にお菓子を与えないように釘を刺しておかないとな。あの人はすぐにミルカを甘やかすから……。
 そんな会話をしながら俺たちは学園を後にし、ショコラの店へと辿り着く。
 ガラス張りになっている部分から店内を覗き込むと、ショーケースの中にはキラキラと沢山のショコラが飾られていた。食べ物に対して飾られていたというのは変かもしれないが、まるで宝石みたいに綺麗だったのだ。
 ――その時、ミルカがついっと俺の袖を引いた。

「ハウンドお兄様……ミルカあれが全種類欲しい」

 可愛く潤んだ瞳で上目遣いでねだられてしまい……。
 ……イートインで数種類食べた後に、ショーケースに40種類あったショコラを全てお買い上げしてしまったのは、仕方がないことだと思う。

「一日二粒までッスよ。つまみ食いは……」
「絶対にしない!」

 店を出た後釘を刺すと、ミルカはとてもよいお返事をする。
 ……本当に大丈夫なのかな。非常に疑わしいが。
 ――その40種類のショコラは、数日後には予想通りミルカのつまみ食いで無くなってしまい。
 正座をさせて1時間説教をしたがミルカは懲りる様子もなく笑うのだった。
 一週間のおやつ抜きもサイトーサンが餌を与えるせいで実質意味がないものになってしまったしな……。

 ……後日ドレスのウエストが合わずに青い顔をしていたが、自業自得だからな。
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