上 下
191 / 222

閑話24・短編まとめ11

しおりを挟む
活動報告にアップしている短編まとめその11です。
文字数の関係で近況ボードには投げていないものになります。
少し加筆したりしております。

『お嬢様の来訪』(学園編お付き合い後)
『雪の降る日に待つ人』(お嬢様10歳くらいの頃)
『話すべき言葉などはない』(フィリップ王子とマクシミリアンのある日の会話)

----------------------------------------

『お嬢様の来訪』

 使用人寮でのんびりと、休日の微睡みを貪っている時。
 部屋の扉がカチャリ、と音を立て開いた。
 誰だ……? ジョアンナか。ジョアンナしかいないな。
 この部屋の鍵を持っているのはジョアンナとお嬢様だけだ。
 不埒な輩だった場合は犬が警告を発してくれるので、身内しかいない。
 そんなことを思いながら無視を決め込もうと私は枕を抱いて上掛けの中で背中を丸めた。
 ちなみに本日のお嬢様は街へミルカ王女と行くそうだ。
 私はミルカ王女に邪魔者扱いされてしまったので、お二人の影に護衛の犬だけ仕込んで……要は不貞寝を決め込んでいるわけだ。
 ベッドに誰かが近づいてくる。誰か……? いや、この香りはお嬢様の? 何故だ。
 お出かけされたのではなかったのか……!?
 小さな気配はさらに近くへときて、上掛けをめくり私の寝台へ侵入してきた。

「……マクシミリアン」

 お嬢様の囁くような声がしたと思うと、背中にぎゅうっとしがみつく気配がした。
 背中に柔らかな体の感触が伝わり私の心臓は大きく跳ねた。
 ……一体何が起きてるんだ。

「えへへ、無防備なマクシミリアン……! レア、レアだわ! 可愛い!」

 ぐりぐりと背中に顔を押しつけられる。

「マクシミリアンの匂い……! ああ、好き……!」

 すはすはと、お嬢様が息を吸い込む気配がして私は赤面した。
 昨日風呂には入ったが、寝汗をかいているかもしれない。男の匂いをそんなに無遠慮に嗅がれては困る。

「マクシミリアン、マクシミリアン」

 名前を小声で呼びながら、お嬢様は幸せそうなため息を漏らす。

「大好き……」
「えっと……お嬢様」
「ひゃあ!!」

 たまらずお嬢様の方に体を向けると、彼女は小さく悲鳴を上げた。

「起きてたの……?」

 お嬢様は銀色の睫毛を伏せながら恥ずかしそうに頬を染める。いつものことながらお可愛らしいな……。

「いけませんよ、お嬢様。男の部屋になんか来て……」
「マクシミリアンのお部屋は整理整頓されてて綺麗よ。恥ずかしいことなんてないじゃない」

 ぷくり、と頬を膨らませて彼女は言うが、そういう問題ではない。

「しかも男の寝床に潜り込むなんて……」
「マクシミリアンは、恋人……でしょう? 問題ないわよね?」

 顔を赤くしてお嬢様は首を傾げる。色々問題大ありだ。我慢がきかなくなったらどうするんだ……!
 お嬢様は時折私に忍耐を強いる時がある。恐らく意識は全くしていないのだろうが。

「……お出かけは?」
「中止になってしまったの。ミルカ様、ご用事ができてしまったんですって」

 そう言いながらお嬢様は今度は正面から抱きついて、私の胸に幸せそうに頬をすり寄せた。

「ふふ、休日の無防備なマクシミリアンなんてレア中のレアでいいわね。髪が少し乱れてて、服装もいつもよりラフで、すごくすごく素敵ね。少し寝ぼけたお顔もとてもいいわ」
「……お嬢様は、小悪魔ですか」

 そんなものを見られても、恥ずかしいだけだ。
 ぎゅっと彼女の頬を抓ると、お嬢様は不満そうな顔で可愛くこちらを睨む。
 そんな彼女を抱きしめると先ほどまでは自分からこちらにちょっかいを出していたのに、彼女は途端に慌てだした。

「恥ずかしいから、離して!」
「……先ほどはお嬢様が抱きついていたでしょうに」
「わ……わたくしからはいいの!!」

 ……お嬢様は、やっぱり小悪魔ですね。

----------------------------------------

『雪の降る日に待つ人』

 しんしんと雪が降っている。それは広いシュラット侯爵家の庭を覆い隠し、一面を白銀に染めた。
 わたくしは庭の片隅に作った畑のことが心配になったけれど、シートを被せて火の魔石をいくつか埋めているから多分大丈夫なはず。うん。
 
 待ち人はまだ、帰ってこない。
 
 馬車での移動は雪だと大変だろうから……想定よりも時間がかかっているのかもしれない。
 わたくしが待っているのは、マクシミリアン・セルバンデス。将来わたくしの執事になる人。
 ルミナティ魔法学園の冬休み期間で、彼が帰ってくるのを待ち構えているのだ。
 彼が居ない間の生活はどこか寂しくて、空虚で。わたくしは指折り、彼が帰る日までの残り日数を数える毎日だった。

 (大丈夫かしら。事故になんて遭ってない?)

 落ち着かずに部屋をうろうろとするわたくしを、ジョアンナがなんだか生温かい目で観察している。
 だって楽しみにしていたのだもの……!
 そうこうしていると邸の前に馬車が着いた音がして。わたくしは、慌てて玄関まで走った。
 後ろからジョアンナの『お嬢様、はしたないですよ!』なんて声が聞こえてきた気もするけれど、気にしてなんていられない。
 玄関に着くと、黒いコートの上に積もった雪を払いながらマクシミリアンが扉を開けたところだった。
 彼はわたくしを見て一瞬驚いたように目を丸くした後に、優しく微笑んでくれる。

「おかえりなさい。マクシミリアン」
「ただいま戻りました、お嬢様」

 すっかり湿っているのであろう水分を含んで重そうな手袋を取った彼の手は冷たそうで。

「冷たそうね……!」

 わたくしは思わずその手を握った。わっ……冷たい! 思った通りよ!
 こちらの手は子供体温だから、あったかいはずよ。
 にぎにぎ、ぎゅっぎゅとマクシミリアンの手を握ったり離したり……まだ、冷たいわね。
 口を寄せて、ハーッと何度か息を吹きかけて手で挟んで一生懸命擦る。
 ……少しは暖かくなったかしら?
 ちらり、とマクシミリアンの方を伺うと彼のお顔は真っ赤になっていた。

 ……十分暖まったのかしら?

----------------------------------------

『話すべき言葉などはない』

 なんの因果か、俺フィリップ・ブラバンドはビアンカの執事マクシミリアンと二人きりでいる。
 正直、居心地が悪い。どうしてこうなったかというと、カフェテリアでお茶を飲んでいたらビアンカをミルカ王女が『女同士の秘密の話』とか言いながらどこかへ引っ張っていってしまったからだ。
 そして男たち……つまり俺とマクシミリアンがその場には残されてしまった。
 ……こいつと一体なんの話をすればいいんだ。
 いや、人の家の侍従なんだし、別に話をする必要もないのか?
 ノエルがいてくれればな。だけどあいつはゾフィー嬢と今日はデートらしいから。くそっ、なんて羨ましいんだ。俺もビアンカとデートがしたい。
 二人で街を手を繋いで歩き、服を選んでやったりしてだな。さりげなく彼女の唇を奪ったりしたいんだ、俺は。ビアンカは抱きしめるといい香りがするんだろうな……。
 そんなことを考えながら頬を染めていると、マクシミリアンに底冷えする目でじっと見つめられていた。

「……なんだ、マクシミリアン」
「いえ……不埒なことを考えている気配がしたものですから。お嬢様を勝手に妄想のネタにしないで頂きたい」
「……妄想でなく、主人の娘に実際に手出ししているお前には一番言われたくない」

 影からの報告ではこいつはビアンカとその……口づけなんかもだな……くそっ。絶対にこいつ、影につけられているのに気づいているだろう! 俺に見せつけたいのだな!
 俺が苛立ちながらヤツを睨むと、マクシミリアンは否定もせず……勝ち誇ったようにニヤリと笑った。

 ……絶対に、ビアンカは奪ってやるからな……!!
しおりを挟む
感想 204

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処理中です...