上 下
190 / 222

令嬢13歳・二人の求愛者と騎士祭と

しおりを挟む
 試合はその後滞りなく進行し、二回戦へと進行する前の休憩時間に入った。
 一回戦中にフィリップ王子も戻って来て『ちゃんと治癒師は手配できたぞ! 褒めてくれビアンカ!』なんて言いながら金色の頭を少し下げてナデナデをねだられたので、犬の子でも扱うかのようにガシガシと乱雑に撫でておいた。
 ……最初はお断りしようと思ったんだけど、実際友人想いでとても偉いものね。
 そんなに雑な撫でかたにも関わらずフィリップ王子がとても幸せそうに笑うから。『乙女ゲームのメインヒーローなのに犬の子みたいに撫でられて喜ぶんじゃないわよ!』なんて内心思ってしまう。
 ほんと、どうしてそんなに嬉しそうなのよ……。
 ――これが恋は盲目ってやつなのだろうか。どうして相手がわたくしなの、フィリップ王子。
 彼の幸せのためにわたくし以外に恋をして欲しい、切実に。わたくしはフィリップ王子のことが幼馴染としては大好きだけど恋愛の意味では好きになれないから。
 今も彼は時折笑顔を見せつつご機嫌で横に座っている。うう……メインヒーロー様の惜しみない無邪気な笑顔は正直可愛いですね。
 ゲーム内の少し高慢なフィリップ王子と違って、子供っぽいところもあって内面も大変可愛らしいし。
 ただ……。

「フィリップ様。手を繋ぐのはいい加減お止めになって!」
「何故だ、マクシミリアンも繋いでいるじゃないか。婚約者候補に俺の好意をアピールしてなにが悪いんだ」

 わたくし、貴方の好意には本当に応えられませんのよ……!!
 もう片側からわたくしの手を握るマクシミリアンの握力がどんどん上がっていて、不機嫌なオーラが全開で恐ろしくて震えてしまう。
 ……ギャラリーがまた興味津々でこちらを見てるし。このままだとわたくしの評判がとんでもないことになる気がする。

「……お友達じゃ、ダメですの……?」

 自然にそんな呟きが洩れてしまう。
 それを聞いてフィリップ王子は頬を膨らませた。

「嫌だ。俺はビアンカと婚約して色々なことをしたいんだ。唇へのキスもしたいし、抱きしめて香りも嗅ぎたいし、俺の私室にも呼んで二人でイチャイチャしたいし、色々なスキンシップもだな……」
「ちょっ……お止めになってくださいませ!」

 彼の言葉にわたくしは思わず叫んでしまう。するとフィリップ王子はニヤリと笑った。

「幼い頃からビアンカに恋をしているんだ。健康な男子がする妄想くらい、いくらでも溜まっている」

 囁かれ、金色の目を煌めかせながら流し目で見られて。豪奢な美貌で乞うような表情を浮かべられる。
 ……その雰囲気は非常に耽美だけれどその言葉の内容は、健全な青少年的な……ちょっとえっちなものなのよね。
 ベルリナ様がフィリップ王子の発言を聞いて白目を剥きそうになっている。うう……キラキラな王子様だと思っていた方の青少年的な発言なんて聞きたくないですよね。

「……フィリップ王子。ビアンカ嬢に不埒な妄想をぶつけるのは止めて欲しいのですが」

 マクシミリアンが剣呑な声でフィリップ王子に切り込んでいく。

「セルバンデス卿、不埒なのはお前だろう。お前がビアンカに普段なにをしてるか、知らない訳ではないのだからな」
「だったら引いてくださいフィリップ王子。ビアンカ嬢が私だけにそれを許しているということは、貴方には一切の脈がないという証左でしょうに」
「お……お止めになってぇ!!」

 二人の険悪かつ、恥ずかしくなる会話にわたくしは再び絶叫した。
 ベルリナ様の視線がとても痛い、痛いわ……。
 ああ、自国の王子と他国の侯爵の両天秤なんて。すごーい! 乙女ゲームみたい!
 ……わたくしだってそんなの傍観者として楽しみたい。当事者なんてちっとも楽しくないわ……。
 結局二人と手を繋いだままオロオロしているうちに二回戦へと試合は突入してしまった。
 ノエル様の出番は二回戦の第二試合。
 彼の怪我の具合のことを思うと、とても落ち着かない気持ちになってしまう。
 ゾフィー様は一心不乱にアリーナを見つめている。この第一試合が終わったらノエル様の出番なのだ。気が気じゃないわよね……。

「ノエルが当たるのは格下の相手だ。怪我をしているとはいえノエルの勝利は手堅いと思うのだが……」

 フィリップ王子がぼそりと言う。
 ノエル様をいつも見ている彼の言葉だ、信頼性は高いのだろう。
 ノエル様は先ほどリュオンをほとんど動かずに下してしまった。最小限の動きで対処できる相手であれば、怪我をしていても捌ける可能性は確かに高そうだ。
 そしてフィリップ王子の宣言通り、ノエル様はあっさりと次の相手を下し準決勝へと駒を進めた。
 しかも開始から数十秒の決着で。――彼、本当にお強いのね。
 ノエル様のご様子からは怪我の程度は伺えない。お辛い様子を見せたくないのだろう……恐らく、ゾフィー様に。
 いつもはのんびりとした雰囲気のノエル様が、毅然とした様子で戦いに挑む姿はとても素敵だ。
 騎士たちの令嬢人気が高い理由がよくわかるわ。

「ノエル様っ。わ……、わ。準決勝まで……!! しゅてき……!」
「本当に素敵ですわねぇ……」

 ゾフィー様の感極まった声に釣られてわたくしも思わず、ため息と共に感嘆の言葉を漏らしてしまう。
 するとマクシミリアンとフィリップ王子のなんだか不満そうな視線が双方から突き刺さった。

「……私も同じ学年でしたら騎士祭の優勝くらい、いくらでも捧げましたのに」

 マクシミリアンが深いため息をつきながら言う。
 マクシミリアン、いくらでもって……。貴方、魔法職で近接戦闘をやる方ではないはずよね。もしかして剣技もお得意だったりするの? チートなところがあるマクシミリアンだったらあり得るので怖い。

「……俺も参加すればよかったな」

 フィリップ王子もブツブツと呟いている。王子、止めてくださいませ!
 王太子である貴方の身になにかあったらどうするのよ……!
 フィリップ王子は基本スペックが高くなんでもできる。だからトーナメントのいいところまで進んでしまいそうだけど。

 そしてノエル様は第三試合もあっさりと制し……なんと決勝まで駒を進めてしまったのだ。
しおりを挟む
感想 204

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処理中です...