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ベルリナは悪魔に微笑まれる(ベルリナ視点)

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 私……ベルリナ・カウニッツは混乱していた。
 フィリップ王子が。愛しのフィリップ王子が。

 (あんなにイメージと違う方だったなんて!!)

 いえ、イメージというのは勝手にこちら側が持ってしまったものだし、フィリップ王子の新しい表情を見て『フィリップ王子の新しい一面を見つけたわ』という嬉しい気持ちもあるの。ええ、かなりあるの。好きな人の新たな一面を見られるのは嬉しいものね。
 彼には威風堂々とした絶対王者のイメージを私は持っていたのだけれど。
 実際に近くで関わると案外子供っぽいところがあったり、意外に年相応な話し方をしたり。そんな彼にはむしろ好感を持ったわ。
 それに皆さんとのやり取りを見ていて、とても友人思いの情が深い方なんだとよく分かったし。

 (だけど……ビアンカ・シュラットのことは……!)

 あの美しいかんばせの女のことを思い浮かべる。
 あの子、本当に掴めない子なのよね……。
 貴族の子女にしては考え方が幼いと思う部分もあれば、大人のような立ち居振る舞いでエイデン様と渡り合える一面を持っていたり。
 成績はいつもダントツのトップの上にあの美しい容姿、しかも王都で今をときめくシュラット侯爵の娘なのに。皆に憧れられていることを自覚しているのかと思えばそうでもない……というよりも自分に自信がなさげだし。
 そして、てっきり初心だと思っていたら……さっきのやり取りは従僕とそういう関係なわけよね!? な……なんて破廉恥なの!
 だって彼女の表情、まんざらでもないどころじゃなかったもの!
 というか従僕が他国の侯爵家の当主ってどういうことなのよ。シュラット侯爵家の娘の従僕はそれくらいじゃないと務まらないの!?
 し……しかもフィリップ王子と両天秤だなんて。フィリップ王子を弄ぶなんて、許せないわ。
 フィリップ王子も大人しく天秤にかけられているなんて、信じられない!
 彼女が欲しいなら勅命で婚約者にしてしまえばいいのに。あんなに恋をしているという表情でビアンカを見つめていらっしゃるのに……それをしないなんて、どれだけお優しいのよ。
 いえ。されたら、私が困るわね。
 私はフィリップ王子の婚約者になりたい。そして彼と共に立ち、寄り添い、助けられる王妃になりたい。
 ビアンカ・シュラットと比べて私が足りないところばかりなのは、自覚しているの。
 古いだけで権威はない名ばかりの公爵家の娘だし、容姿も不美人ではないけれど彼女のように美しくもない。成績がいいわけでもない。
 性格は気が強いばかりで殿方には可愛くない女だと影で言われてることだって知っている。
 しかも私は取り巻きを連れてビアンカに嫌なことをしているような性格の悪い女なのだし。
 ……あれはただの八つ当たりよ。自覚はしてるから自分に嫌気がさしてばかりなの。
 以前ノエルさんに言われた通り王子の方がビアンカに執着しているのなら、ビアンカにいくら詰め寄ろうと意味はないのだ。
 でも止め時がなんだかわからなくなってしまったのよね……。
 私が自信があるのは公爵家での令嬢生活で培われた令嬢教育くらい……だけど、それも彼女に勝っているかはわからない。
 客観的に見てビアンカの方が私よりも優れている。彼女は王妃になってもきっと立派に役目を果たすわ。
 なのにどうしてフィリップ王子じゃなくて従僕を選ぶのよ。
 彼女がちゃんと婚約者になってくれれば……私も諦めがつくし、フィリップ王子も幸せになれるのに。

「はぁ……」
「どうしたの~?」

 思わずついたため息は、島国の王女に聞かれてしまったらしい。
 彼女は赤い髪をふわふわ揺らしながら榛色の瞳を細めて首を傾げる。
 今私がいるのは騎士祭の会場だ。騎士祭は事件で中断され、フィリップ王子とビアンカたちはノエル様の元へと行ってしまい……。
 私はミルカ王女、マリア嬢……とのんびりお茶を飲んでいるミーニャ王子と取り残されてしまったのだ。
 あれは痛ましい事件だったけれど、ノエルさんは大丈夫なのかしら。

「お嬢さん、恋の悩みッスかぁ?」

 横から顔を出したのは金髪のサイドを編み上げてポニーテールにしたミルカ王女の従僕だ。いや、この人も従僕なんじゃなくてシュテンヒルズ公爵家子息なんだっけ。もう! ややこしい!!
 じっと彼のことを見ると無邪気な表情で微笑まれる。ほんと、お顔だけは良い方ね。
 なにはともあれハウンド様とお呼びしよう。身分に応じた呼び名を使うのは大事なことだ。

「……ハウンド様。人の悩みを詮索するものじゃないわ」
「でも、恋の悩みでしょ?」

 ミルカ王女まで口を挟んでくる。な……なんなの貴女たち!!

「私ね、ビアンカにはマックスと結婚してパラディスコに来て欲しいの。とっととベルちんとフィリップ王子がくっついてくれればこっちも助かるわ。利害は一致してるしベルちんのこと応援できるんだけどなぁ~」
「そッス、そッス。俺たちベルちんを応援するッスよ」

 なっ……! いつの間にかベルちんなんて珍妙な呼び名になってるし!
 彼らと協力体制を結べってこと……? うう、ミルカ王女がなんか悪い顔してるし嫌よ……。

「余計なお世……」
「ねぇベルちん。今の婚約者レースは空位なのは見た目だけでその座にビアンカが座ってるのはわかってるでしょう? それが本当の空位になったとして。数々の婚約者候補の中からベルちんが選ばれるとは限らないわよね?」
「ぐっ……」

 それは、そうなのだけど。フィリップ王子の婚約者候補は山のようにいる。
 ビアンカ・シュラットが飛び抜けているだけで、他の令嬢に関しては状況的には皆ドングリの背比べだ。
 ビアンカが離脱したからといって私が選ばれる保証なんてどこにもない。

「俺たち、消息筋からのお得な情報も持ってるんスよねぇ。これがあればベルちんは他の令嬢よりも有利に動けるんじゃないかなぁ。まぁ、協力体制を築かないってのなら、教えらんねーッスけど」
「ぐぐぐ……!」

 消息筋ってなんなのよ! とても気になるけど!

「さぁ、私の手を取りなさい。悪いようにはしないわ、ベルリナ・カウニッツ」

 ……そう言いながら赤い髪の王女は私の方へと手を差し出して、その従僕と共にとても悪い顔で笑った。
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