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騎士は女神の為に戦う(ゾフィー視点)

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 騎士祭は協議の末に再開されることとなり、ノエル様は足の怪我を抱えたまま参加を継続することを決めました。
 私はノエル様を止めたかったのですわ。お怪我が酷くなってしまっては、と心配でしたもの。

「ノエル様……本当に、続けるんですの?」

 医務室で椅子に座って怪我の具合を確認しているノエル様に、私は半泣きで問いかけました。
 他の方々は気を遣ってくださったのか私たちは今二人きりですの。
 過去に読んだロマンス小説で医務室で二人きり、なんてシチュエーションもありましたわね。そう思うと恥ずかしくなってしまいますけど……今はそれどころじゃありませんわ!

「ゾフィー、ここで止めるわけにはいかないでしょ。俺にも意地があるから。……君にプロポーズもきちんとしたいしね」

 そう言って優しく笑いながらノエル様は頬を撫でてくれます。だけど視界に入る彼の右足の白い包帯を見ると私は心配で泣きそうになってしまうのです。
 浮ついた数刻前までの気持ちが嘘みたいに霧散して、エイデン様の言う通りになってしまったと歯がゆさで胸が満たされてしまいます。

「ノエル様……。私にできることはありませんか?」

 私がそう言うとノエル様は目を丸くしました。

「び……微力ですし、頼りになんてならないと思いますの! ですけどマッサージとか、今からでもやれることがあるかもしれませんし……! あっ、美味しい果実水をひとっ走り買ってきますわ!」
「待って、待ってゾフィー!!」

 ノエル様は慌てた様子で私の手を掴みます。……やっぱり、私じゃ頼りにならないのかしら。

「じゃあ一つだけいいかな?」

 ノエル様の目が悪戯っぽく輝いています。どんなお願いなのでしょう……?

「私にできることなら、なんでもしますわ!」

 私、胸を張ってどん! と叩きましたの。たゆん、とみっともない脂肪の塊が揺れた気がしますけど、きっと気のせいなのです! ええ。
 ノエル様はそんな私を見上げながら……椅子に座っていらっしゃるので私よりも低い位置にノエル様のお顔があるのですよね、なんだか新鮮です……可愛く首を傾げました。

「……ゾフィーからキスして。いつも俺からばっかりだから」

 彼の言葉に、私は絶句してしましました。淑女から、キスをする……?

「のえるしゃま!?」
「女神のキスがあれば、頑張れるような気がするんだ」

 そう言って彼は冗談っぽく、少し口を尖らせます。あああ、ノエル様、可愛い!!
 しかも私を女神だなんて言ってくださるのですね! こんなにぽっちゃりなのに! ぽっちゃりなのに!

「女神、だなんて恥ずかしいですわ」
「……ゾフィー。俺の愛する女神は君だけだから」

 ノエル様に手を取られ手の甲にキスをされると途端に顔が赤くなってしまいました。緑色の睫毛に縁取られた茶色の瞳に私が映っていて……ああ、ノエル様に見つめられているんだ、とさらに恥ずかしくなってしまいます。
 普段ならこんな恥ずかしいこと、お断りするのです。だって、一応淑女ですもの。
 でも私なんかのキスでノエル様が頑張れるのなら……!
 このゾフィー・カロリーネ、ノエル様に唇の一つや二つ捧げてしまいますわ!

「じゃあ……その、目を瞑ってくださいませ」

 ドキドキしながらそう言うと、ノエル様はにこにこしながら目を閉じます。
 いつも彼からキスをしてくださるので、目を瞑ったノエル様のお顔を観察するのはこれが初めてですの。
 新緑の色の綺麗な髪、長い睫毛、健康的に焼けた引き締まった頬、高い鼻梁……。ノエル様は私なんかの恋人なんて信じられないくらい綺麗なお顔で、思わずときめいてしまいます。
 ……ノエル様を見つめてばかりは、いられませんわね。
 私は覚悟を決めてもちもちした手でノエル様の両頬をそっと包みました。試合の後だからか、汗で冷えて少ししっとりした彼の肌の感触が手のひらに伝わります。

「ふふ、楽しみ」
「もう……ノエル様、喋らないでくださいませ!」

 ノエル様を『めっ!』と叱って私は彼の唇に……自分のそれを近づけました。ああ、キスってどうやるんでしたっけ……!
 目を開けたまま顔を近づけてギリギリで目を瞑ってえいっ! と唇をくっつけると、ノエル様のいつもの柔らかな唇とちゃんと重なりました。やりました、私だってやればできるんですのよ!
 得意げな気持ちで唇を離そうとするとノエル様に後頭部を押えられて唇を離してもらえなくて。
 な……なにをしますの……!!

「むーっ!!」

 ――そのままノエル様に、長いキスをされてしまいました。
 そんな不埒なことをするなんて聞いてませんわ!

「うん。女神のキス、ちゃんともらったよ」

 そう言ってノエル様が嬉しそうに笑うから……私、文句の一つも言えませんでしたけど。

「ノエル様、私。ノエル様が優勝したら嬉しいです」
「そうだね、ゾフィー。それができたら俺も嬉しい」

 私はノエル様の頬にそっと触れました。そしてなでなでと擦るとノエル様は少し驚いた顔をされました。

「ですけど……ノエル様の無事が、一番嬉しいですわ。絶対に、無理はしないで……」

 我慢しようと思っていたのに、瞳から涙が溢れてポロポロと頬を伝ってしまいます。
 私がもっと早くプロポーズを受けていたら、ノエル様は試合への参加を止めてくださったのかしら。
 ううん……ノエル様は生粋の騎士だから。プロポーズの件がなくても試合の参加を継続したのだわ。

「ゾフィー、約束する。無茶はしないよ」

 ノエル様が私の髪を一房取って、そっと口づけしながら約束してくださったから私は少しだけほっとしました。

「俺の可愛い将来の奥さんをあまり泣かせたくはないからね」

 その後に続いたノエル様の言葉に驚いて赤面してしまいましたけど。
 ……お……奥さん!!

「意地があるとかさっきは格好つけて言ったけど。正直ね、この傷じゃ優勝なんか無理だろうって弱気になってたんだ。だけど、ゾフィーのキスで……この子を奥さんにするために頑張ろうって思ったんだ。もちろん、無理はしない程度だけどね」

 赤面して固まっている私をノエル様は抱き寄せてそう言ったのです。
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