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令嬢13歳・ノエル様とリュオン・中

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 リュオンの巨躯がアリーナの砂を多く含んだ地面に崩れ落ちる。
 それと同時に観客席から悲鳴にも似た狂瀾の歓声が上がり会場を包み込んだ。
 ノエル様は優雅に観客席に一礼し、それを見た観客がさらに歓声を上げる。

「の……のえるしゃまっ! どうしよう! のえるしゃまが、ものすごくかっこいい……!!!」

 ゾフィー様は可愛らしい顔を真っ赤にしてポロポロと落涙しながら感動している。
 気持ちはとてもわかるわ……! だってノエル様、かっこよすぎましたからね!

「ノエル様、素敵だったわね!!」

 思わず興奮してマクシミリアンに笑顔で言うと、彼は渋い顔をして口を少し尖らせた。

「……マクシミリアン?」
「私だって、お嬢様と同じ年代でしたら……。学内の行事で素敵なところを見せられましたのに」

 そう拗ねたような声音で言われてしまう。かっ……可愛い!!
 あざといわ、可愛いわ。こ……このあざとい推しめ! ぎゅっと抱きつきたいけれど公共の場ですものね。我慢しなければ……!
 そりゃあわたくしだって、マクシミリアンと同じ学年だったらよかったなって思う時があるわよ。そうだったら一緒の机で授業を受けて、学内のイベントには毎回一緒に参加できて、マクシミリアンのかっこいいところをずっと側で見られたのだもの。
 だけど……別に同学年じゃなくても。
 大きな歓声が上がっていて誰にも聞こえないと思ったから。わたくしは彼の耳元に口を寄せた。

「……マクシミリアンが、いつでも一番素敵よ」

 マクシミリアンの美麗なお顔が、少し赤くなった後に幸せそうにふわりと優しい微笑みを湛えた。
 そしてそっと頬に……キスをされる。

「……ふふ」

 彼と微笑み合った時。視界の隅に、立ち上がるリュオンの姿が入った。それだけなら……いいのだけれど。彼は何かを唱えているように見える。
 怒号のような歓声の中、リュオンが憎悪に歪んだ笑みを浮かべた。

「ノエル様っ!!!!」

 わたくしは急いで立ち上がるとペンダントをアリーナに投げようとしたけれど。
 前方にいる熱狂する観客が邪魔でこれでは届かない……そう思い頭上に、急いで放る。

「マクシミリアン、あれをノエル様のところに!!」

 自分の魔法では、間に合わない。そう判断したわたくしはマクシミリアンに急いで声をかけた。
 一瞬だけ状況に目をやってマクシミリアンはすぐさま理解したようで、風の魔法でネックレスをノエル様の方に飛ばす。
 それは歓声に応えるノエル様の無防備な背中に、リュオンが炎の魔法を放つのとほぼ同時だった。
 数瞬後……耳をつんざくような炸裂音が、アリーナに響いた。
 観客が悲鳴を上げアリーナの近くから離れようとする。爆発自体は小さいようだけれど……でもあんな近くでは。

「ノエル様っ!!」

 ゾフィー様が髪を振り乱して悲痛な声を上げた。

「おや、なにがあったのだろうね」

 エイデン様が白々しい口調で言う……貴方が指示をしたんじゃないのかしら?
 ノエル様……! どうか、どうか無事でいて……!
 わたくしは人波に逆らいアリーナの方へと駆け寄ろうとする。すると慌てた様子のフィリップ王子、ゾフィー様も後に続いた。
 土埃を上げる白煙が晴れた時。足を押さえたノエル様が、脂汗を垂らしながらしゃがみ込んでいた。

「間に合わなかったの……?」

 わたくしは絶望感を覚え倒れ込みそうになる。するとマクシミリアンが背後から支えてくれた。

「いえ……間に合ったから、あの程度だったのでしょう」

 そう言ってマクシミリアンが目を向けたのは、リュオンのいた方……。わたくしはそちらへと目を向けて、悲鳴を上げそうになり必死で飲み込んだ。
 そこにはリュオンが血塗れで倒れていた。彼の重苦しいうめき声がこちらまで響いてくる。ああ……命に別状がないといいのだけれど。
 ノエル様が多少顔を顰めながらも立ち上がったのを見てわたくしはホッとした。ノエル様は、大丈夫なのね……。
 横でゾフィー様が泣き崩れる。フィリップ王子はそんなゾフィー様の腕を優しく取って、安堵した顔をしながらアリーナのノエル様の方へと二人で向かったようだった。
 あのネックレスは欠けもせずノエル様の足元に転がっている……落ち着いたら回収しないとね。

「ネックレスが魔法を弾き……ほぼそのままの威力でリュオンに返ったのでしょうね」

 言いながらマクシミリアンは、血塗れのリュオンを視界から隠すようにそっとわたくしを抱き寄せた。
 中断を叫ぶ教師たちの声が響き、場内は混乱で満たされている。

「おやおや。大変なことになったね」

 いつの間にか隣に来ていたエイデン様がシュミナ嬢の肩を抱きながら、冷静な視線をリュオンの方に向けていた。その目は彼の怪我に対しなんの感情も抱いていないようだった。
 シュミナ嬢は今にも倒れそうな真っ青な顔で、救いを求めるようにわたくしに縋る視線を向ける。
 差し伸べようと伸ばそうとしたわたくしの手はマクシミリアンにそっと掴まれ首を振られた。
 わたくしは渋々シュミナ嬢から目を逸らし、視線をエイデン様に移した。

「貴方が指示したのではなくて?」

 わたくしの言葉にエイデン様は微笑みながら首を傾げる。

「僕はなにも? リュオンの独断だよ。本当に困ったやつだ」

 いいえ、エイデン様がリュオンの対抗心を煽りあの行為を仕向けたはずだ。用心深い彼だからあからさまな発言や、証拠は残していないだろうけど。
 エイデン様がリュオンを煽った理由はフィリップ王子への嫌がらせ……その一点だけだろう。
 リュオンはカーウェル公爵家と王家の諍いの犠牲者になってしまったのね。事をなしてもなさなくても、彼は厳罰が免れないだろうに……。
 本人のノエル様への対抗心や敵愾心も大概のものだったようだから、エイデン様が唆さなくても今の結果になったのかもしれないけれど。

「それよりもビアンカ・シュラット。君、なにかしたね」
「ふふ、そうかもしれませんわね。エイデン・カーウェル、わたくしごときに企みを妨害されて悔しいでしょう?」
「……僕はなにもしていないと、言ってるんだけどなぁ。信じてくれないなんて酷いお方だ」

 視線を合わせまるで楽しい会話でもしているかのようにわたくしとエイデン様は微笑み合った。
 ……内心冷や汗ものですけどね。

「せっかく観にきたのにリュオンも負けてしまったことだし。僕はシュミナとのデートの続きでもしようかな」

 そう言って優美に微笑むとエイデン様は軽いキスをシュミナ嬢にして、二人でその場から去っていった。
 今回の彼の罪を問うことは……できないだろうな。わたくしは深いため息をつく。
 何にしても、ノエル様は無事だったのよね。

「マクシミリアン、ノエル様はきっと医務室よね。わたくしたちも行きましょう」
「そうですね、お嬢様」

 わたくしとマクシミリアンは、急ぎ足で医務室へと向かった。
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