上 下
179 / 222

令嬢13歳・ノエル様とリュオン・前

しおりを挟む
 騎士祭はトーナメント式で行われ、ノエル様とリュオンは初戦で当たるようだった。
 ノエル様はリュオン相手だと危なげなく普段は勝っているようだけれど……エイデン様の言っていたことがやっぱり気になってしまう。

 (本当にリュオンに妙なことを命令していないでしょうね……?)

 エイデン様の方をチラリと見ると目があって優美に微笑まれた。……笑顔だけはほんと、女神みたいに綺麗な人ね。
 人目が無いところあればマクシミリアンに『犬』での警護をお願いするところだけれど、流石にこれだけ人がいたらそれはできない。
 だったら……。
 わたくしは自分の胸元に光るペンダントを見つめた。ミーニャ王子から頂いた、受けた攻撃を弾くペンダント。幸いわたくしたちの席はアリーナに近く、投げればノエル様まで届くかもしれない。
 うん、試合の埒外のことで何か起きた時は……いざとなったらこれを使おう。
 わたくしは首からペンダントを外してぎゅっと手に握り込んだ。
 ノエル様とリュオンが湧き立つ歓声の中アリーナの中央に進み出た。そして一礼をし剣を抜く。
 ノエル様の鎧姿はとても凛々しくて素敵だ。だけど銀の鎧は胸と手足のみを覆うもので、兜のようなものはない。それを見ているとハラハラしてしまう。
 模擬剣を使用しているし、頭部への打撃は失格になるから危険は少ないと思いたいけど……!

「では第一試合、始め!!」

 審判をしている先生の合図でノエル様とリュオンが向かい合い、互いに剣を構えた。
 ノエル様の得物は細身のレイピアで、リュオンの得物はその巨躯に似合った幅広のブロードソードだ。
 あれってぶつかり合ったらノエル様の剣が折れてしまわないのかしら……! なんてそんな要らぬ心配をしてしまう。けれど得意だからこそノエル様はあの得物を選んでいるのだから、それに間違いはないんだろう。
 リュオンがだらりと両手を垂らした伺うような構えなのに対し、ノエル様は背筋をピンと伸ばして左手で持った細剣を縦に構えている。
 細剣だからフェンシングのように切っ先を突き出す構えをするのかと思ったら、そうじゃないのね。
 じりっとリュオンが足を前に踏み出し、ノエル様へと歩を進めた。
 ノエル様は微動だにせずリュオンを待ち受ける姿勢のようだ。

「……ノエル様……」

 ゾフィー様はその美しい紫の瞳を大きく開いて、一心不乱にノエル様を見つめていた。
 そんなゾフィー様の片手を、マリア様がしっかりと握りしめている。

「はっ!!」

 気合い一閃、リュオンがノエル様へと駆ける。その巨躯の割にリュオンの動きは速い……!
 そして腰を捻り回転の動きを加えながら猛烈な勢いでブロードソードを横へと薙ぎ払う。

「ふっ」

 ノエル様は軽く息を吐き軸足を支点にし、体を逸らすのみの最小限の動きでそれを躱してしまう。そして鋭い突きをリュオンのがら空きになった胴に放った。

「ぐっ……!」

 リュオンはその突きをギリギリのところで右の手甲を使って慌てて防いだ。キィン! と澄んだ甲高い音がし、銀の手甲とレイピアとの間で火花が散る。
 ノエル様は容赦せず続けざまに鋭い斬撃を加える。それをリュオンは必死に防いでいるけれど……。

「すごいですわね……」
「うちのノエルはすごいんだ。言っただろう」

 わたくしは思わず呟いた。フィリップ王子もとても嬉しそうな表情と声音だ。
 ノエル様は……開始の合図の場から、一歩たりとも動かず涼しい顔のままなのだ。対してリュオンは移動を繰り返しながら大振りな動きで斬撃を放ち、躱しがてらに斬り返してくるノエル様の攻撃を防いではいるけれどその様子は余裕のものとは言い難い。
 ……二人の間には、大きな実力の差がある。それはわたくしのような素人目にも容易く見て取れた。
 二人の攻防にワァッ! と場内に歓声が響く。
 リュオンが一旦ノエル様から距離を取り、悔し気な表情でまた剣を構えなおした。
 彼は負傷したのか、しきりに右手を振って状態を確認しているようだ。息も随分上がっているようだし……長期戦になればなるほど彼の敗色は濃くなっていくだろう。
 ただ、実力を大きく上回るノエル様を攻める手がリュオンにはない。わたくしはそう感じた。

「はは、リュオン。いつも言ってるだろう。お前の動きは分かりやすいって」
「黙れ、ダウストリア。俺を仕留められなかったことを後悔するがいい」

 ノエル様は息一つ切らさず、普段のように温和な笑みを浮かべながらリュオンに言う。
 リュオンはそれに対して大声で吠えるけれど悔しげな本音を隠せていない。
 わたくしはドヤ顔でエイデン様の方を見てみるけれど、彼はなんの感情も伺えない涼しい顔である。
 ……リュオン、貴方期待されていないのね。少し可哀想になるわ……。

「くそっ……!」

 リュオンはブツブツと何かを小声で呟いているようだった。あれは……魔法の詠唱!
 ノエル様もそれに気づいたようで、少し警戒するかのように剣を縦に構え直す。
 リュオンの大きな掌に炎が生まれ、それはノエル様に放たれた。そして炎を放つと同時にリュオンの足が地面を蹴る。
 魔法でノエル様の隙を作って、斬りつける気なのね! そんな戦略ノエル様にもバレバレなのだろうけど、問題はノエル様の魔法への対処……。

「ノエル様っ!!」

 ゾフィー様が席から立ち上がり、大きく叫んだ。
 ノエル様はその場から動かず……レイピアを一閃すると、炎を巻き取るようにして刀身へと纏わりつかせた。細剣はまるで元からそうだったように、燃ゆる刀身と化す。
 そして驚愕に歪むリュオンの胸をノエル様の鋭い一撃が突き、勝敗は完全に決した。

 ……ノエル様はその場から一歩たりとも動かず。リュオンに勝利してしまったのだ。
しおりを挟む
感想 204

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢だって恋したい! ~乙女ゲーの世界に迷い込んだ私が、火あぶりフラグを折りまくる!!~

園宮りおん
恋愛
わたし牧原ひとみは、気が付くと乙女ゲーの世界に迷い込んでいた。 しかもよりにもよって、将来火あぶりにされて処刑される悪役令嬢シャルロッテになって! クールでちょっとワガママな王子と、7人の貴公子達。 そして、華やかで裏切りに満ちた社交界。 でも私は、火あぶりフラグを折りながら何とか生き延びてみせる! 贅沢言えば、少しぐらいは恋だって…… これは乙女ゲーの世界に迷い込んだ女子高生が、恋はもちろん王国の平和の為に頑張る物語です。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...