上 下
164 / 222

シュミナとエイデン(シュミナ視点)

しおりを挟む
 (……ビアンカが、私を庇ってくれた)

 エイデンの隣を歩きながら、私は先ほどの出来事について考えていた。

 (私は彼女に酷いことをしてばかりだったのに……どうしてあんなに、私に優しくできるんだろう)

 エイデンから様々な人々との関係を断たれつつある今、ヴィゴは私にとって貴重な外の世界との接点だ。
 そして……大事な友達だ。彼はそう思ってくれているのかは、わからないけど。
 ビアンカが彼との細い糸を断たずに繋いだままでいてくれて私はとてもホッとした。
 今ヴィゴに会えなくなり一人になってしまったら……そう考えただけで不安だったから。
 ヴィゴだけじゃない。
 サイトーサンだって口では冷たいことばかり言うけれど、いつも私の話を辛抱強く聞いてくれる。
 手を差し伸べてくれるあの人達みたいに。私も強く、優しくなれたらいいのに。

「シュミナ、上の空だね」

 エイデンに声をかけられ、私はハッと我に返った。
 いけない。彼の前で上の空になるなんて……更なる束縛のきっかけを与えてしまいかねない。
 横を向くと彼のオレンジ色の瞳が、どろりとした色を湛えこちらを見つめていた。
 この目を見るたびに、監禁へのカウントダウンのことを考え私は恐怖に駆られてしまう。

 ――だけど。

 私も怖がってばかりいないで、ちゃんとエイデンと向き合わないといけないんだ。
 乙女ゲームの中でだってエイデンルートは、エイデンと向き合わずしてハッピーエンドは迎えられなかったんだから。
 乙女ゲームじゃなくて『現実』の私が彼と向き合う強さを振り絞るのは大変だ。
 でも、やらなければ……バッドエンドなんて私はごめんだ。

「ビアンカ・シュラットのことを考えていたの?……あれは本当に、嫌な女だ」

 エイデンは言いながら私の頬を長い指でするりと撫でた。
 その冷たい指の感触に内心身震いしながら、私はエイデンと目を合わせた。

「エイデン、そんなことを言わないで」

 私がそう言うとエイデンは不快そうに鼻を鳴らす。
 彼の機嫌を損ねることは正直怖かったけれど、同調してビアンカの悪口を言う気には、とてもなれなかった。

「シュミナ、最近の君はおかしいよ。前のように自分の感情を前に出して、僕に我儘を言ってくれればいいのに」

 そう言いながらエイデンは私の耳元へ唇を寄せた。

「……前のようにビアンカ・シュラットを、殺してって言ってよ。僕が必ず叶えてあげるから」

 彼の言葉に、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
 違う……あれは、あれは、ここがゲームの世界だと思っていたからで。
 今はそんなこと、欠片も望んではいない。

「エイデン、止めて。お願い……っ」

 恐怖心に押し出されるように涙がせり上がり、雫が頬を転がり落ちる。
 そんな私をエイデンは楽しそうな、だけどどこかつまらなそうな表情で見つめていたけれど……。

「……シュミナ」

 名前を囁きながら私の頬に手を当て、そっと顔を近づけて……その美しい唇を私のものと重ねた。
 初めてされたことに動揺し、私はエイデンの顔を驚愕の表情で見つめてしまう。
 私の表情を見て、エイデンはとても楽しそうに笑った後に、真剣な面差しになった。

「シュミナは、僕から離れようとしているの……?」

 そう訊ねるエイデンの表情は、無機質で、冷たくて。
 ……でもどこか、悲しそうだった。
 エイデンは『管理したい』タイプのヤンデレだ。
 私の努力をしようとしている行為自体が……彼の言う『離れる』に当たるのだろう。

「ねぇ、エイデン。聞いて欲しいの」

 私は覚悟を決め、彼に視線を向けた。

「私、今ね。色々と頑張っているの。エイデンは何もできなくて、貴方に頼ることしかできない私じゃないと、嫌いになる?……頑張っている私は、エイデンは嫌い?」

 私の言葉に、エイデンは明らかに困惑した顔になる。
 それもそうだろう。今までのシュミナ・パピヨンは、馬鹿で、愚かで。エイデンに『助けて』と喚き散らし、彼に共依存の喜びを抱かせるような女だったのだから。
 でも私は……ヴィゴやサイトーサンと出会ったから。変わるんだ。

「エイデン。私は……変わろうとしている私を受け入れてくれる貴方と、共にいたいの」
「……シュミナ……」

 エイデンは苦しそうに顔を歪めながら、私の両手を握った。

「シュミナ。僕は……僕だけの籠の鳥になってくれる君がいい。僕が世界の何からでも君を守るから。君が望むなら……王妃にだってしてあげる。だから君の世界を、僕だけにして」

 彼の言葉に、私は愕然とした。王妃にだってする……?
 王位継承権第五位のエイデンがその言葉を口にするなんて。それは恐ろしい行為をして王位を簒奪するということに他ならない。

「エイデン、お願い止めて!! そんな恐ろしいことを言わないで……!!」
「シュミナこそ、僕から離れないでよ……!!」

 エイデンは悲痛な声音で叫ぶと、私の体を強く抱きしめた。

 ……ああ、どうやったら。
 私は彼に今の私を認めさせることが、できるんだろう。
しおりを挟む
感想 204

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

処理中です...