悪役令嬢は南国で自給自足したい

夕日(夕日凪)

文字の大きさ
148 / 222

令嬢13歳・ミーニャ王子の想い

しおりを挟む
 ベルーティカ王女が訊ねて来た翌日。
 わたくしはセラさんの工房を再び訪れていた。
 マクシミリアンにはまだ寝ているようにと言われたのだけど、ベルーティカ王女がライラックに帰ってしまう前にセラさんとお話をしたいと思った。
 セラさんにベルーティカ王女との関係を無理強いする気なんて毛頭ない。
 だからこれは、ただの自己満足にしか過ぎないのだけれど。
 ベルーティカ王女の救いになる言葉が一つでも聞ければいいと、愚かな事を思ってしまったのだ。

「……お嬢様。あまり思いつめないで下さいね」

 マクシミリアンが気遣う声音で言いながら、わたくしの手を優しく握った。
 わたくしはそれに頷いて、工房前で馬車を降りる。
 すると……そこには見知った先客が居た。

「ミーニャ王子……」

 黒い猫耳をぺたりと下げ、尻尾を力なくぶらぶらと揺らすその後ろ姿に、わたくしは恐る恐る声をかけた。
 ミーニャ王子はゆっくりとこちらを振り返ると、力なく笑った。
 その姿は憔悴していて、普段の傲岸不遜さは鳴りを潜めている。

「……ビアンカか。お前もセラに用か?」

 ミーニャ王子は片頬を上げて微笑むと、こちらに手を振った。

「ミーニャ王子もセラさんに会いに?」
「ああ、少し用事がな……」

 少し用事……? 思わず眉を顰めると、ミーニャ王子はわたくしの頭をぽんと叩いた。
 マクシミリアンはそんなミーニャ王子を見て不快そうな顔をする。

「……お嬢様に、気軽に触れないで下さい」

 そう言いながら後ろから気軽にぎゅうぎゅうとわたくしを抱く彼の言動は矛盾している。
 ……マクシミリアンだから、いいんだけど……。

「すまないな、お前の番に気軽に触れてしまって。ビアンカ、安心しろ。今日は無理強いじゃなくて……兄として最後に、彼に頼み事をしたいだけなんだ」

 そう言って彼は店頭から工房に入ると、作業中だったセラさんに声をかけた。わたくし達もその後に続く。
 セラさんはわたくし達を見ると驚いた顔をした後に、ぺこり、と慌てて頭を下げた。

「お仕事中に、ごめんなさいね?」

 わたくしがそう言うとセラさんはかぶりを振って、また先日の応接室に通してくれた。

「お体は、もう大丈夫なのですか?」
「ええ。すっかり元の通りですのよ」

 セラさんに訊ねられ、にこりと笑ってそう答えると、彼はほっとしたように息を吐いた。
 彼も、わたくしを心配してくれていたのだろう。
 わたくしとミーニャ王子がギシリと音を立てる革張りのソファーに腰をかけると、セラさんが紅茶を淹れてくれた。

「……皆様今日は、どのようなご用件ですか?」

 セラさんは怯えたような目で……主にミーニャ王子を見ながら言った。
 先日の事があるし仕方がないわよね……。

「ミーニャ王子のご用件から、お先にどうぞ? お邪魔になるようでしたら、わたくしとマクシミリアンは外に居ますわ」
「いや、ビアンカもここに居てくれ」

 そう言ってミーニャ王子は居住まいを正し、セラさんの目をしっかりと見据えた。
 その視線につられるように、セラさんの背筋もピンッと伸びる。
 緊張した空気が……その場に流れた。
 そしてミーニャ王子は……セラさんに向けて深く頭を下げた。
 セラさんの顔が驚愕で引き攣り、目が大きく見開かれる。
 王族が平民に頭を下げるなんて事は……本来ならばあってはいけない事だ。
 ミーニャ王子は頭を上げると、真剣な表情で口を開いた。

「……先日は無理を強いようとしてしまい、済まなかったな。妹がしようとした事も……本当に申し訳ない」
「い……いえ……。その……」

 セラさんはオロオロと動揺しながらソファーから立ち上がったり座ったりをする。
 いきなり王族に謝罪をされて冷静な対応が出来る平民なんてそうそう居ないわよね。

「……その上で、図々しい話だとは思うのだが……。セラが妹を憐れんでくれるのなら。……ベルーティカに最後のチャンスをくれないだろうか」
「最後……でございますか?」

 セラさんは首を傾げながら、警戒心を含んだ視線でミーニャ王子を見つめた。
 またどういう無茶を言い出すのかと危惧しているのだろう。

「このままではベルーティカは、ライラックに帰国し……。『未亡人の塔』と呼ばれる『番』を得られなかった獣人達を隔離する施設でこれからの一生を過ごす事になる」
「隔離……!? いや、俺なんかに拘らず別の相手を探せばいいじゃないですか?!」

 セラさんは驚愕の声を上げ、真っ青になった。
 獣人達の『生涯に一人しか愛せない』という感覚は人間側からすれば理解が及ばないもので、セラさんの驚きは至極当然だ。
 振られたのなら、心の傷が治るのを待って次の相手を探せばいい。人間の大半はそう考える。

「ベルーティカはセラに……獣人の習性の事をあまり話さなかったようだな」

 そう言ってミーニャ王子は獣人達が魂の伴侶である『番』しか愛せない種族である事、『番』と結ばれなかった獣人は狂ったり死んでしまったりする事が大半な事等を話し、セラさんは話を聞くにつれ顔が青くなったり白くなったり……顔色を失っていった。

「……俺。ベルーティカ様が言ってた事……『運命の番』とか『魂の伴侶』とかは……大袈裟な比喩か何かと思ってて……」

 セラさんは苦悩するように頭をかいた。

「セラに、貴族となりベルーティカとの婚姻を結べなんて事はもう言う気はない。ただもしも……セラが憐れんでくれるのなら。ベルーティカが、君を想いながらこの街に居る事を許してくれないだろうか。妙な真似や過度な接触をしないように見張りはもちろん付けるし、君に想い人が出来た際には責任をもってライラックに連れ帰る。……万が一君とベルーティカが想い合うなんて奇跡が起きた時には……ベルーティカの身分は王族から平民へと落とすつもりだ」

 そう言ってミーニャ王子はまた、深々と頭を下げる。

「ベルーティカにチャンスをくれないか。……大切な妹が……。ただ狂っていくのを見ているだけなんて。僕には耐えられないんだ……」

 そう言ってミーニャ王子は、金色の双眸から雫を零した。

「……ベルーティカ様を好きになる……なんて事は。俺、約束出来ませんよ?」
「承知の上だ。可能性が薄い事は、僕も分かってる」

 ミーニャ王子の様子を見ながら、セラさんは腕を組んでしばらく考え込んだ後……。

「……近所に。俺の事を好きな妹分が増える、くらいの感覚でいいのなら」

 と言って溜め息を吐いた。
しおりを挟む
感想 204

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

処理中です...