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彼女の心を取り戻す・後(マクシミリアン・ジョアンナ視点)
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「お嬢様!!」
私は、『みこと』の姿のお嬢様を追いかけた。
この世界では私の声は届かないのでは無いかと心配したけれど、それは杞憂で少女はゆっくりと私の方へ振り向いた。
「えっと……どちら様ですか?」
その小さな唇から紡がれる言葉に絶望感を覚えるけれど、こんな事で心を折る訳にはいかない。
ジョアンナが解毒薬を持って来るその時まで頑張らねばならないのだ。
私はお嬢様の前に跪くとその小麦色に焼けた小さな手を取った。
「……貴女の執事のマクシミリアンです。そして貴女の恋人です」
彼女の手に口付ける。元に戻って欲しい、私をまた愛して欲しい……そんな思いを唇に乗せる。
お嬢様の方を見つめるとお嬢様はきょとん、とした顔をした後に明るい顔をした。
「えっと、ああ!『胡蝶の恋』のレイヤーさんですか? すごい! 本当にマクシミリアンそっくりですね。本人みたい! 今日ってそういうコスプレ系のイベントありましたっけ……?」
お嬢様の口からよく分からない言葉が飛び出す。
……マクシミリアンそっくり……? 私は本人なのだが。
「えっと、でもですね。私の恋人はミーニャ君なんです。マクシミリアンは恋人じゃありませんよ?」
お嬢様はこてり、と可愛らしく首を傾げながらミーニャ王子の腕を取った。
そんなお嬢様の肩を愛おしげにミーニャ王子は抱く。
……じわり、と胸の奥に黒い気持ちが広がった。
そこをどけ、そこは私の場所だ。本当はお嬢様を愛していないお前がお嬢様と婚姻を結ぶなんて許さない。
――お嬢様はお前のものなんかじゃない。
私はお嬢様の手を再び取ると、魔力と共に今まで共に過ごした記憶を彼女の中に注ぐ。
「――っ……!!」
お嬢様は苦しそうに呻くと頭を押さえた。そして私の手を振り払うとミーニャ王子の胸に縋った。
「……違う、違うわ。そんなはずない。私は、私はミーニャ君のものよ」
空間が歪み、音を立てヒビが入りパリパリと剥がれて落ちてくる。
お嬢様はミーニャ王子の手を引いて走り出し、その姿に私は追い縋った。
……いくらでも追ってやる。そして偽物の感情なんて、貴女の中から追い出してやる。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「……マックスはほんとに、馬鹿ですねぇ」
私、ジョアンナ・ストラタスはマックスが残した書き置きを見ながら溜め息を吐いた。
持って来た差し入れは無駄になってしまったわね、なんて思いながらマックスが食べられる野菜と沢山のお肉が入ったクリームシチューを机の上にことりと置いた。
書き置きにはマックスの神経質そうな綺麗な字で、危険度が高い魔法を今から施す事、万が一があった場合自分は死を迎えるかもしれない事と魔法に関する注意書き諸々……が書いてあった。
「人の心の中に入る魔法なんて……禁呪じゃないの。バレないようにしてあげるから、早く帰って来てよね……」
あどけない表情で眠っている……としか思えない目を閉じたマックスの頬を軽く突く。後でバレたら、怒られそうね。いや、多分バレないから今のうちに沢山突いておこう。
ずっと一緒に働いている、大事な大事な弟のような存在。
絶対に帰って来て……いや、もしも帰って来なくても。無理矢理そこから連れ帰るから。
ストラタス商会のジョアンナさんを舐めるんじゃないですよ。
「ヒナキ、来なさい」
私が呼びかけると影の中からゆらり、と少女が現れた。
ヒナキは闇の魔法が得意な、私の可愛い子飼いだ。
別の大陸に存在する魔族とかいう種族らしく争いが絶えないその大陸から逃げてこちらへ渡ってきたはいいけれど力尽き、城下町でボロボロになっているところを私に拾われ、その日から忠誠を誓ってくれている。
「ヒナキ、マックスの補助をお願いしてもいい?」
「……ジョアンナ様。この人何なのですか? えげつない高位の魔法使ってますね……。こんな複雑な魔法に干渉する事は難しいですけど、疲れないように横からちょいちょい魔力を供給したりくらいなら出来ますよ」
「ありがとう、それでいいわ。それと、マックスは今無防備な状態だから。守ってあげて」
「ジョアンナ様のご命令のままに」
そう言いながらヒナキは椅子を引いてマックスの隣に座り、彼の背中に手を当てた。
「そうだ、ジョアンナ様。竜でも起きない魔法でシュラット侯爵を眠らせておきました。証拠は一切残しておりませんし、明日の夕方くらいまでは目を覚ましません。邸では旦那様は寝込んでいるという事になってます。執事さんには事情を話してるので、大騒ぎになる事は無いかと」
「……ありがとう、ヒナキ。大切な雇い主だけど背に腹は代えられないわね……」
私は深い溜め息を吐いた。
娘馬鹿の旦那様に来られては、この場が混乱するだけだ。されどこんな重要な事を報告しない訳にもいかず……苦肉の策の折衷案である。
旦那様が目を覚ましたら『あまりのショックで寝込んでしまった』路線を全力で推そう。それしかない。
「さて」
私はパンッ! と自分の頬を叩いた。
可愛い弟分が頑張っているのだ。私も、もうひと頑張りしなくては。
『王家の蜜』を調べたところ、代用出来る解毒剤は存在せず、解毒剤を作るのには入手困難な材料がいくつかある事が判明した。
ストラタス商会の総力をもって……あと、ミーニャ王子にも探す協力をさせよう。
……死ぬ程こき使ってやるんだから。
そして全てが無事に終わったら、いくつか大口の契約を結んで頂こう。
まさか、嫌だなんて言わないわよね?
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
お嬢様を捕まえ、魔力で記憶を注ぎを繰り返す。
それを繰り返す度に世界は裂け、様々な光景に代わる。
――ある時は、色々な乗り物が置いてある遊戯場らしい場所に。
――ある時は、机が沢山並んだ教室らしい場所に。
――ある時は、信じられない数の人が詰め込まれた本の小売りをしている場所に。
風景は目まぐるしく姿を変え、捕まえようとしてはお嬢様はこの手からすり抜けていく。
もう何度彼女を追って、何度逃げられたのか。20を数えた辺りから私は数えるのを諦めた。
――そして今私は、海と港が見える人家の少ない集落にいた。
お嬢様を探すべく、私は歩みを進める。
海岸線を歩いていると、キラキラとした銀髪を靡かせた、現実のままの姿のお嬢様が佇んでいた。
今回は側に、ミーニャ王子がいない。
彼女はしゃがみ込んで砂に指で何かを書いているようだったが、それは私には読めない文字で彼女が前世で使っていた言語なのだろうと想像出来た。
「……お嬢様」
恐る恐る声をかけると、彼女は銀糸の髪を風で揺らしながらこちらを見た。
「――どうして、邪魔をするの? マクシミリアン。貴方はわたくしの執事でしょう?」
お嬢様は、苦しそうな顔で、美しい唇から言葉を紡いだ。
そして何かに葛藤するように唇を噛みしめた。
「……わたくしが愛しているのは、ミーニャ王子なの。そのはずなのに……貴方がずっと追って来るから……」
湖面の色の瞳からポロポロと涙が零れる。それは光を反射しながら風に舞って煌めいた。
「……貴方を、愛していたような……そんな気持ちになってしまうの」
お嬢様は小さな両手で顔を覆い、小さな体を震わせて泣きだしてしまう。
そのお嬢様の体を、私はそっと抱きしめた。
彼女は抵抗せず私の胸の中に閉じ込められてくれる。その事実だけでも泣きたくなる程嬉しかった。
「……愛しております、お嬢様……。私は、ずっと、貴女だけを愛しています」
優しく囁くとお嬢様の体に力が入る。
そして彼女は私の腕の中でゆっくりと顔を上げた。
「苦しいの、マクシミリアン。わたくしは……誰を愛しているの? 助けて……もう辛いの。心が……引き裂かれそう」
お嬢様は私の服をぎゅっと握りしめながら、大粒の涙で頬を濡らして苦しげに喘いだ。
そのゆるやかな曲線を描く頬を優しく撫で、彼女の唇に唇を重ねる。
するとお嬢様の瞳が驚いたように大きく見開かれた。
長い口付けを終え、名残惜しい気持ちで身を離すと彼女は頬を赤く染めて困惑した表情でこちらを見つめていた。
「――どうして? この感触、知っている気がするの。わたくしは貴方を。愛しているの……?」
お嬢様がそう口にした瞬間。
激しい音を立てて世界が割れ、真っ白く周囲を染める光が降り注いだ。
私は、『みこと』の姿のお嬢様を追いかけた。
この世界では私の声は届かないのでは無いかと心配したけれど、それは杞憂で少女はゆっくりと私の方へ振り向いた。
「えっと……どちら様ですか?」
その小さな唇から紡がれる言葉に絶望感を覚えるけれど、こんな事で心を折る訳にはいかない。
ジョアンナが解毒薬を持って来るその時まで頑張らねばならないのだ。
私はお嬢様の前に跪くとその小麦色に焼けた小さな手を取った。
「……貴女の執事のマクシミリアンです。そして貴女の恋人です」
彼女の手に口付ける。元に戻って欲しい、私をまた愛して欲しい……そんな思いを唇に乗せる。
お嬢様の方を見つめるとお嬢様はきょとん、とした顔をした後に明るい顔をした。
「えっと、ああ!『胡蝶の恋』のレイヤーさんですか? すごい! 本当にマクシミリアンそっくりですね。本人みたい! 今日ってそういうコスプレ系のイベントありましたっけ……?」
お嬢様の口からよく分からない言葉が飛び出す。
……マクシミリアンそっくり……? 私は本人なのだが。
「えっと、でもですね。私の恋人はミーニャ君なんです。マクシミリアンは恋人じゃありませんよ?」
お嬢様はこてり、と可愛らしく首を傾げながらミーニャ王子の腕を取った。
そんなお嬢様の肩を愛おしげにミーニャ王子は抱く。
……じわり、と胸の奥に黒い気持ちが広がった。
そこをどけ、そこは私の場所だ。本当はお嬢様を愛していないお前がお嬢様と婚姻を結ぶなんて許さない。
――お嬢様はお前のものなんかじゃない。
私はお嬢様の手を再び取ると、魔力と共に今まで共に過ごした記憶を彼女の中に注ぐ。
「――っ……!!」
お嬢様は苦しそうに呻くと頭を押さえた。そして私の手を振り払うとミーニャ王子の胸に縋った。
「……違う、違うわ。そんなはずない。私は、私はミーニャ君のものよ」
空間が歪み、音を立てヒビが入りパリパリと剥がれて落ちてくる。
お嬢様はミーニャ王子の手を引いて走り出し、その姿に私は追い縋った。
……いくらでも追ってやる。そして偽物の感情なんて、貴女の中から追い出してやる。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「……マックスはほんとに、馬鹿ですねぇ」
私、ジョアンナ・ストラタスはマックスが残した書き置きを見ながら溜め息を吐いた。
持って来た差し入れは無駄になってしまったわね、なんて思いながらマックスが食べられる野菜と沢山のお肉が入ったクリームシチューを机の上にことりと置いた。
書き置きにはマックスの神経質そうな綺麗な字で、危険度が高い魔法を今から施す事、万が一があった場合自分は死を迎えるかもしれない事と魔法に関する注意書き諸々……が書いてあった。
「人の心の中に入る魔法なんて……禁呪じゃないの。バレないようにしてあげるから、早く帰って来てよね……」
あどけない表情で眠っている……としか思えない目を閉じたマックスの頬を軽く突く。後でバレたら、怒られそうね。いや、多分バレないから今のうちに沢山突いておこう。
ずっと一緒に働いている、大事な大事な弟のような存在。
絶対に帰って来て……いや、もしも帰って来なくても。無理矢理そこから連れ帰るから。
ストラタス商会のジョアンナさんを舐めるんじゃないですよ。
「ヒナキ、来なさい」
私が呼びかけると影の中からゆらり、と少女が現れた。
ヒナキは闇の魔法が得意な、私の可愛い子飼いだ。
別の大陸に存在する魔族とかいう種族らしく争いが絶えないその大陸から逃げてこちらへ渡ってきたはいいけれど力尽き、城下町でボロボロになっているところを私に拾われ、その日から忠誠を誓ってくれている。
「ヒナキ、マックスの補助をお願いしてもいい?」
「……ジョアンナ様。この人何なのですか? えげつない高位の魔法使ってますね……。こんな複雑な魔法に干渉する事は難しいですけど、疲れないように横からちょいちょい魔力を供給したりくらいなら出来ますよ」
「ありがとう、それでいいわ。それと、マックスは今無防備な状態だから。守ってあげて」
「ジョアンナ様のご命令のままに」
そう言いながらヒナキは椅子を引いてマックスの隣に座り、彼の背中に手を当てた。
「そうだ、ジョアンナ様。竜でも起きない魔法でシュラット侯爵を眠らせておきました。証拠は一切残しておりませんし、明日の夕方くらいまでは目を覚ましません。邸では旦那様は寝込んでいるという事になってます。執事さんには事情を話してるので、大騒ぎになる事は無いかと」
「……ありがとう、ヒナキ。大切な雇い主だけど背に腹は代えられないわね……」
私は深い溜め息を吐いた。
娘馬鹿の旦那様に来られては、この場が混乱するだけだ。されどこんな重要な事を報告しない訳にもいかず……苦肉の策の折衷案である。
旦那様が目を覚ましたら『あまりのショックで寝込んでしまった』路線を全力で推そう。それしかない。
「さて」
私はパンッ! と自分の頬を叩いた。
可愛い弟分が頑張っているのだ。私も、もうひと頑張りしなくては。
『王家の蜜』を調べたところ、代用出来る解毒剤は存在せず、解毒剤を作るのには入手困難な材料がいくつかある事が判明した。
ストラタス商会の総力をもって……あと、ミーニャ王子にも探す協力をさせよう。
……死ぬ程こき使ってやるんだから。
そして全てが無事に終わったら、いくつか大口の契約を結んで頂こう。
まさか、嫌だなんて言わないわよね?
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
お嬢様を捕まえ、魔力で記憶を注ぎを繰り返す。
それを繰り返す度に世界は裂け、様々な光景に代わる。
――ある時は、色々な乗り物が置いてある遊戯場らしい場所に。
――ある時は、机が沢山並んだ教室らしい場所に。
――ある時は、信じられない数の人が詰め込まれた本の小売りをしている場所に。
風景は目まぐるしく姿を変え、捕まえようとしてはお嬢様はこの手からすり抜けていく。
もう何度彼女を追って、何度逃げられたのか。20を数えた辺りから私は数えるのを諦めた。
――そして今私は、海と港が見える人家の少ない集落にいた。
お嬢様を探すべく、私は歩みを進める。
海岸線を歩いていると、キラキラとした銀髪を靡かせた、現実のままの姿のお嬢様が佇んでいた。
今回は側に、ミーニャ王子がいない。
彼女はしゃがみ込んで砂に指で何かを書いているようだったが、それは私には読めない文字で彼女が前世で使っていた言語なのだろうと想像出来た。
「……お嬢様」
恐る恐る声をかけると、彼女は銀糸の髪を風で揺らしながらこちらを見た。
「――どうして、邪魔をするの? マクシミリアン。貴方はわたくしの執事でしょう?」
お嬢様は、苦しそうな顔で、美しい唇から言葉を紡いだ。
そして何かに葛藤するように唇を噛みしめた。
「……わたくしが愛しているのは、ミーニャ王子なの。そのはずなのに……貴方がずっと追って来るから……」
湖面の色の瞳からポロポロと涙が零れる。それは光を反射しながら風に舞って煌めいた。
「……貴方を、愛していたような……そんな気持ちになってしまうの」
お嬢様は小さな両手で顔を覆い、小さな体を震わせて泣きだしてしまう。
そのお嬢様の体を、私はそっと抱きしめた。
彼女は抵抗せず私の胸の中に閉じ込められてくれる。その事実だけでも泣きたくなる程嬉しかった。
「……愛しております、お嬢様……。私は、ずっと、貴女だけを愛しています」
優しく囁くとお嬢様の体に力が入る。
そして彼女は私の腕の中でゆっくりと顔を上げた。
「苦しいの、マクシミリアン。わたくしは……誰を愛しているの? 助けて……もう辛いの。心が……引き裂かれそう」
お嬢様は私の服をぎゅっと握りしめながら、大粒の涙で頬を濡らして苦しげに喘いだ。
そのゆるやかな曲線を描く頬を優しく撫で、彼女の唇に唇を重ねる。
するとお嬢様の瞳が驚いたように大きく見開かれた。
長い口付けを終え、名残惜しい気持ちで身を離すと彼女は頬を赤く染めて困惑した表情でこちらを見つめていた。
「――どうして? この感触、知っている気がするの。わたくしは貴方を。愛しているの……?」
お嬢様がそう口にした瞬間。
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