上 下
108 / 222

騎士と湯たんぽ(ノエル視点)

しおりを挟む
「ごめんなさい、ノエル様。私……貴方のご迷惑も考えずに……身の程知らずにつきまとってしまって……」

 ――そう言って、ゾフィーが泣いた。
 俺、ノエル・ダウストリアが近頃気になっている……太陽みたいに明るくて、温かくて、優しい、可愛いあの子が。
 ゾフィー、お願いだから泣かないで。
 その震えながら泣く小さな体を抱きしめたい、そして綺麗な紫の瞳から流れる涙を拭いたい。
 ……だけど彼女は俺から逃れるように教室から走り去ってしまった。

「待って! ゾフィー!!」

 俺は必死であの子を追う。
 迷惑って、身の程知らずってなんなんだよ。誰にそんな事を言われたんだ?
 俺はそんな上等なものじゃない……君みたいな優しくて素敵な子が俺なんかに引け目を感じる事なんて何一つない。

 令嬢の足と騎士訓練を受けている俺の足では速度が全く違う。俺は廊下ですぐにゾフィーに追いついて、彼女の手を掴んだ。

「――っ……」

 彼女は俺の方を見ると、またアメジストの瞳から涙を零した。
 ゾフィーの柔らかい頬を両手で包む。するとゾフィーの目が大きく見開いて銀色の睫毛に縁取られた綺麗な瞳に俺の姿が映った。

「ゾフィー、誰に何を言われたかは知らない。だけど……俺の心を聞かずに、勝手に身の程知らずとか……つきまとってるとか。一人で判断をしないで?」
「……でもっ……ノエル様っ……」

 彼女はしゃくりを上げて悲しそうな顔で泣く。その姿を見ているのが、本当に辛くて居た堪れなかった。

「中庭のベンチで、少しお話しよう? もうすぐ授業も始まるから人も来ないと思うし。ね?」

 そう言って俺は彼女の返事を待たずその柔らかい手を引いて中庭に向かった。
 ゾフィーは何か言いたげな顔をしていたけれど、俯いて黙ったまま俺に手を引かれるままとなっている。
 誰が彼女を傷つけたのか……も気になるけれど。今は彼女の心の傷を塞ぐ事が優先だ。
 俺は中庭に着くとゾフィーをベンチに座らせて、その隣に腰を下ろした。

「……ゾフィー」
「はい……」

 名前を呼ぶと彼女は消え入りそうな声で返事を返す。

「俺は、ゾフィーと一緒に居たいよ?」
「ノエル様はお優しいからお気遣いをして下さっているのですよね。でも私なんて……ノエル様と一緒に居る資格がないんです」
「……俺と居る資格って、なんなの? 俺、そんなにいいものじゃないよ?」

 いつも明るいゾフィーがあまりにもマイナス思考な事を言うので俺は腹が立ってきた。
 もちろんゾフィーにではない、彼女がいつも気にしている繊細な部分を無遠慮に抉って傷つけたやつにだ。

「ノエル様の隣に立つのはビアンカ様のような美しい方じゃないと……ダメなんです」

 ゾフィーはそう言うと制服のスカートをぎゅっと握りしめてピンク色のぷっくりとした唇を噛みしめた。
 どうしてビアンカ嬢の名前が……確かに俺は、彼女の事が好きだったけれど。
 でも今は……。

「……ゾフィー決めつけないで。俺はね、他の誰でもなくゾフィーが好きなんだよ?」

 俺がそう口にするとゾフィーは驚いた顔でこちらを見た。
 何を言われたか理解出来ない、そんな顔で一分くらい彼女は呆けていただろうか。
 そして言葉の意味をようやく理解したのか顔がどんどん真っ赤に染まっていく。

「そ……それは、それは、友達としての……って事ですのよね?」
「んー……こう言わなきゃ、分からないかな?」

 俺はベンチに座る彼女の前に跪いて、白く可愛らしい手を取る。
 そして時間をかけてゆっくりとその手に口付けた。

「ノエル・ダウストリアは、ゾフィー・カロリーネを恋愛の意味で好きなのだけど。君はどうかな?」
「のえるしゃまっ!?」

 身を引いてゾフィーは逃げようとするのだけど、逃がす訳にはいかない。
 俺はベンチから立ち上がろうとする彼女を抱きしめて腕に閉じ込めた。

「……夢? これは私にとって都合のいい夢???」

 ゾフィーは往生際悪く真っ赤になって俯いて腕の中で何やら呟いている。

「ゾフィー。お返事は?」
「うう……」

 彼女は呻いたり、赤くなったり青くなったりした後に上目遣いでこちらを見上げた。
 ゾフィーと俺は恐らく三十センチくらいの身長差がある。腕の中で小さな生き物が右往左往する様が、とても愛らしくて俺は思わず微笑んでしまった。

「私……ぽっちゃりですのよ……」
「うん、ふくよかでとても可愛いね。抱き心地もとてもよくて素敵だと思うよ? 胸が大きいのも俺好み」
「なっ……! 抱き心地……!! む……胸!? ノエル様スケベですわ!!」
「……だからさ。俺そんなにいいものじゃないって、言ってるでしょ? こんな俺でゾフィーはいいの?」

 俺がそう言うと彼女はうろたえて左右に視線をやった後に……小さくこくりと頷いた。

「スケベでも、ノエル様が好きですわ……」
「俺も、ぽっちゃりで、大きな目をいつもキラキラさせながら美味しそうにご飯を食べる、明るくて可愛くて、湯たんぽみたいに温かいゾフィーが好きだよ」

 ゾフィーの言葉に嬉しくなってそう言うと、彼女はまた真っ赤になってしまったけれど。
 今度は俯きもせず逃げもせず。

 ……俺の腕の中で嬉しそうに笑った。
しおりを挟む
感想 204

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢ですが、ヒロインの兄が好きなので親友ポジション狙います!

むめい
恋愛
乙ゲー大好きなごく普通のOLをしていた天宮凪(あまみや なぎ)は仕事を終え自宅に帰る途中に駅のホームで何者かに背中を押され電車に撥ねられてしまう。 だが、再び目覚めるとそこは見覚えのある乙女ゲームの世界で、ヒロインではなく悪役令嬢(クリスティナ)の方だった!! 前世からヒロインの兄が好きだったので、ヒロインの親友ポジを狙っていきます! 悪役令嬢にはなりたくないクリスティナの奮闘を描く空回りラブロマンス小説の開幕!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

ざまぁ系ヒロインに転生したけど、悪役令嬢と仲良くなったので、隣国に亡命して健全生活目指します!

彩世幻夜
恋愛
あれ、もしかしてここ、乙女ゲーの世界? 私ヒロイン? いや、むしろここ二次小説の世界じゃない? 私、ざまぁされる悪役ヒロインじゃ……! いやいや、冗談じゃないよ! 攻略対象はクズ男ばかりだし、悪役令嬢達とは親友になっちゃったし……、 ここは仲良くエスケープしちゃいましょう!

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...