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執事は王女と密談する(マクシミリアン視点)
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「マックス~ねねね、お話しよ!」
パラディスコ王国へ到着後……。
パラディスコ王家に用意して頂いたこの旅の滞在先である王家の別邸で、お茶の準備をしているとミルカ王女に声をかけられた。
彼女はいつの間にか私をマックスと気安く呼ぶようになった。
肝心のお嬢様は呼んでくれないのにな……つれないものだ。
まぁ丁度いい、私もミルカ王女に『お話』があったのだ。
「はい、ミルカ王女。お話をしましょう」
私は余所行きの顔で微笑んでミルカ王女に向き直った。
『うっわ、うさんくさい』というミルカ王女の呟きは聞こえなかった事にする。
お茶の件に関してはこの別邸の者にお願いしよう。お嬢様に私の紅茶を飲んで頂けないのは残念だけれど。
ミルカ王女は別邸の一室に私を連れて行くと人払いをし、ハウンドに紅茶とカットしたフルーツを用意させ席に着くように私を促した。
「マックスってさぁ。ビアンカ嬢の事どうしたいの?」
じっと見つめられ、席に着くなりミルカ王女にそう問われた。
……思っていたよりも直接的な問いだなと驚いて一瞬息が止まる。
「お嬢様の気持ちが私に向くのでしたら、幸せにしたいと思っております」
「両想いになったとしてさ~。執事風情が侯爵家の令嬢を幸せに出来ると思ってるの?駆け落ちでもする訳?」
射抜くような眼差しをミルカ王女が投げてくる。
彼女は、お嬢様の事を大事に思っているのだな……お嬢様は良い友人をお持ちだ。
駆け落ちしてお嬢様に苦労をかけない生活をする。それだけならば私には可能だ。
しかし無責任に駆け落ちをするだけというのは……私を今まで慈しみ育ててくれた第二の父であるシュラット侯爵や、今や友人でもあるアルフォンス様への裏切りとなり、彼らに大きな悲しみを与えてしまうだろう。
そして恐らく、南国行きはお嬢様自身の望みとはいえ実際に悲しむお二人を見てしまったら罪悪感でお嬢様のお心がどうなるか分からない。
それはどちらも本意ではなく、私の悩みの種であった。
……だからこそ、ミルカ王女と話しがしたかったのだ。
「その件について、ミルカ王女にご相談がございます」
「ふふ、聞くだけ聞こうかしら」
ミルカ王女が猫のように目を細め、緩やかに口角を上げる。
……この少女はなかなか食えない。
「これは私とお嬢様が両想いになれれば……という前提の話なのですが。ミルカ王女は、優秀な魔法師が欲しくはないですか?そうですね……王家付きになれるレベルの魔法師だと断言してもいいです」
「あらマックス。貴方自信過剰なのね?」
少女は胡乱気な目で私を見ると、馬鹿にするように鼻を鳴らした。
パラディスコ王国の魔法の技術は我が国に比べ遅れており、魔法に関する外部からの人材を常に求めている。
ただし王家付きの魔法職となると当然ながら敷居が高く、生半可でなれるものではない。
それに私がなれるのかと王女は疑っているのだ。
「面白いものをお見せしましょうか。私の魔法は、少し……特殊でして」
私が軽く指を動かすと……部屋の影がざわり……と不吉な音を立てて動いた。
染み出してくるかのように闇が床を這い、凝り、無数の獣の形を取る。
ミルカ王女は流石の貫禄で目を見開いただけだったが、ハウンドは剣呑な顔をすると素早い動きで私へ苦無と呼ばれる暗器を飛ばした。
しかしそれは立ち塞がった私の『犬』に触れると、どろりと跡形も無く溶けて消えた。
私は指を鳴らすと、無数の『犬』達を消して微笑んだ。
「影さえあれば、いくらでも。例え百でも千でも万でも。お望みの数の『犬』達をお作りする事が出来ましょう。そして影さえあれば……どこへでも『犬』を放つ事も出来ましょう」
「そんな魔法見た事も聞いた事も無いわ……。ビアンカ嬢に詰め寄っていた生徒に謎の怪我人が多数出た、なんて噂が学園であったけど。マックスの仕業だったのねぇ」
「ふふ……なんの事でしょう。ああ、火と風の魔法も人並み以上に使えますのでご安心下さい」
私が使える魔法は『闇・火・風』だ。
だけれど『闇』魔法の事は秘匿し(秘匿は闇魔法の得意分野だ)『火・風』の魔法を使えるという事にし、人に感知される事を避ける為ほとんど使う事なく過ごしていた。
……お嬢様に不埒な行動をした輩へのお仕置きに、慎重を期して使う事はあったが。
その理由は……闇魔法自体が希少で騒がれるのが面倒だというのもあったのだが、私が使えるこの『犬』達を生み出す魔法が……歴史の中で失われた遺物だったからだ。
この物心ついた頃から使えた魔法が過去に失われし物である事は、魔法師の叔父が教えてくれた。
そしてこの魔法の存在の秘匿を、強く勧められた。
幼い何の判断もつかない子供が軍事に利用される事を優しい叔父は危ぶんだのだ。
父母には……この魔法が使えると知られた瞬間から私は腫物のような扱いをされていた。
悪い人達では無いのだ。ただ彼らは弱く、恐れ、拒んだ。
父母のこの魔法に関する記憶は叔父が綺麗に消してくれた。
……それから私達は魔法の事を知る前の親子に戻った。
私の心の傷だけ、置き去りにして。
しかし……面倒事しか生まないと思ってシュラット侯爵やお嬢様にすら隠していた魔法が、今になって役に立つとは。
「面白いわね。確かにこんな非凡な魔法師を手に入れられる機会なんて今後無いわ。それで……秘匿していた情報の禁を解いてまで貴方が求めるものはなぁに?」
ミルカ王女はいつもの明るい……無邪気な少女の顔に戻ってそう言った。
「パラディスコ王国の爵位を。穏便にシュラット侯爵にビアンカ様との婚姻を納得させる事が出来るくらいのものが望ましいです」
「あら、それくらいの事でいいの?いいわよ~爵位くらい、いくらでもあげるわ」
彼女は、さらりと断言した。
「……いいのですか?」
「つまり婚姻を彼女と結んでパラディスコ王国に移住したいって事でしょう?お友達と一個師団に勝る部隊を生み出せる非凡な魔法師が得られるのなら爵位をあげて余りあるメリットがあるわ。でも……どうして小国のパラディスコなの?その力があれば貴方の国……リーベッヘや、他の大国の爵位も頂けるんじゃない?ビアンカ嬢と婚姻を結ぶのが目的ならそちらの方が理にかなってるわ。侯爵の説得も簡単でしょ?」
……ミルカ王女から提案を拒否された場合……。
それも、次善の策として考えてはいた。
コストを消費せず(正確に言うと私の魔力は消費するのだが私の魔力量はそうそう尽きる事がないくらいに膨大だ)どこからでも神出鬼没に現れる軍勢を生み出すこの魔法。
それを喉から手が出る程欲しがる国は沢山あるだろう……それこそ辺境伯や侯爵の地位を与えてでも。
「まぁ私は……どこの国でも構わないので。お嬢様と共にいられるのならば」
そう言って私はミルカ王女に肩をすくめてみせた。
令嬢らしいものは何も欲しがらず、畑を日々楽しそうに育て、本を読んでいると思ったらほぼ農業か漁業の本……あとは食べられる野草やキノコの本も読んでいたな。魔法を頑張って覚えてはそれを畑の育成の為に使い、どこかに行きたいと珍しく強請ると思ったら行き先は川釣り。庭師のジムと楽しそうに肥やしの話で盛り上がり、宝石よりも作物の種で気を引かれる。
そしてパラディスコ王国の農業や漁業の話を目を輝かせて語る……そんな私のお嬢様。
……お嬢様は、本気で南国で自ら糧を得る生活をお望みなのだろう、それは長年彼女を見ていて感じた実感だ。
大国には面倒ごとが付き纏う……そしてそれはお嬢様がやりたい事の妨げになるだろう。
だから小国でどこか螺子が外れたようにゆるい、パラディスコがベストな選択なのだと思う。
「じゃあ貴方とビアンカ嬢が両想いになって、パラディスコ王国へ来る準備が出来たら……こちらの件を本格的に進めましょうね!マックス、そもそも両想いになる自信はある訳?」
両想い……そう、それが1番の問題だ。
お嬢様は、私の事を憎からず思っているとは思うのだけれど。
「好かれているとは、思うのですけどね。あと一押しだと思いたいです」
私がそう呟くとミルカ王女に『本当に自信過剰な嫌な男ね!』と笑われてしまった。
自信過剰になるのは、お嬢様がいつも可愛い反応を見せて下さるから仕方が無い事だと思うのだ。
「フィリップ王子やノエルに横から攫われないようにね。うちのメイカも諦めてるか怪しいところだし。貴方がどちらの結果になるにせようちへ来てくれるのなら事を有利に運べるように……爵位を今からあげてもいいわよ?」
楽しそうに言うミルカ王女の言葉に、胃の腑が少し引き攣ったような気がした。
パラディスコ王国へ到着後……。
パラディスコ王家に用意して頂いたこの旅の滞在先である王家の別邸で、お茶の準備をしているとミルカ王女に声をかけられた。
彼女はいつの間にか私をマックスと気安く呼ぶようになった。
肝心のお嬢様は呼んでくれないのにな……つれないものだ。
まぁ丁度いい、私もミルカ王女に『お話』があったのだ。
「はい、ミルカ王女。お話をしましょう」
私は余所行きの顔で微笑んでミルカ王女に向き直った。
『うっわ、うさんくさい』というミルカ王女の呟きは聞こえなかった事にする。
お茶の件に関してはこの別邸の者にお願いしよう。お嬢様に私の紅茶を飲んで頂けないのは残念だけれど。
ミルカ王女は別邸の一室に私を連れて行くと人払いをし、ハウンドに紅茶とカットしたフルーツを用意させ席に着くように私を促した。
「マックスってさぁ。ビアンカ嬢の事どうしたいの?」
じっと見つめられ、席に着くなりミルカ王女にそう問われた。
……思っていたよりも直接的な問いだなと驚いて一瞬息が止まる。
「お嬢様の気持ちが私に向くのでしたら、幸せにしたいと思っております」
「両想いになったとしてさ~。執事風情が侯爵家の令嬢を幸せに出来ると思ってるの?駆け落ちでもする訳?」
射抜くような眼差しをミルカ王女が投げてくる。
彼女は、お嬢様の事を大事に思っているのだな……お嬢様は良い友人をお持ちだ。
駆け落ちしてお嬢様に苦労をかけない生活をする。それだけならば私には可能だ。
しかし無責任に駆け落ちをするだけというのは……私を今まで慈しみ育ててくれた第二の父であるシュラット侯爵や、今や友人でもあるアルフォンス様への裏切りとなり、彼らに大きな悲しみを与えてしまうだろう。
そして恐らく、南国行きはお嬢様自身の望みとはいえ実際に悲しむお二人を見てしまったら罪悪感でお嬢様のお心がどうなるか分からない。
それはどちらも本意ではなく、私の悩みの種であった。
……だからこそ、ミルカ王女と話しがしたかったのだ。
「その件について、ミルカ王女にご相談がございます」
「ふふ、聞くだけ聞こうかしら」
ミルカ王女が猫のように目を細め、緩やかに口角を上げる。
……この少女はなかなか食えない。
「これは私とお嬢様が両想いになれれば……という前提の話なのですが。ミルカ王女は、優秀な魔法師が欲しくはないですか?そうですね……王家付きになれるレベルの魔法師だと断言してもいいです」
「あらマックス。貴方自信過剰なのね?」
少女は胡乱気な目で私を見ると、馬鹿にするように鼻を鳴らした。
パラディスコ王国の魔法の技術は我が国に比べ遅れており、魔法に関する外部からの人材を常に求めている。
ただし王家付きの魔法職となると当然ながら敷居が高く、生半可でなれるものではない。
それに私がなれるのかと王女は疑っているのだ。
「面白いものをお見せしましょうか。私の魔法は、少し……特殊でして」
私が軽く指を動かすと……部屋の影がざわり……と不吉な音を立てて動いた。
染み出してくるかのように闇が床を這い、凝り、無数の獣の形を取る。
ミルカ王女は流石の貫禄で目を見開いただけだったが、ハウンドは剣呑な顔をすると素早い動きで私へ苦無と呼ばれる暗器を飛ばした。
しかしそれは立ち塞がった私の『犬』に触れると、どろりと跡形も無く溶けて消えた。
私は指を鳴らすと、無数の『犬』達を消して微笑んだ。
「影さえあれば、いくらでも。例え百でも千でも万でも。お望みの数の『犬』達をお作りする事が出来ましょう。そして影さえあれば……どこへでも『犬』を放つ事も出来ましょう」
「そんな魔法見た事も聞いた事も無いわ……。ビアンカ嬢に詰め寄っていた生徒に謎の怪我人が多数出た、なんて噂が学園であったけど。マックスの仕業だったのねぇ」
「ふふ……なんの事でしょう。ああ、火と風の魔法も人並み以上に使えますのでご安心下さい」
私が使える魔法は『闇・火・風』だ。
だけれど『闇』魔法の事は秘匿し(秘匿は闇魔法の得意分野だ)『火・風』の魔法を使えるという事にし、人に感知される事を避ける為ほとんど使う事なく過ごしていた。
……お嬢様に不埒な行動をした輩へのお仕置きに、慎重を期して使う事はあったが。
その理由は……闇魔法自体が希少で騒がれるのが面倒だというのもあったのだが、私が使えるこの『犬』達を生み出す魔法が……歴史の中で失われた遺物だったからだ。
この物心ついた頃から使えた魔法が過去に失われし物である事は、魔法師の叔父が教えてくれた。
そしてこの魔法の存在の秘匿を、強く勧められた。
幼い何の判断もつかない子供が軍事に利用される事を優しい叔父は危ぶんだのだ。
父母には……この魔法が使えると知られた瞬間から私は腫物のような扱いをされていた。
悪い人達では無いのだ。ただ彼らは弱く、恐れ、拒んだ。
父母のこの魔法に関する記憶は叔父が綺麗に消してくれた。
……それから私達は魔法の事を知る前の親子に戻った。
私の心の傷だけ、置き去りにして。
しかし……面倒事しか生まないと思ってシュラット侯爵やお嬢様にすら隠していた魔法が、今になって役に立つとは。
「面白いわね。確かにこんな非凡な魔法師を手に入れられる機会なんて今後無いわ。それで……秘匿していた情報の禁を解いてまで貴方が求めるものはなぁに?」
ミルカ王女はいつもの明るい……無邪気な少女の顔に戻ってそう言った。
「パラディスコ王国の爵位を。穏便にシュラット侯爵にビアンカ様との婚姻を納得させる事が出来るくらいのものが望ましいです」
「あら、それくらいの事でいいの?いいわよ~爵位くらい、いくらでもあげるわ」
彼女は、さらりと断言した。
「……いいのですか?」
「つまり婚姻を彼女と結んでパラディスコ王国に移住したいって事でしょう?お友達と一個師団に勝る部隊を生み出せる非凡な魔法師が得られるのなら爵位をあげて余りあるメリットがあるわ。でも……どうして小国のパラディスコなの?その力があれば貴方の国……リーベッヘや、他の大国の爵位も頂けるんじゃない?ビアンカ嬢と婚姻を結ぶのが目的ならそちらの方が理にかなってるわ。侯爵の説得も簡単でしょ?」
……ミルカ王女から提案を拒否された場合……。
それも、次善の策として考えてはいた。
コストを消費せず(正確に言うと私の魔力は消費するのだが私の魔力量はそうそう尽きる事がないくらいに膨大だ)どこからでも神出鬼没に現れる軍勢を生み出すこの魔法。
それを喉から手が出る程欲しがる国は沢山あるだろう……それこそ辺境伯や侯爵の地位を与えてでも。
「まぁ私は……どこの国でも構わないので。お嬢様と共にいられるのならば」
そう言って私はミルカ王女に肩をすくめてみせた。
令嬢らしいものは何も欲しがらず、畑を日々楽しそうに育て、本を読んでいると思ったらほぼ農業か漁業の本……あとは食べられる野草やキノコの本も読んでいたな。魔法を頑張って覚えてはそれを畑の育成の為に使い、どこかに行きたいと珍しく強請ると思ったら行き先は川釣り。庭師のジムと楽しそうに肥やしの話で盛り上がり、宝石よりも作物の種で気を引かれる。
そしてパラディスコ王国の農業や漁業の話を目を輝かせて語る……そんな私のお嬢様。
……お嬢様は、本気で南国で自ら糧を得る生活をお望みなのだろう、それは長年彼女を見ていて感じた実感だ。
大国には面倒ごとが付き纏う……そしてそれはお嬢様がやりたい事の妨げになるだろう。
だから小国でどこか螺子が外れたようにゆるい、パラディスコがベストな選択なのだと思う。
「じゃあ貴方とビアンカ嬢が両想いになって、パラディスコ王国へ来る準備が出来たら……こちらの件を本格的に進めましょうね!マックス、そもそも両想いになる自信はある訳?」
両想い……そう、それが1番の問題だ。
お嬢様は、私の事を憎からず思っているとは思うのだけれど。
「好かれているとは、思うのですけどね。あと一押しだと思いたいです」
私がそう呟くとミルカ王女に『本当に自信過剰な嫌な男ね!』と笑われてしまった。
自信過剰になるのは、お嬢様がいつも可愛い反応を見せて下さるから仕方が無い事だと思うのだ。
「フィリップ王子やノエルに横から攫われないようにね。うちのメイカも諦めてるか怪しいところだし。貴方がどちらの結果になるにせようちへ来てくれるのなら事を有利に運べるように……爵位を今からあげてもいいわよ?」
楽しそうに言うミルカ王女の言葉に、胃の腑が少し引き攣ったような気がした。
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