51 / 222
執事は浮かれる(マクシミリアン視点)
しおりを挟む
今日は、お嬢様が放課後のお出かけに誘って下さった。
メイカ王子の件があったので、私の事を気遣って下さったんだと思う。
……私は、昼間……お嬢様に心配されるくらい動揺してしまったらしい。
メイカ王子の発言には、正直……肝が冷えた。
お嬢様が南国へ行く事を、幼い頃より夢見ているのは知っている。
その為に農業の事を学び、漁業の事を学び……その姿を見て彼女が本気なのだと日々思い知らされていた。
そこに、メイカ王子の提案である。
『だって農業の話、楽しそうにするし。うちは貴族でも手ずから農地経営をしてる家が多いんだ。それだけ興味があって畑に立つ気があるんなら…』
ダメだ、そんな事を言うな。
お嬢様の憧れの南の島国。そこでお嬢様が大好きな畑を作りながら、生きて行けるなんて。
お嬢様に……都合が良すぎる話じゃないか。
パラディスコ王国でお嬢様が、もしも想える誰かと出会ってしまったら。
私が介入し、攫う余地なんて無くなってしまう。
メイカ王子に私の気持ちを悟られてしまうくらい動揺してしまって執事としてはとても恥ずかしい事をしたと思う。
だけれど、禍福は糾える縄の如し、なんてどこの誰が言ったのか。
この事は思いがけず良い展開へと転がった。
放課後、校門で私を待っていたお嬢様はとても美しかった。
恐らくジョアンナのコーディネートなんだろうが…あの女にしてはいい仕事をするじゃないか。
青い上品なドレスは華奢な彼女の体に良く映え、そのドレスの大きめに空いた胸元は彼女の首の細さと白さを強調していて思わず触れたくなる。
いつもはそのまま流している銀糸の髪は、今日はゆるく三つ編みにされサイドに流されておりお嬢様の美貌にあどけなさを加えとても良く似合っていた。
ああ、通りすがる男共がお嬢様を見ている。
彼女に付く虫を払い落とさないと。
そんな事を思いながら、私は彼女に声をかけた。
「マクシミリアン!素敵ね!」
私が彼女に褒め言葉を発する前に、先にお嬢様に褒められてしまった。
ああ……なんてお可愛らしい事を言うのだろう。
愛しております、なんて言葉が口から零れそうになるのを必死で堪えてお嬢様に賛辞を贈ると彼女は可愛らしい顔で頬を染め、俯いた。
学園生活では邸にいる頃よりも更に、使用人然とした態度で過ごす事が多くなった。
それが私にはかなりのフラストレーションとなっていた。
ノエル様には苦笑いしながら『今日も距離が近いよね~』なんて言われるが。そんな事は無いはずだ。
お嬢様との距離を縮めねば。
うかうかしているとお嬢様に近付く男に彼女を横から攫われてしまうかもしれない。
今日はお嬢様のご提案で、なるべく対等のような立場で接して欲しいとの事だったので出来るだけそうさせて頂こう。
「おかしいわ……この辺りのはずなの……」
ノエル様から頂いた地図と見比べながら、お嬢様がきょろきょろと周囲を見渡した。
出歩き慣れていないお嬢様をあまり歩かせたくは無いから、早く店に着きたいのだが…。
「見せて頂いていいですか?」
そう言いつつお嬢様の手元の地図を覗き込む。
……道は、合っていると思うのだが……地図が間違っているのか?
その事を口にしようとお嬢様の方を向くと、意外に近い場所にお嬢様の顔があった。
至近距離でお嬢様の美しい青の瞳と、目が合ってしまう。
お嬢様が、少し驚いたように目を見開き、その唇が薄く開いた。
……そのまま引き寄せられるように……お嬢様の唇に。
自分の唇を重ねようとして、踏みとどまり、それでもなんだか惜しくなってしまって彼女の頬に口付けた。
想像以上に柔らかなお嬢様の頬の感触に、驚いてしまう。
そしてうっとりする間もなく訪れたのは、後悔の気持ちだった。
……やってしまった。
お嬢様の反応が怖い。怒るだろうか?……きっと怒るな。
先日のメイカ王子の行動から私は何故学ばなかったのか。
泣かれてしまうだろうか?嫌われてしまったら……ショックだな。それは死ねる。
しかし彼女の反応は……。
「ふぇえええええ!!?」
真っ赤になって、少し私から離れるという事だった。
この反応は……?嫌がっている、という風には……自惚れじゃなければ見えないのだが。
「……嫌、でした?」
伺うようにお嬢様を見つめ、訊ねてみる。
これは……彼女の気持ちを探るチャンスかもしれないのだ。些細な反応も見逃してはいけない。
「そゆことされると、勘違いしそうになるからぁ……」
真っ赤になった顔を、お嬢様はその小さな両手で隠してまるで庶民のような口調でそう呟いた。
……勘違い……それは。
お嬢様が私の事を好きになってしまいそうになる、とか。そんな。
そのような幸せな解釈をしても、宜しいのでしょうか?
「……勘違い、沢山して下さい。お嬢様にでしたら、いくらでも勘違いされてもいいんです」
顔を隠した彼女の手の甲にそっと口付けて、優しくそう囁くと。
お嬢様は真っ赤な顔のまま私の腕の中に倒れ込んで来た。
…………自分に都合の良すぎるお嬢様の反応に、いささか驚いてしまったけれど。
今日は、思い切った方向に舵を切ってもいいのかもしれないと。
私はそう心を決めたのだった。
メイカ王子の件があったので、私の事を気遣って下さったんだと思う。
……私は、昼間……お嬢様に心配されるくらい動揺してしまったらしい。
メイカ王子の発言には、正直……肝が冷えた。
お嬢様が南国へ行く事を、幼い頃より夢見ているのは知っている。
その為に農業の事を学び、漁業の事を学び……その姿を見て彼女が本気なのだと日々思い知らされていた。
そこに、メイカ王子の提案である。
『だって農業の話、楽しそうにするし。うちは貴族でも手ずから農地経営をしてる家が多いんだ。それだけ興味があって畑に立つ気があるんなら…』
ダメだ、そんな事を言うな。
お嬢様の憧れの南の島国。そこでお嬢様が大好きな畑を作りながら、生きて行けるなんて。
お嬢様に……都合が良すぎる話じゃないか。
パラディスコ王国でお嬢様が、もしも想える誰かと出会ってしまったら。
私が介入し、攫う余地なんて無くなってしまう。
メイカ王子に私の気持ちを悟られてしまうくらい動揺してしまって執事としてはとても恥ずかしい事をしたと思う。
だけれど、禍福は糾える縄の如し、なんてどこの誰が言ったのか。
この事は思いがけず良い展開へと転がった。
放課後、校門で私を待っていたお嬢様はとても美しかった。
恐らくジョアンナのコーディネートなんだろうが…あの女にしてはいい仕事をするじゃないか。
青い上品なドレスは華奢な彼女の体に良く映え、そのドレスの大きめに空いた胸元は彼女の首の細さと白さを強調していて思わず触れたくなる。
いつもはそのまま流している銀糸の髪は、今日はゆるく三つ編みにされサイドに流されておりお嬢様の美貌にあどけなさを加えとても良く似合っていた。
ああ、通りすがる男共がお嬢様を見ている。
彼女に付く虫を払い落とさないと。
そんな事を思いながら、私は彼女に声をかけた。
「マクシミリアン!素敵ね!」
私が彼女に褒め言葉を発する前に、先にお嬢様に褒められてしまった。
ああ……なんてお可愛らしい事を言うのだろう。
愛しております、なんて言葉が口から零れそうになるのを必死で堪えてお嬢様に賛辞を贈ると彼女は可愛らしい顔で頬を染め、俯いた。
学園生活では邸にいる頃よりも更に、使用人然とした態度で過ごす事が多くなった。
それが私にはかなりのフラストレーションとなっていた。
ノエル様には苦笑いしながら『今日も距離が近いよね~』なんて言われるが。そんな事は無いはずだ。
お嬢様との距離を縮めねば。
うかうかしているとお嬢様に近付く男に彼女を横から攫われてしまうかもしれない。
今日はお嬢様のご提案で、なるべく対等のような立場で接して欲しいとの事だったので出来るだけそうさせて頂こう。
「おかしいわ……この辺りのはずなの……」
ノエル様から頂いた地図と見比べながら、お嬢様がきょろきょろと周囲を見渡した。
出歩き慣れていないお嬢様をあまり歩かせたくは無いから、早く店に着きたいのだが…。
「見せて頂いていいですか?」
そう言いつつお嬢様の手元の地図を覗き込む。
……道は、合っていると思うのだが……地図が間違っているのか?
その事を口にしようとお嬢様の方を向くと、意外に近い場所にお嬢様の顔があった。
至近距離でお嬢様の美しい青の瞳と、目が合ってしまう。
お嬢様が、少し驚いたように目を見開き、その唇が薄く開いた。
……そのまま引き寄せられるように……お嬢様の唇に。
自分の唇を重ねようとして、踏みとどまり、それでもなんだか惜しくなってしまって彼女の頬に口付けた。
想像以上に柔らかなお嬢様の頬の感触に、驚いてしまう。
そしてうっとりする間もなく訪れたのは、後悔の気持ちだった。
……やってしまった。
お嬢様の反応が怖い。怒るだろうか?……きっと怒るな。
先日のメイカ王子の行動から私は何故学ばなかったのか。
泣かれてしまうだろうか?嫌われてしまったら……ショックだな。それは死ねる。
しかし彼女の反応は……。
「ふぇえええええ!!?」
真っ赤になって、少し私から離れるという事だった。
この反応は……?嫌がっている、という風には……自惚れじゃなければ見えないのだが。
「……嫌、でした?」
伺うようにお嬢様を見つめ、訊ねてみる。
これは……彼女の気持ちを探るチャンスかもしれないのだ。些細な反応も見逃してはいけない。
「そゆことされると、勘違いしそうになるからぁ……」
真っ赤になった顔を、お嬢様はその小さな両手で隠してまるで庶民のような口調でそう呟いた。
……勘違い……それは。
お嬢様が私の事を好きになってしまいそうになる、とか。そんな。
そのような幸せな解釈をしても、宜しいのでしょうか?
「……勘違い、沢山して下さい。お嬢様にでしたら、いくらでも勘違いされてもいいんです」
顔を隠した彼女の手の甲にそっと口付けて、優しくそう囁くと。
お嬢様は真っ赤な顔のまま私の腕の中に倒れ込んで来た。
…………自分に都合の良すぎるお嬢様の反応に、いささか驚いてしまったけれど。
今日は、思い切った方向に舵を切ってもいいのかもしれないと。
私はそう心を決めたのだった。
21
お気に入りに追加
7,030
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢だって恋したい! ~乙女ゲーの世界に迷い込んだ私が、火あぶりフラグを折りまくる!!~
園宮りおん
恋愛
わたし牧原ひとみは、気が付くと乙女ゲーの世界に迷い込んでいた。
しかもよりにもよって、将来火あぶりにされて処刑される悪役令嬢シャルロッテになって!
クールでちょっとワガママな王子と、7人の貴公子達。
そして、華やかで裏切りに満ちた社交界。
でも私は、火あぶりフラグを折りながら何とか生き延びてみせる!
贅沢言えば、少しぐらいは恋だって……
これは乙女ゲーの世界に迷い込んだ女子高生が、恋はもちろん王国の平和の為に頑張る物語です。
義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。
あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!?
ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど
ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。
※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?
陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。
この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。
執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め......
剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。
本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。
小説家になろう様でも掲載中です。
乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜
ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。
沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。
だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。
モブなのに魔法チート。
転生者なのにモブのド素人。
ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。
異世界転生書いてみたくて書いてみました。
投稿はゆっくりになると思います。
本当のタイトルは
乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜
文字数オーバーで少しだけ変えています。
なろう様、ツギクル様にも掲載しています。
変態王子&モブ令嬢 番外編
咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と
「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の
番外編集です。
本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。
「小説家になろう」でも公開しています。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる