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令嬢13歳・ヒロインとの対立

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「どこの誰だか存じませんが。お教えする義理がございませんので」

冷たい空気を漂わせ、シュミナ嬢を睨むようにしてマクシミリアンが言う。
うっわ…滅多に見られない冷たい刃のようなマクシミリアンの表情…。
最近デレデレで忘れてたけど本来の方向性はこっちなのよね。
冷たい表情も素敵…と思ってしまうのは推している者の性だ。

「ええ~そんな事言わないでよぉ。ビアンカ様、いいでしょっ」

すごいな!強いな、シュミナ嬢。
自分がこの『ゲーム』の中心に居ると思っているからこそ、この行動が取れるんだろう。
ゲーム中のヒロインも確かに無邪気で常識知らずだったけれど…。
このような極端に常識が欠けた強硬手段は取らなかった。
少なくともビアンカに対しては、遠巻きと言ってもいい態度だった。
わたくし達には入学前に学園から、学園版の貴族名鑑のようなものが贈られている。
それを入学前に読み、家名を聞いただけで相手がどの立場に居るか判断出来るように備えておく為だ。
ある程度の家格ならば、上位貴族で怒らせたらまずい家だけでも覚えておけばいい。
だけど彼女は男爵令嬢…必死に貴族名鑑に食らいつき、粗相がないよう予習をしていなければならない立場。
そして我がシュラット侯爵家はどの家の者であっても『履修必須』な家だ。
父様が王と王妃の竹馬の友であり宰相を勤めている…と言うだけでは無く、肥沃な領地から得られる潤沢な資金と辺境を守る為に実戦的な訓練をされた国1番の強大な軍隊を持っている我が家は…王都で安穏としている有名無実の公爵家達よりも、実質的な権力を握っている。
国の牙であり、国の要。それがシュラット侯爵家だ。
父様の権力をわたくしは振りかざす気は全く無いけれど…そんな事して友達が出来ないとか、絶対嫌だし。
しかしわたくしが身分を振りかざしても、かざさなくても。厳然たる身分の差は存在するのだ。
余程親しい仲でない限り、礼節は守られるべきだ……主に男爵令嬢である彼女自身の自衛の為に。
男爵家の令嬢が、今日初対面の『シュラット家』の令嬢にいきなり親し気に話しかけるなんて『無礼』も『ヒロイン』の自分には関係無いと思っているんだろうなぁ…。

「ねぇ君さ、男爵家のご令嬢でしょ?シュラット家の侯爵令嬢に対して失礼な態度にも程があるんじゃないの」

どう言おうか…とわたくしが悩んでいるうちに、言いたい事をノエル様が言ってくれた。

「失礼?どこがですかぁ?あっもしかしてノエル様ですか?ノエル様も仲良くして下さい!」

きょとん、とした表情で小首を傾げた後に無邪気にノエル様に話かける彼女は…本当に何も考えていない、と言う感じだった。
ノエル様だって伯爵家の子息。家格はシュミナ嬢より当然高いし彼の家は代々近衛騎士という王家と密な立場だ。
ノエル様もマクシミリアンもドン引きしているのか黒い空気を出している…まぁ、そうよね…。

「お嬢様、お部屋へ戻りましょう。ノエル様も途中まで一緒にいかがですか?」
「そうだね、勉強の話もしたいし。ビアンカ嬢、エスコートするよ」

マクシミリアンがノエル様に目配せしながら言うと、ノエル様がスマートな動作でわたくしの手を取る。
そして足早に歩き始めた。マクシミリアンもその後ろから付き従う。

「あっちょっと!私も行きます!!」

平然とシュミナ嬢が付いて来ようとする事に恐怖を覚える。
拒絶されてる自覚がないの?

(ああ――ダメねこれは。ここで断ち切らないと後が面倒)

わたくしは、ノエル様の手を離し制服のポケットから扇子を取り出しパッと広げ、後ろを振り返った。

「貴女とわたくしはお友達じゃありませんのよ?気軽に話しかけられても困りますの。それに…気安く名前で呼ばないで下さる?わたくし、許可しておりませんわ。……ねぇ、パピヨン男爵令嬢。貴女のような無礼な方とお友達になる予定はございませんの…だから。わたくしにも、わたくしの執事にも、わたくしのご友人にも。二度と関わらないで下さいまし?」

顔を半分隠しながら、男爵令嬢の部分を殊更強調して彼女に言う。
顔を隠しているのは怯えている表情を悟られたく無かったからなんだけど。
これじゃまるで、本当に悪役令嬢みたいね。
周囲の生徒が遠巻きに見てざわついている。
ああ…こんな変な目立ち方をしたら新しいお友達が出来ないかもしれない。

本来なら、彼女には関わらず遠くから観察しながら、学園生活を過ごすつもりだった。
あちらから接触をして来ても、彼女がゲーム通りの『優しく無邪気で可愛らしい人々の心を癒す無害な女の子』であったのなら、わたくしも、もっと違う対応をしただろう。
彼女がこうやって望むのなら一緒に勉強だってしただろうし、恋の邪魔だってしないつもりだった。

だけど。
お兄様を物扱いし、世界の中心は自分だとでも言うかのように好き勝手な態度を取る貴女には。
わたくしの大切な人達に関わって欲しくない。
これはわたくしの我儘だ。
彼女が本当にこの世界の中心で、わたくしのこの我儘がバッドエンドに繋がっていたとしても。
この選択を、後悔なんてしない。

「…悪役令嬢の本領発揮ってヤツ?」

彼女が、薄く歪んだ笑みを浮かべ、そう言った。
貴女の方が悪役みたいな悪いお顔だけど、大丈夫?

「悪役?貴女まだ無礼な事をおっしゃいますのね」

わたくしの事は出来れば転生者だと悟られたくないので、『それらしい』態度で応じてあげよう。
目を細めて、唇を上げ、意地悪気に笑う。

「お嬢様」
「ビアンカ嬢」

マクシミリアンとノエル様がわたくしを庇うように前に立った。

「こんな失礼な女の相手なんかしなくていいよ。礼儀知らずで勝手ばっかで。俺、こいつ嫌いだ」

ノエル様が敵意を滲ませた視線をシュミナ嬢に送り、口を尖らせて言う。
温和な彼が人に向かって『嫌い』なんて言うのはとても珍しい。

「このような輩にお嬢様の貴重なお時間をお使いになるのは勿体無いです。さ、寮に帰りましょう?」

マクシミリアンも、わたくしの頭を撫でながら言う。
撫で撫では止めて。折角悪役令嬢ぶろうとしたのに、台無しじゃない。
……でも気持ちいいなぁ。

そんなわたくし達の様子を見て、シュミナ嬢は呆然としている。

「なんでよっ…!二人ともその悪役に騙されてるのよ!目を覚まして!!」

傍から聞いたら気がおかしくなったとしか思えない言葉を残して。
彼女は苛立った足音を立てて悔し気な視線をわたくしに投げ、立ち去った。

「なんなんだあの女は……」

珍しく乱れた口調のマクシミリアンが茫然とそう呟いた。
そうね、わたくしもそう思うわマクシミリアン。
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