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多分脱・我儘令嬢をしたわたくしと3人目の攻略対象・中

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「おーい、ビアンカ嬢!」

畑に出ようと庭園を歩いていたら、ノエル様に声を掛けられた。
今日は畑仕様で庶民が着るような麻のワンピースと麦わら帽子を被っている…令嬢らしからぬ姿を見られ、わたくしは大いに焦った。
しかも今日は父様の執務の手伝いでマクシミリアンが一緒に居ない。

「ノ…ノエル様!?今日はいらっしゃるご予定でしたっけ…」

一対一でノエル様と話すという慣れない状況に混乱し、思考が纏まらないまま言葉を紡いでしまう。
自分でも情けなくなる程の上擦った声が口から出て、更に焦りを加速させた。

「ううん。近くに来たから寄っただけ。今日は変わった格好をしてるね」

先触れくらいお出しなさいな!と叱りたい気持ちを抑え付ける。
ああ…今日は折角の畑いじりの日なのに…。

「ちょっと身軽な格好をしたかったもので。変ですか?」
「ううん、すごく可愛い!似合ってる!」

おっふ…。
てらいが全くない褒め言葉を満面の笑顔で放たれ、思わずたじろいでしまった。
彼氏いない歴トータル25年には刺激が強すぎますのよ?

「身軽な格好してるついでに、お出かけしない?」
「お出かけ…でございますの?」

きょとん、とわたくしがしているとノエル様が急に手を取り、ぐいぐいと引っ張る。

「え…ちょっ、ちょっと!」

そのままわたくしは引きずられるようにして邸の外へ連れ出された。
ノエル様付きの護衛は今日居ないの!?ノエル様もしかしてこっそり1人で来たのかしら??

「ノエル様!どこへ向かっておりますの?」

ノエル様はわたくしの手を引きながらどんどん歩いて行く。
貴族の邸ばかりの閑静な普段の居住区域…通称貴族街から離れるにつれて、風景は雑多な街並みへと変わって行く。
人々の雰囲気や、街の匂いが貴族街とは違う。
貴族街は人通りが少なくいつも静かなのだが、市街は人通りが多く、ざわざわと様々な声が混じった喧騒に包まれていた。
ビアンカとしては生まれてこの方、市街を馬車で通り過ぎる事はあっても直接歩いた事なんて無かったので、わたくしは少し怖くなってノエル様の手をぎゅっと強く握る。
大丈夫だよ、と言うようにノエル様はわたくしに笑って、その小さな手でしっかりと握り返してくれた。

「今日はね、夏祭りがあるんだよ」
「夏祭り…!」

その言葉に思わず気分が上がってしまう。
屋台、たこ焼き、金魚釣り、花火!異世界のお祭りにそんなものはあるのか分からないが、前世のわたくしは祭りがとても好きだった。

「お祭り!どう言う催しがありますの?」
「屋台が出たりとか、広場で皆で踊ったりとかするんだよ。屋台には美味しいものが沢山あるんだ!去年父の部下の騎士に連れて来て貰って楽しかったから、ビアンカ嬢を連れて来たくて」
「まぁ!素敵!でも…」

わたくしはとある事に気付いてしょげ返る。

「わたくし…お金を持っていませんわ」

そうなのだ。野良着のまま、着の身着のままで連れ出されてしまったので手持ちが無いのだ。
絵に描いた餅をぼんやり眺めるだけなんて、全然楽しくない。

「俺が奢るよ。今日は無理に連れ出したんだし」

ふふん!とノエル様が胸を張った。ちょっと可愛い。

「そんなの悪いですわ…」
「ううん、迷惑料だから遠慮なく奢られて?」

うう…なんだか申し訳ないけれど…。
折角だからお祭りを楽しみたいものね、ここは遠慮なくご馳走になろう。

「じゃあ迷惑料、頂きますわね」

ふふっと笑ってそう言うと、楽しそうにノエル様も笑った。


街の中心に着くと円状に開けた大きめの広場があり、沢山の人々でごった返していた。
そこには色とりどりの屋台のテントが建てられ、様々な物が売られている。
店主達は声を出して客を呼び、客達は楽しそうに屋台を渡り歩いていた。
想像していた前世のお祭りとイメージが近い光景に思わず興奮してしまう。

「あれってじゃがバタ?わっ、大きいお肉が串に刺さってる!見て見て、風船も売ってるわ!あれは飴細工かしら!」

わたくしがキョロキョロしながらはしゃいでいると、いつの間にかノエル様に雛鳥を見るような暖かい眼差しを向けられていた。
ちょ…ちょっとテンションが上がり過ぎたみたいね。でもこんな催し、前世以来なんだもの…。

「いつもより元気だね」
「うう…恥ずかしいわ…。でも楽しくて…」

恥ずかしくて思わず、麦わら帽子のつばをぎゅっと両手で下げ顔を隠した。

「ビアンカ嬢が楽しそうだと俺も嬉しいよ。さ、はぐれたら大変だから」

そう言うとノエル様は、わたくしの手を取り自分の腕に絡ませた。
わ…わぁ、自然に腕に絡ませられた…この子天然のたらしだわ。怖い。

「さ、何が欲しい?なんでも言って?」
「じゃ…じゃあ…。あれがいいです」

少し考えてわたくしが指したのは、さとうきびジュースの屋台だった。
今日は酷暑とまでは行かないけれど少々暑い。喉がカラカラだったのだ。

「おじさん、ジュース2つ頂戴」
「あいよっ」

ノエル様がハキハキと声を掛けると、屋台の日焼けしたおじさんがニカッと笑ってそれに応えた。
恐らく魔石を動力に稼働している、ぐるぐる回る2つのローラーが付いた機械におじさんがさとうきびを入れると、バキバキッと小気味いい音を立てさとうきびが潰され、とろりとした液体が絞られコップに落ちて行く。
そこに魔法で作った氷を入れて、手渡しされた。

「ありがとう!おじさま!」

ひんやりとコップから伝わる冷たさが気持ちいい。
わたくしがにっこり笑って言うと、おじさんも白い歯を見せて楽しそうに笑った。

「お嬢ちゃんデートかい?」
「ちょっ…そんなんじゃ…」

おじさんの言葉にわたくしは思わず、大袈裟に手を振って否定の意を伝えた。
か…彼氏!彼氏じゃないんです!知り合いと友達の間くらいの関係なんです!

「そ、デート。彼女照れ屋だからあんまりからかわないでやってね」

ノエル様はニコニコと笑って受け流すとわたくしの腕を優しく引っ張って、ベンチの方へと連れて行った。
そしてふわりとハンカチをベンチに広げて、

「はい、どうぞ」

とわたくしを座らせようとする。うう…なんてスマートな…。
お礼を言って腰を掛け、二人で並んで冷たいジュースを口にした。

「美味しい…」

口中に広がる優しい天然の甘さに、思わず笑顔が零れる。

「良かった!」

明るく笑って言った後、ノエル様の表情が少し真剣なものになった。

「ビアンカ嬢…俺の事、苦手なんだろうなって思ってたから。楽しそうにしてくれてて本当に嬉しい」

その言葉に……胸の奥がつんと痛んだ。
ノエル様とは友好関係を築こうと頑張っているつもりだった。
つもりだったのだけど…やはり『死亡フラグ』の事が気になってか、『死亡フラグ』を回避したいと言う打算が態度に出てしまったせいか。
どこか固い態度になっていたと言う自覚はある。
マクシミリアンの後ろに、隠れたりもしてしまった。
彼はいつでもわたくしに優しく、仲良くしようとしてくれていたのに。

「わたくし、ノエル様の事嫌いじゃありませんわ…」

ノエル様のシャツの端っこをきゅっと掴んで、目を合わせて言った。
死亡フラグは怖いけど、別にノエル様の事が嫌いな訳では無い。
なかなか…気持ちの折り合いがつかないだけで。
自分の理不尽な態度の理由を説明出来ない事がとてももどかしかった。

「ノエル様。失礼な態度を…最初の時から取ってしまってごめんなさい。改めて…わたくしと、仲良くして下さいませ?」

幼い子を傷付けるなんて、わたくしはダメな大人(見た目は幼女)だ。
死亡フラグの事は忘れて、これからはちゃんと彼自身と向き合おう。
そんな気持ちを込めてわたくしがそう言うと、彼はうん!と本当に嬉しそうに、勢いよく頷いた。
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