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王子は知らない生き物と出会う(フィリップ王子視点)

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「リチャードの娘を今日呼んだのだけど。貴方会ってみない?」

その日の朝、母からそんな事を言われた。
リチャード…。ああ、リチャード・シュラット侯爵か。
稀有な程の優秀な能力で公務に励んでくれているこの国の宰相。
彼は母である王妃とは魔法学園の学友で、父である王とは剣術指南の教師が同じだったらしく、2人と気安い仲だ。
この国で4指に入る権力を持ち領地には強大な軍隊を抱えた男が、仕える相手と良好な仲を築いているのは国土の安定に繋がりとてもありがたい事だ。
俺の代までしかと仕えて欲しいものである…7つの俺が王位を継ぐのはいつになるのか想像もつかないが。
そんな彼の娘については、彼がすっぽり覆い隠してしまったかのようにどのような人品か今まで噂さえ聞かなかった。
それが先日、7歳の誕生日パーティで彗星のごとく煌めいて現れた…らしい。
この世のものとは思えぬ美貌を持ち、その瞳には知性が溢れ、大人顔負けの社交術を発揮する。
パーティに参加していた貴族から、そんな話は聞いていた。まぁ眉唾だろうが。

「あのシュラット侯爵の娘でしたら、とても興味がありますね」

あの弱みを見せない男の泣き所かもしれないその娘にはぜひ会いたい。

「じゃあ決まりね!」

母はそう言って、うふりと笑う。
――母はきっと、俺とその少女が婚約する事を望んでいるんだろうな。
その思惑に乗るつもりは全くないが…。乗ったフリくらいはしてあげよう。
俺は、親孝行な息子なのだ。



母から指示された時間に、庭園を訪れる。
少し遠くから様子を伺ったが、その少女の様子は後ろ姿で良く見えない。
美しい銀糸の髪ががキラキラと、光を受けて輝く光景は美しいが…。

「母上」

俺が声をかけると、少女の背中がびくりと震えたように見えた。

「あら、フィリップ。偶然ね?」

母上が悠然と微笑むながら言う。
わざとらしい演技だな、と思いながらもそれに乗る。

「こちらが噂のシュラット侯爵が隠していたお姫様?」

少女はまだ振り返らない。王子の俺が来ている事には、気付いているであろうに。
シュラット侯爵はこの母と俺の猿芝居に気付いているようで、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
余程娘の事が大事らしい。

少女が、スッと優美な仕草で席を立った。
そして恭しく臣下の礼を取り、その顔を上げた。

「リチャード・シュラットの娘、ビアンカ・シュラットと申します。殿下…お初お目にかかります」

凛として、艶のある声が庭園に響く。
顔を上げた少女は……妖精と言われれば納得してしまうくらいに、美しかった。
太陽の下にあるよりも月の下にある方が似合う、清廉でどこまでも透明な印象の美貌だ。
俺を射抜く青く深い色のキリリとした眼は、父親に似ている。
その所作は落ち着いており、とても7つの子供のものとは思えない。

「初めまして、ビアンカ嬢」

凛とした彼女の態度を崩してやりたくて、殊更丁寧に応対する。
手の甲にわざと息を吹きかけると少しだけびくりとしたが、それのみで彼女の態度は崩れない。

それどころか余裕をたっぷり含んだ笑みを浮かべ。

「今日はすごい日ですのね。王妃様にお目にかかれて、更に殿下にまでお会い出来るなんて。わたくし、この日を一生の思い出にしますわ」

暗にそろそろ退散したいです、と言われ内心ショックを受ける。
すがられた事は数あれど、袖にされた事なんて無い。培ってきた自信がぐらりと揺らいだ。

――焦る姿を見せるまで、今日は帰してやらない。

そう思った俺は、ビアンカの手を取り強引に、東屋へと向かった。
シュラット侯爵は母が引き留めていたが、彼女の従僕は一定の距離を取って後をついてくる。
一瞬薔薇園に居るように言おうと思ったが従僕に何を止められるわけでは無いので好きにさせた。
俺は彼女の隣に座り、距離を詰めた。
少しは照れるかと予想していたのだが、彼女は照れもせずに大人のような顔で俺を窘める。
なんなんだろう、この手ごたえの無さは。

「ビアンカ嬢は、美しい髪をしているな」

ビアンカの髪を一房手に取り、口付ける。
こうすれば年齢の近い…下手をすれば年齢が離れた女達も…は一様に頬を染め、恋慕を含んだ眼差して俺を見る。
触った彼女の髪は、想像していたよりも柔らかくさらりと手から逃げそうで、繊細な銀糸の感触に驚きを覚えた。
反応を見ようと顔を上げると。彼女は……困ったような笑みを浮かべていた。

「淑女の髪には濫りに触れるものではありませんわ」

すげなく、冷静な目と、冷たい口調でそう言われる。

――その時、俺の心が折れた。

「……他の女だったら、これですぐ赤くなるのに」

思わず拗ねたような声で言ってしまって後悔した。
これじゃただの、ガキじゃないか。

「ふふっ…女性を恥じらわせて遊ぶなんて、殿下は人の悪い遊びをしてらっしゃるのね」

そう言ってビアンカは、俺の前で初めて楽しそうに笑った。
そのキラキラと光が弾けたような笑顔に思わず釘付けになる。
なんて、綺麗なんだ。完璧に整った美貌が笑った事で更に魅力を放つ。
頭の芯がつん、と熱くなり、顔がほんのり赤らむのが自分で分かった。

「笑うな」

ついぶっきらぼうに言ってしまうが、ビアンカは怒りもせずに慈愛の篭った眼差して俺を見つめるだけだった。
彼女の前だと、調子が狂う。
王宮は、信用に足る人物が少ない。だから俺は極力仮面を被り、年相応よりも賢しく見えるよう努力をし、弱みを握られないように努めていた。
それなのに、ビアンカの前ではその仮面はぼろぼろと剥がされて行く。

彼女…ビアンカの事が、もっと知りたい。
そんな気持ちが心の底から湧き上がった。

「……フィリップと呼べ。俺もビアンカと呼ぶ」
「ビアンカとわたくしを呼ぶ分には構いませんけれど…。殿下をお名前で呼ぶ不敬は致しかねますわ」

距離を縮めたくて発した言葉は、にべも無く拒否され絶句する。
ここまで…相手にされない相手は初めてだ。
どの角度から攻めたらいいのか全く分からない…。俺が悩み込んでいるとリチャードが彼女を迎えに来た。

その時。

「父様!」

嬉しそうな声を上げ、年相応に見える屈託のない笑顔を見せ、銀糸をたなびかせながらビアンカは父親に走り寄った。
そのまま抱き着いてすりすりと幸せそうに父親に頬を摺り寄せる。

――ああ、あの顔を俺にも向けて欲しい。

そんな渇望に、駆られる。

「ビアンカ、また来い!」

気がついた時にはそんな声を彼女に掛けていた。
ビアンカは俺に顔を向け、戸惑ったように頷いた。






俺は、運命に出会ってしまったのかもしれない。
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