上 下
16 / 222

多分脱・我儘令嬢をしたわたくしは7歳になった・中

しおりを挟む
「入って」

ノックの主に声をかけると少し間を開けて扉が開いた。

「失礼致します」

入室してきたのはマクシミリアンだった。
普段の彼は白シャツにリボンタイを結び、黒のトラウザーズと言うシンプルな服装が多い。
しかし今日の彼はパーティ仕様なのだろう。
黒のスーツの前を開けて着用し、中には白い清潔感のあるシャツとぴっちりとした黒のベストを着ている。
首には白い蝶ネクタイ。手には三本線が入った白い手袋………ってああ…!執事服だ!!!
ゲームの時の彼を想起させるその姿に思わすキュンとしてしまう。

彼は部屋に入って来ると…わたくしを2度見し、凝視し、固まった。
そんな彼を見ながらジョアンナは何故かニヤニヤとしている。
マクシミリアンとジョアンナは仲がいい。二人で時々コソコソ何かを喋っている。
たまにケンカをしている所も見るけれどケンカする程仲がいいってヤツよね。
……ちょっとずるいわ。

「……マクシミリアン?」

何の言葉も発さなくなった彼が心配になって駆け寄り、呆けている顔の前でブンブンと手を振るが反応が無い。
どうしたものかと彼の手を取ってにぎにぎとマッサージするように握っていると、彼は握られている手に目を落とし、次にわたくしの顔に視線をやった。
意識はあるのね、良かった。

「具合が、悪いの?」

彼の手をにぎにぎしながら、こてり、と首をかしげて訊くとあっという間に彼の顔は真っ赤になった。

「いえ…違います、その…」

ごにょごにょと不鮮明な言葉を発しながら片手で顔を隠す。珍しく歯切れの悪い様子だ。
彼は、はーっと数度大きく深呼吸をした後、彼の手をにぎにぎしていたわたくしの手を両手で包んだ。

「お嬢様が……あまりにも綺麗で、見惚れてしまいました。ドレス、とても似合っています」

真っ直ぐに見つめられ、真剣な目でそう言われる。
際立って整った顔の少年が発した爆弾は、今度はわたくしの顔を一気に真っ赤に染め上げた。
見つめる黒い目の奥に、ゆらりと熱情のようなものが灯っているのはきっと気のせいよね?
彼の黒髪がはらっ、と揺れて頬にかかって。それが一層の色香を醸し出した。
こ……こいつ、流石乙女ゲームの攻略対象だ……!
美しい男性からの賛辞は男性に免疫が無い人間にとっては最早暴力と同じだ。
どう対処したらいいのか分からないし、顔の赤みは引かないし、鼓動はどんどん早くなるし!
こんな時に『もう…〇〇様ったら…』と軽く流せるヒロインはすごい。
ちょっと褒められただけでこのザマのわたくしだったら3日で虫の息だ。

「ふぁ!うぇ、ええええ」

口からあまり行儀の良くない言葉が漏れる。
わたくしはテンパると、女らしい悲鳴や声を上げられないらしい。
そんなわたくしの様子を見てジョアンナが視界の隅で声を上げて笑っていた。
ジョアンナ、貴女結構いい性格してらっしゃるのね?

「やだわぁ~!からかっちゃダメですわ!マクシミリアンったらお上手ね!」

そう言って彼の胸をぱんぱん!と軽く手のひらで叩く。
テンパり過ぎたわたくしは田舎のご老人が若い男性に『いや~お綺麗ですね!20代と思いましたよぉ』と褒められた時のようなリアクションしか取れなかったのだ。
だって周囲に参考になるような若い女性なんて居なかったんだもの!
ああ…顔だけじゃなくて、頭の中まで茹で上がってしまったのかしら。
マクリミリアンの顔が恥ずかしくて見れない。
視界の隅でジョアンナが今度は腹を抱えて笑っている。覚えてなさい。

「……父様とお兄様にも見せてきますわ!」

そう言って、おさまらない心臓の鼓動に押されるかのように、わたくしは淑女らしからぬ駆け足で部屋を飛び出した。




「…父様!」

玄関ホールで父様とお兄様を見つけ駆け寄る。
笑顔で腕を広げる父様に勢いのままにぎゅっと抱き着くと、そのまま抱き上げられ愛おしいと言う気持ちで溢れ溶け崩れた顔の父様にくるくると5回ばかり回されようやく下に降ろされた。

「おお!ビアンカ!可愛い娘!お誕生日おめでとう!妖精…いや、美の化身が舞い降りて来たのかと思ったよ!ドレスは気に入ってくれたかな?よく似合っているよ」

「天使ちゃん、いつも可愛い君だけど今日の君はひと際綺麗だね。僕にもハグをする僥倖を与えておくれ?ビアンカが可愛すぎて僕の心臓が止まってしまうかもしれないけどね」

頭の上から2人の怒涛の賛辞が降り注ぐ。

―――2人のいつもの褒め殺しを聞いていたらなんだか冷静になって来たわ。

父様もお兄様も、今日は勿論礼服だ。
仕立ての良い礼服が、2人共良く似合っている。
黒い礼服を着た父様からはきつく上がった瞳の印象も相まって大人の色香が漂い、白い礼服を着たお兄様は普段はゆるく流している艶のある金髪をきっちり後ろに撫でつけているのもあってまるで王子様みたい。
2人とも折角カッコいいのに……中身はいつも通りなのが残念だなぁ。

冷静にしてくれたお礼に無邪気(精神年齢アラサー)にくるくる回って見せたり、ハグから更にほっぺにキスをしてあげたりしたら、2人は感動して泣いていた。

そうこうしていると階段から足音がしマクシミリアンも玄関ホールに降りて来た。
ドキドキはもうおさまっている。うん、平気、大丈夫。

わたくしは彼に駆け寄って、

「急に出て行ってごめなさい。褒められて恥ずかしかったの」

と彼の目を見て謝った。謝る時には視線を合わせ気持ちを伝える、これ、大事。

「気にしてませんよ」

と言ってふわふわと優しくマクシミリアンが頭を撫でてくれたので、ほっとして思わずふにゃーっとした笑みが浮かんでしまう。
そんなわたくしを見てマクシミリアンが目を細めて慈愛のこもった表情で微笑む。
ああ、幸せ。

「マクシミリアン、娘に触れるんじゃない」

わたくしと居る時とは別人のように厳しい口調の父様が、ぽわぽわした空気が流れる間に割り込んできた。
推しとの時間を邪魔するなんて無粋ね!
あっ、お兄様も怖いお顔でマクシミリアンを睨んでる…。
マクシミリアンは「承知致しました」と一歩下がったのだけどその態度はどこかどこ吹く風だ。
ジョアンナといい、マクシミリアンといい。
うちの使用人達は結構いい性格をしているのかもしれない。

「じゃあ、そろそろ可愛い天使ちゃんを皆に見せに行こう。本当は誰も見ないように隠してしまいたいんだけどね」

ウインクしながらスッとお兄様が手を差し出して来る。
その手を取るとお兄様の人形のような整ったお顔に、邪気の一切ない木漏れ日のような笑顔が浮かんだ。
危ない、血縁じゃなかったら流れ弾で好きになっちゃうとこだったわ。
お兄様はこんなに美形なのにどうして攻略キャラじゃないんだろう?
悪役令嬢の兄なんてゲーム内では出て来なかったので、当然と言えば当然なのかしら?

「うん!」

わたくしは元気に答えると、父様とお兄様に挟まれてパーティー会場へ向かった。
しおりを挟む
感想 204

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

処理中です...