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我儘令嬢は前世を思い返す

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 ゆらり、ゆらり。

 纏わりつくように水が体を揺らす。
 水の中では息が出来ず呼吸が苦しいはずなのにそれよりももっと大事な事に気を取られているせいか、

 不思議と苦しくはなかった。



 前世のわたくし……『春原みこと』は日本という国の南に位置する離島と呼ばれる場所に住んでいた。
 島の住民は50人に満たない。
『限界集落』という今世では知らない言葉が脳裏を過った。
 その島で数少ない子供だった『わたし』は、本島にある高校と呼ばれる高等教育を受ける機関を卒業後、島で生きる事を選んだ。
 親の漁業を手伝いつつ、自分の畑の世話をする。
 魚と野菜はほぼ自給自足。
『わたし』はそんな生活を楽しんでいた。

『みこちゃんだったら大学にも行けるのに』
『こんな田舎の島に居てくれていいの? 都会に出る選択肢だってあるのよ?』

 島のご老人達や両親はそう言って『わたし』を案じてくれた。
 でも『わたし』はこの島で十分満足していた。

『大丈夫よ! am〇zonも届くし本島が近いからギリギリwifiも使えるし。毎日漁をしたり畑を育てたり、とっても楽しいわ! 何より島の人達と一緒に居たいの』

 今のわたくしと全く似ていない、黒髪黒目でアイボリー色の肌の『わたし』がトマトの収穫をしながら弾けるような笑顔でそう言う。
 黒髪はバッサリと切られていてまるで子ザルみたいだな、と他人事のように思う。
 そんな前世のわたくしの趣味は『乙女ゲーム』と呼ばれるものだった。

『あ~! ビアンカほんとムカつくわー!』

 綺麗とは言い難い物が多い部屋で『わたし』がテレビの画面の前でそう嘆く。
 わたくしは思わずその画面の前に釘付けになってしまった。

『王子の婚約者は私なの! 下がりなさい下民!』
『殺してやる!!! お前なんか死んでしまえ!!!!』

 大人の姿の、嫉妬に狂った醜いわたくしらしき女が、ブラウンの髪とピンクの瞳の可憐な令嬢にナイフを向ける1枚の絵。
 平面的な画像なのに、これがわたくしの未来なんだと素直にそう思えた……そして嫌悪感が肌を覆った。

(ああ……なんて醜い。イヤ、イヤよ。こんなわたくしにはなりたくない)



「イヤ!!!!!!」

 叫んで飛び起きると……見慣れた自室の天井が目に入った。
 体はふわり、とした柔らかい布団で包まれている。
 前世のA〇azonで適当に通販した煎餅布団とは大違いだな、とそんなどうでもいい事を最初に思った。

「……なんてことなの」

 息を整えながらわたくしは呟いた。
 先ほどまでは乖離していた前世の『わたし』と『わたくし』の記憶が、人格が、徐々に混ざり馴染んでいくのを感じる。

「わたくし、悪役令嬢に転生したのね」

 ここは乙女ゲーム、「胡蝶の恋~優しき蝶は溺愛される~」の世界……もしくは酷似した世界なんだろう。

「胡蝶の恋~優しき蝶は溺愛される~」の事を説明すると。
「胡蝶の恋~優しき蝶は溺愛される~」は中世に似た世界観の恋愛シミュレーションゲームである。
 ゲーム開始はヒロイン、『シュミナ・パピヨン』13歳の春。
 魔力を持つ貴族の子女が通う『ルミナティ魔法学園』(そう! この世界は魔法が使えるの!)にヒロインが入学し、4人の攻略対象と親交を深めていく……というありきたりと言えばありきたりのストーリーだ。
 貧乏貴族のヒロインは高位貴族達に馬鹿にされ虐められつつも折れない心と明るい笑顔で頑張る。
 そんな健気な主人公に攻略対象達は心を癒され惹かれていく……。
 わたくしはそんなヒロインと攻略対象の関係に嫉妬し、どのルートでもヒロインを虐めに虐め抜き命まで取ろうするのだ。我ながら怖い。

(そういえば前世のわたくし……どうして死んだのかな。あんなに健康そうだったのに)

 前世の自分が何故死んだのか、は記憶が欠落しており良く分からない。
 海で素潜り漁もよくしていた為、雲丹を捕りに行って波に飲まれたんじゃないか……というのが自分の中では最有力。
 なんて死に方だ。
 若い娘なのに水死体なんて1番見れたもんじゃない。
 前世の『わたし』のバカバカ!

 ネット小説の『悪役令嬢』ものを読み漁っていた前世知識では悪役令嬢に転生した主人公達は死亡フラグを折る為に奔走していたはず……。
 でもわたくしは婚約破棄をされても死ぬ予定は無い……少なくとも現在記憶が鮮明なフィリップ王子ルートでは。
 王子ルートではヒロインを刺そうとして妨害され、婚約破棄はされるのだが国の重鎮である父に配慮してか身分が低い男爵令嬢が被害者だからか国外追放で終わる。

(残りの3人のキャラってどんなんだっけなぁ……)

 頭を捻って思い起そうとするのだが前世の記憶が戻りたてだからか霞がかって薄らぼんやりとしている。
 死亡ルートが無いとも限らないので早急に思い出したいのだけど……。

「まぁ、思い出せないもんは仕方ないか」

 ぼりぼりと頭を掻く仕草が自然と出てしまう。
 言葉も少し荒くなっている気がするし……色々と前世の影響が出ていそうね……。
 1人称は変わっていないのに口調は粗雑になるなんて不自然にも程がある。
 お嬢様言葉はビアンカの記憶が覚えているから……人前ではちゃんと気を付けよう。

(ゲームの覚えている事だけでも紙に書き写そうかな)

 そう思いつつ紙とペンを取ろうと机に向かう為にベッドから下りた時。

「お嬢様……意識が戻ったのですね」

 珍しく酷く焦った顔と声音のマクシミリアンが部屋に入ってきた。
 そしてわたくしは思い出す。

(マクシミリアン・セルバンデス。攻略対象……そして前世の推しだわ……。12歳!! 推しのショタ時代だよ!!! なにこれ眼福!!!)

 脳内でファンファーレが鳴り天使が舞い踊る。

「やっべぇ」

 思わず小声でわたくしが呟くと、聞き取れなかったらしい(聞かれなくて良かった)マクシミリアンが首をこてりと傾げた。
 切れ長の目がぱちりと瞬き、さらりと黒く豊かな髪が揺れる。

(生推し可愛い! 生推しが首傾げてる!!!!)

 わたくしは鼻血を盛大に噴出し、また意識を飛ばした。
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