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我儘令嬢は前世の記憶に飲まれる
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七歳の誕生日も間近に近づいてきた頃。
わたくし、侯爵令嬢ビアンカ・シュラットは前世の記憶を思い出した。
それは父様から与えられた将来的にはわたくし専属執事になる予定の、執事見習いマクシミリアンと自邸の庭を散策している時の事だった。
記憶を思い出す前のわたくしはリーベッヘ王国の宰相である父と五つ上の兄が甘やかしすぎる事をいいことに我儘三昧の日々で。
「イヤですわ! どうして家庭教師ごときにわたくしの時間を与えなければなりませんの!」
その日も癇癪を起し自室の扉をぶち破る勢いで飛び出した。
癇癪の理由は何の事はなく、同じ年齢の子供に比べオツムの出来が悪かったわたくしは設問への理解が及ばず、さりとて『わからない』という一言をプライドが邪魔し口に出来ずにサボりを決め込んだ訳だ。
前世の記憶を思い出した今となっては雇われの上に身分的な問題で苦言を呈す訳にもいかず苦笑いするしかない家庭教師に、平身低頭謝る気持ちと羞恥の念しか湧いてこないがその頃のわたくしは自分の我儘は受け入れられて当然のものだと思っていた。
飛び出て行ったわたくしを追いかけるマクシミリアンが目の端に止まる。
マクシミリアンは黒髪黒目の涼やかな顔の美少年である。
わたくしより五つ年上。身元は男爵家の三男だと聞いている。
『お前はほんとに愚図ね』
『わたくしに相応しくない従者だわ』
日常的に浴びせられるそんなわたくしのいわれのない暴言にも眉の一つも動かさず仕えてくれていて……。
前世の記憶を思い出した後は自分自身の仕打ちに後悔しきりになってしまったのは言うまでもない。
家庭教師を罵倒し庭へと飛び出したわたくしは、何をするでもなく庭園を散策していた。
「あの家庭教師! わたくしを馬鹿にして!!!」
自分のオツムの出来が悪い事を完全に棚上げにして憤怒の念に駆られる。
マクシミリアンはそんなわたくしの側に何も言わず付き従っていた。
「あんな問題! わたくしが本気を出せば本当は解けるはずなんですわ!!!」
そんな出来もしない事を喚きつつ、わたくしは庭園にある泉にぽちゃりぽちゃりと石を投げこんでいた。
ふと、泉に映った自分の顔に目が行く。
月を溶かしたような美しい銀糸の髪。
そのかんばせは雪のように白く頬は桃色に色づき、猫のように吊り上がった湖面の色をした澄んだ瞳はどこまでも美しい。
我ながら絶世の美少女と断言しても遜色が無い。
(この顔……どこかで……)
いつも鏡で見ているはずだ。なのにこの違和感は何なのか。
ビアンカ・シュラット。
女性向け恋愛シミュレーションゲーム「胡蝶の恋~優しき蝶は溺愛される~」の悪役令嬢。
自分の婚約者であるフィリップ王子に近づく男爵令嬢に悋気を起こし令嬢の殺害を企てた為、国外追放の憂き目に遭う。
知らない、けれど知っている記憶が頭の中に雪崩れ込んで来る。
ここでは無い土地、ここよりも進んだ文化。その中で生活をしている『わたし』。
そして自分では知らない自分の未来。
(なにこれ、なんなの)
頭の奥がぐわんぐわんと痛み警報が鳴る。
「お嬢様!?」
異変に気付いたマクシミリアンが駆け寄るも一歩遅く。わたくしの体は泉に落ち、沈んでいった。
わたくし、侯爵令嬢ビアンカ・シュラットは前世の記憶を思い出した。
それは父様から与えられた将来的にはわたくし専属執事になる予定の、執事見習いマクシミリアンと自邸の庭を散策している時の事だった。
記憶を思い出す前のわたくしはリーベッヘ王国の宰相である父と五つ上の兄が甘やかしすぎる事をいいことに我儘三昧の日々で。
「イヤですわ! どうして家庭教師ごときにわたくしの時間を与えなければなりませんの!」
その日も癇癪を起し自室の扉をぶち破る勢いで飛び出した。
癇癪の理由は何の事はなく、同じ年齢の子供に比べオツムの出来が悪かったわたくしは設問への理解が及ばず、さりとて『わからない』という一言をプライドが邪魔し口に出来ずにサボりを決め込んだ訳だ。
前世の記憶を思い出した今となっては雇われの上に身分的な問題で苦言を呈す訳にもいかず苦笑いするしかない家庭教師に、平身低頭謝る気持ちと羞恥の念しか湧いてこないがその頃のわたくしは自分の我儘は受け入れられて当然のものだと思っていた。
飛び出て行ったわたくしを追いかけるマクシミリアンが目の端に止まる。
マクシミリアンは黒髪黒目の涼やかな顔の美少年である。
わたくしより五つ年上。身元は男爵家の三男だと聞いている。
『お前はほんとに愚図ね』
『わたくしに相応しくない従者だわ』
日常的に浴びせられるそんなわたくしのいわれのない暴言にも眉の一つも動かさず仕えてくれていて……。
前世の記憶を思い出した後は自分自身の仕打ちに後悔しきりになってしまったのは言うまでもない。
家庭教師を罵倒し庭へと飛び出したわたくしは、何をするでもなく庭園を散策していた。
「あの家庭教師! わたくしを馬鹿にして!!!」
自分のオツムの出来が悪い事を完全に棚上げにして憤怒の念に駆られる。
マクシミリアンはそんなわたくしの側に何も言わず付き従っていた。
「あんな問題! わたくしが本気を出せば本当は解けるはずなんですわ!!!」
そんな出来もしない事を喚きつつ、わたくしは庭園にある泉にぽちゃりぽちゃりと石を投げこんでいた。
ふと、泉に映った自分の顔に目が行く。
月を溶かしたような美しい銀糸の髪。
そのかんばせは雪のように白く頬は桃色に色づき、猫のように吊り上がった湖面の色をした澄んだ瞳はどこまでも美しい。
我ながら絶世の美少女と断言しても遜色が無い。
(この顔……どこかで……)
いつも鏡で見ているはずだ。なのにこの違和感は何なのか。
ビアンカ・シュラット。
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知らない、けれど知っている記憶が頭の中に雪崩れ込んで来る。
ここでは無い土地、ここよりも進んだ文化。その中で生活をしている『わたし』。
そして自分では知らない自分の未来。
(なにこれ、なんなの)
頭の奥がぐわんぐわんと痛み警報が鳴る。
「お嬢様!?」
異変に気付いたマクシミリアンが駆け寄るも一歩遅く。わたくしの体は泉に落ち、沈んでいった。
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