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本編
それは呪いのような恋2※
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顔にぽたぽたと生温い雫が当たる。重い瞼を無理やり開けると、視界に大泣きしている誠也の顔が飛び込んできた。ずっと泣いていたのだろうか。こんなに泣いていても容貌が崩れないなんて、本当にずるいと思う。
「誠也くん」
名前を呼ぶと、誠也は大きくしゃくりを上げる。私が寝かされているのはどこなのだろう。大学の医務室ではないようだけれど。
周囲を見回すと引っ越ししたばかりなのか、業者の名前が入った段ボールが積まれているのが目に入る。私が寝かされているベッドも、どうやら新品らしい。
……もしかしなくても、誠也の部屋なのだろうか。私たちの実家がある街は大学からは少し遠いから、物件を借りてもおかしくはない。
「ここは?」
「僕の部屋。医務室に連れて行ったけど、なかなか目を覚まさないから。タクシーを呼んで連れて帰った」
……その一連の流れは大学の人々に目撃されているのでは。いや、そもそも人前でキスをされたのか。
大学生活も地獄になりそうだと、私はため息をついた。
「今日は僕の部屋に泊めるって、ご両親には連絡してるから」
「……勝手なこと、しないで」
両親は、私と誠也が高校生の頃から付き合っていると思っている。
私がトロトロしているうちに、見るからに好青年で口がうまい誠也に外堀は言い訳できないくらいに埋められていたのだ。どうして誠也がここまで私に執着するのか、本当に理解できない。
「帰る」
私はベッドの下に置いてあるバッグへと手を伸ばす。その手は掴まれ、じっと見つめられた。昏い色の、黒の瞳に。
「帰さない」
体がベッドに沈み込む。見上げるとそこには誠也の端正な顔がある。
押し倒された……それを知覚するまでには、少しの時間がかかった。
「せい、ちゃ」
「好き、美咲ちゃん」
何度も唇が降ってくる。それは誠也の中にある熱を、私の中に流し込むような行為だと思った。
「大好き。子供の頃から美咲ちゃんが好きなんだ。大好き、愛してる。好きになって」
「いや、だよ」
嫌いだ、嫌いだ。
誠也が嫌い。私の平穏を乱す原因である、この男が。
いや、違う。
本当に嫌いなのは――私自身だ。
人より劣る容貌の私。
誠也の横で自信を持って立っていられない私。
『ふさわしくない』という言葉や視線に、耐えられない私。
ふさわしくないくせにまるで『呪い』にかけたかのように、誠也に『好き』だと言わせてしまう私の存在。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、嫌い。
最初は誠也の存在が、私にとって『呪い』のようなものだと思っていた。
だけど本当に呪われているのは誠也で、私が誠也の『呪い』なんだ。
だから離れたい。一緒にいたくない。
きらきらとした王子様には、きらきらしたお姫様と幸せになって欲しい。
醜く、心に歪みを抱えた私じゃなくて、可愛く優しい女の子と幸せになって欲しいと……そう思っているのに。
「わ、わたしは、せいちゃんの。お姫様にはなれない」
「……そう」
私の言葉を聞いた誠也の声が低くなる。大きな手が地味な紺色のカットソーに潜り込んで、荒々しく無駄に大きな胸を揉んだ。
「やだっ」
「僕はどうやっても美咲ちゃんを諦められないから、やめてなんてあげない。ご両親には同棲をはじめたって言って、この部屋に閉じ込めちゃおうか。それとも結婚の方がいいかな。大学を辞めてもらう理由にもなるし」
「せ、せいちゃ……いや。帰して」
「ダメ。今から美咲ちゃんの処女を奪うから」
「やだぁ!」
泣きながら懇願しても誠也の手は止まらない。いつもは優しい手が乱雑にカーディガンとカットソーを脱がせていく。それが悲しくて仕方がなかった。
「綺麗な、白い肌。ずっと触れたかった」
「綺麗じゃ、ない……」
「想像していたよりも、どこもかしこも柔らかいね。本当に可愛い」
「かわいく、ない」
誠也の言葉を、否定していく。
私のことを嫌いになってと、そんな願いを込めながら。
「嫌い、せいちゃん」
「ごめんね、好きなんだ。これだけは譲れない」
だけど、私の願いは届かない。
ブラを器用に外した誠也の手が、胸を包み込む。大きな手なのに胸を包むのには足りなくて、妙に白い色をした乳房が手のひらからはみ出ていた。
「乳輪は大きめなんだね。胸が大きいからかな。ああ、でもピンク色で可愛い。美咲ちゃんの体はすごくやらしいね」
「嫌、そんなことばかり言わないで……」
「お腹もぷにぷにしてる。柔らかい……大きなマシュマロみたい」
うっとりと脂肪を愛でられても嬉しくない。睨みつけても、誠也はいつものように嬉しそうに笑うだけだった。大きな体を押しのけたくても、大人と子供のような体格差だ。抵抗はすぐに封じ込まれてしまう。
誠也は私の体を体重で動けなくしながら、何度も啄むだけの口づけをする。その手はぐにぐにと少し痛いくらいの力で胸を揉み込んだ。
「誠ちゃん、痛いっ」
「ああ、ごめん。こんなに大きくても痛覚ってあるんだね。もっと優しくしないとな」
甘ったるい笑顔でそう言いながらも、誠也の手の力は強いままだ。
――ああ、怒ってるんだ。
ちっとも私の言うことはきいてくれないけれど、かける言葉や触れる手はいつも優しかったのに。私が怒らせたから、乱暴にされてしまうんだ。
誠也の口が大きく開いて、私の右胸にむしゃぶりついた。人に、胸を舐められている。そのショックに体は硬直してしまう。
舌全体を使うようにして、乳首や乳輪を舐められている。手はまだ胸を揉み込んでいるままで、時折左の乳首を乱暴な手つきで引っ張られた。
「いた、いたいよ……」
思わずぐすりと鼻を鳴らしながら泣き言を言うと、誠也はこちらにちらりと視線を向ける。そして頂を強く吸い上げてから、乳房から唇を離した。てらてらと胸が唾液で濡れていて、呼吸に合わせて上下する。その光景を見ているとなぜか腰のあたりがぞくりと震えた。
「優しくして欲しい?」
誠也はそう囁きながら、自分の下半身を押しつけた。硬く大きなものが私のお腹に密着する。こんなものを乱暴に挿れられたら、壊れてしまう。私は顔を青褪めさせた。
「や、優しくして」
相手はどうせ止める気がないのだ。だったら、優しくしてもらえた方がいいに決まっている。
「ふふ。美咲ちゃんに優しくしてって言われるの、すごくいいね。じゃあ『好き』って言って。『好きだから僕と付き合う』って。言ったら優しくしてあげる」
「……ッ」
誠也の言葉に、私は言葉を失った。
私が幼い頃に、封じてしまった『好き』というその言葉。
それを口にしてしまうと……溢れてしまうと思った。
誠也を憎むことを重しにしてずっと押さえつけていた気持ちが、表に出てきてしまう。歪んでしまって、あの頃のように綺麗なものじゃない私の気持ちが。
私は唇をきゅっと嚙みしめて、体の力を抜いた。
「美咲ちゃん?」
優しく頬を撫でられて、胸の奥がざわつく。そのざわめきを抑えようと、私は目を閉じた。
「乱暴でいい。そんなの言えない。だって私は、私は……」
「僕のお姫様じゃないから?」
誠也の問いに私は何度も首を縦に振る。
「僕はお姫様なんて欲しくない。ただの美咲ちゃんしか欲しくない。そのままの君が隣で笑ってくれれば、それでいいのに。小さくて、可愛くて、臆病で、僕のせいで少し捻くれた。そんな美咲ちゃんがいい。どうして、わかってくれないのかな?」
綺麗な瞳が潤んで、涙が零れた。その雫は私の頬を濡らしながら流れていく。
「……」
「美咲ちゃん」
誠也は、問いに答えを返さない私を抱きしめた。彼の体は温かくて、息を吸い込むと少し汗の匂いがする。抱きしめられていると少しずつ心の箍がゆるんでいく。気がつけば私は、誠也の腕の中で嗚咽を上げていた。
「……私じゃ、誠ちゃんが恥ずかしい思いをする。ブスないじめられっこじゃ、みっともなくて、誠ちゃんの彼女になんてなれないよ。だけど私は美人にも、強気な性格にもなれないから」
綺麗になろうと、努力をした時期もあったのだ。
だけどいつでも鏡に映るのは『少しマシ』になっただけの自分だった。綺麗な誠也の隣に立てるお姫様には程遠い。
「恥ずかしくない、美咲ちゃんがいい。いじめに関しては僕が原因なのに。ちゃんと守れなくて、ごめん」
原因はたしかに彼だった。だけど、いつも誠也は守ろうとしてくれた。高校の時のお迎えのように、それが逆効果になる時もあったけれど。それに気づいた時には泣きそうな顔で謝ってくれた。
大事にされている、愛されている。
それは少しどころではなく、重たくて執着じみたものだけれど。
「美咲ちゃん、泣かないで」
何度も額や頬に口づけが降ってくる。宥めるように優しい手が頭を撫で、そのキスと手に本音はぼろぼろと引きずり出されていく。
「私じゃ誠ちゃんに、なにもあげられないの」
「なにもいらないよ。美咲ちゃんの愛は欲しいけど、それ以外はなにもくれなくていい」
「誠ちゃんには、もっと似合う人がいる」
「そうだとしても。美咲ちゃん以外、僕はいらない」
「誠ちゃんに、幸せになって欲しい」
「美咲ちゃんとしか、幸せになれないよ」
ぐすぐすと鼻をすすりながら顔を上げると、そこには幸せそうな笑みを浮かべた誠也の顔があった。私は思わず、首を傾げる。誠也は、怒っていたんじゃなかったっけ。
「なんで、嬉しそうなの?」
「いや、愛されてるなぁって」
「そんなこと、一言も言ってない」
そう、直接的には言っていないのだけれど。
先ほどの自分の発言を思い返すと、私の気持ちは言ったも同然なのだ。
恥ずかしくなって誠也の胸にぐりぐりと顔を押しつけると、また優しく頭を撫でられた。
「僕たち両想いだよね。彼女になって?」
「……やだ」
「じゃあ、籍を入れようか」
「逃がすって選択肢はないんだ」
「それは、無理。美咲ちゃんが僕といてくれないなら、死んだほうがマシ」
誠也はそう言うと、強い力で抱きしめてくる。その腕からは確固とした『逃さない』という意思が伝わってきた。
……重い。
長い付き合いで薄々どころじゃなく知ってはいたけど、誠也はものすごく重い。
「僕の顔に近づく女が嫌なら、カッターで顔をズタズタにしてもいいよ。ああ、でもそれだと、美咲ちゃんにも嫌われるのかな。なんでもするから、彼氏が欲しいだなんて言わないで。僕を選んで」
「誠ちゃん!」
私はたまらず大きな声を上げた。誠也は、私が『やって』と言ったら迷わず、どんなことでもやってしまうだろう。
……私なんかの、ために。
「ごめん。美咲ちゃん。ごめんね、僕みたいなのが好きになって」
耳にかかる吐息が熱い。誠也の声は震えていて、彼も私のように自分ではどうしようもない感情を抱えているのだと。そんなことが察せられた。
「――逃げられないんだ」
私のつぶやきを聞いた誠也が不安そうな顔でこちらを見つめる。その頬を手を伸ばしてゆるゆると撫でた。
「じゃあ、仕方ないね」
綺麗な、私なんかに囚われている可愛そうな男の子。
彼からどうやっても逃げられないのなら。捕まってしまった方が楽なのかもしれない。
「美咲ちゃん」
誠也は胸に再び指を沈める。私にとってはコンプレックスでしかない体。だけど彼は幸せそうに触る。
「……乱暴にする?」
「しない、ごめん」
眉尻を下げて悲しそうな顔をする誠也に、私は笑ってみせた。
「誠也くん」
名前を呼ぶと、誠也は大きくしゃくりを上げる。私が寝かされているのはどこなのだろう。大学の医務室ではないようだけれど。
周囲を見回すと引っ越ししたばかりなのか、業者の名前が入った段ボールが積まれているのが目に入る。私が寝かされているベッドも、どうやら新品らしい。
……もしかしなくても、誠也の部屋なのだろうか。私たちの実家がある街は大学からは少し遠いから、物件を借りてもおかしくはない。
「ここは?」
「僕の部屋。医務室に連れて行ったけど、なかなか目を覚まさないから。タクシーを呼んで連れて帰った」
……その一連の流れは大学の人々に目撃されているのでは。いや、そもそも人前でキスをされたのか。
大学生活も地獄になりそうだと、私はため息をついた。
「今日は僕の部屋に泊めるって、ご両親には連絡してるから」
「……勝手なこと、しないで」
両親は、私と誠也が高校生の頃から付き合っていると思っている。
私がトロトロしているうちに、見るからに好青年で口がうまい誠也に外堀は言い訳できないくらいに埋められていたのだ。どうして誠也がここまで私に執着するのか、本当に理解できない。
「帰る」
私はベッドの下に置いてあるバッグへと手を伸ばす。その手は掴まれ、じっと見つめられた。昏い色の、黒の瞳に。
「帰さない」
体がベッドに沈み込む。見上げるとそこには誠也の端正な顔がある。
押し倒された……それを知覚するまでには、少しの時間がかかった。
「せい、ちゃ」
「好き、美咲ちゃん」
何度も唇が降ってくる。それは誠也の中にある熱を、私の中に流し込むような行為だと思った。
「大好き。子供の頃から美咲ちゃんが好きなんだ。大好き、愛してる。好きになって」
「いや、だよ」
嫌いだ、嫌いだ。
誠也が嫌い。私の平穏を乱す原因である、この男が。
いや、違う。
本当に嫌いなのは――私自身だ。
人より劣る容貌の私。
誠也の横で自信を持って立っていられない私。
『ふさわしくない』という言葉や視線に、耐えられない私。
ふさわしくないくせにまるで『呪い』にかけたかのように、誠也に『好き』だと言わせてしまう私の存在。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、嫌い。
最初は誠也の存在が、私にとって『呪い』のようなものだと思っていた。
だけど本当に呪われているのは誠也で、私が誠也の『呪い』なんだ。
だから離れたい。一緒にいたくない。
きらきらとした王子様には、きらきらしたお姫様と幸せになって欲しい。
醜く、心に歪みを抱えた私じゃなくて、可愛く優しい女の子と幸せになって欲しいと……そう思っているのに。
「わ、わたしは、せいちゃんの。お姫様にはなれない」
「……そう」
私の言葉を聞いた誠也の声が低くなる。大きな手が地味な紺色のカットソーに潜り込んで、荒々しく無駄に大きな胸を揉んだ。
「やだっ」
「僕はどうやっても美咲ちゃんを諦められないから、やめてなんてあげない。ご両親には同棲をはじめたって言って、この部屋に閉じ込めちゃおうか。それとも結婚の方がいいかな。大学を辞めてもらう理由にもなるし」
「せ、せいちゃ……いや。帰して」
「ダメ。今から美咲ちゃんの処女を奪うから」
「やだぁ!」
泣きながら懇願しても誠也の手は止まらない。いつもは優しい手が乱雑にカーディガンとカットソーを脱がせていく。それが悲しくて仕方がなかった。
「綺麗な、白い肌。ずっと触れたかった」
「綺麗じゃ、ない……」
「想像していたよりも、どこもかしこも柔らかいね。本当に可愛い」
「かわいく、ない」
誠也の言葉を、否定していく。
私のことを嫌いになってと、そんな願いを込めながら。
「嫌い、せいちゃん」
「ごめんね、好きなんだ。これだけは譲れない」
だけど、私の願いは届かない。
ブラを器用に外した誠也の手が、胸を包み込む。大きな手なのに胸を包むのには足りなくて、妙に白い色をした乳房が手のひらからはみ出ていた。
「乳輪は大きめなんだね。胸が大きいからかな。ああ、でもピンク色で可愛い。美咲ちゃんの体はすごくやらしいね」
「嫌、そんなことばかり言わないで……」
「お腹もぷにぷにしてる。柔らかい……大きなマシュマロみたい」
うっとりと脂肪を愛でられても嬉しくない。睨みつけても、誠也はいつものように嬉しそうに笑うだけだった。大きな体を押しのけたくても、大人と子供のような体格差だ。抵抗はすぐに封じ込まれてしまう。
誠也は私の体を体重で動けなくしながら、何度も啄むだけの口づけをする。その手はぐにぐにと少し痛いくらいの力で胸を揉み込んだ。
「誠ちゃん、痛いっ」
「ああ、ごめん。こんなに大きくても痛覚ってあるんだね。もっと優しくしないとな」
甘ったるい笑顔でそう言いながらも、誠也の手の力は強いままだ。
――ああ、怒ってるんだ。
ちっとも私の言うことはきいてくれないけれど、かける言葉や触れる手はいつも優しかったのに。私が怒らせたから、乱暴にされてしまうんだ。
誠也の口が大きく開いて、私の右胸にむしゃぶりついた。人に、胸を舐められている。そのショックに体は硬直してしまう。
舌全体を使うようにして、乳首や乳輪を舐められている。手はまだ胸を揉み込んでいるままで、時折左の乳首を乱暴な手つきで引っ張られた。
「いた、いたいよ……」
思わずぐすりと鼻を鳴らしながら泣き言を言うと、誠也はこちらにちらりと視線を向ける。そして頂を強く吸い上げてから、乳房から唇を離した。てらてらと胸が唾液で濡れていて、呼吸に合わせて上下する。その光景を見ているとなぜか腰のあたりがぞくりと震えた。
「優しくして欲しい?」
誠也はそう囁きながら、自分の下半身を押しつけた。硬く大きなものが私のお腹に密着する。こんなものを乱暴に挿れられたら、壊れてしまう。私は顔を青褪めさせた。
「や、優しくして」
相手はどうせ止める気がないのだ。だったら、優しくしてもらえた方がいいに決まっている。
「ふふ。美咲ちゃんに優しくしてって言われるの、すごくいいね。じゃあ『好き』って言って。『好きだから僕と付き合う』って。言ったら優しくしてあげる」
「……ッ」
誠也の言葉に、私は言葉を失った。
私が幼い頃に、封じてしまった『好き』というその言葉。
それを口にしてしまうと……溢れてしまうと思った。
誠也を憎むことを重しにしてずっと押さえつけていた気持ちが、表に出てきてしまう。歪んでしまって、あの頃のように綺麗なものじゃない私の気持ちが。
私は唇をきゅっと嚙みしめて、体の力を抜いた。
「美咲ちゃん?」
優しく頬を撫でられて、胸の奥がざわつく。そのざわめきを抑えようと、私は目を閉じた。
「乱暴でいい。そんなの言えない。だって私は、私は……」
「僕のお姫様じゃないから?」
誠也の問いに私は何度も首を縦に振る。
「僕はお姫様なんて欲しくない。ただの美咲ちゃんしか欲しくない。そのままの君が隣で笑ってくれれば、それでいいのに。小さくて、可愛くて、臆病で、僕のせいで少し捻くれた。そんな美咲ちゃんがいい。どうして、わかってくれないのかな?」
綺麗な瞳が潤んで、涙が零れた。その雫は私の頬を濡らしながら流れていく。
「……」
「美咲ちゃん」
誠也は、問いに答えを返さない私を抱きしめた。彼の体は温かくて、息を吸い込むと少し汗の匂いがする。抱きしめられていると少しずつ心の箍がゆるんでいく。気がつけば私は、誠也の腕の中で嗚咽を上げていた。
「……私じゃ、誠ちゃんが恥ずかしい思いをする。ブスないじめられっこじゃ、みっともなくて、誠ちゃんの彼女になんてなれないよ。だけど私は美人にも、強気な性格にもなれないから」
綺麗になろうと、努力をした時期もあったのだ。
だけどいつでも鏡に映るのは『少しマシ』になっただけの自分だった。綺麗な誠也の隣に立てるお姫様には程遠い。
「恥ずかしくない、美咲ちゃんがいい。いじめに関しては僕が原因なのに。ちゃんと守れなくて、ごめん」
原因はたしかに彼だった。だけど、いつも誠也は守ろうとしてくれた。高校の時のお迎えのように、それが逆効果になる時もあったけれど。それに気づいた時には泣きそうな顔で謝ってくれた。
大事にされている、愛されている。
それは少しどころではなく、重たくて執着じみたものだけれど。
「美咲ちゃん、泣かないで」
何度も額や頬に口づけが降ってくる。宥めるように優しい手が頭を撫で、そのキスと手に本音はぼろぼろと引きずり出されていく。
「私じゃ誠ちゃんに、なにもあげられないの」
「なにもいらないよ。美咲ちゃんの愛は欲しいけど、それ以外はなにもくれなくていい」
「誠ちゃんには、もっと似合う人がいる」
「そうだとしても。美咲ちゃん以外、僕はいらない」
「誠ちゃんに、幸せになって欲しい」
「美咲ちゃんとしか、幸せになれないよ」
ぐすぐすと鼻をすすりながら顔を上げると、そこには幸せそうな笑みを浮かべた誠也の顔があった。私は思わず、首を傾げる。誠也は、怒っていたんじゃなかったっけ。
「なんで、嬉しそうなの?」
「いや、愛されてるなぁって」
「そんなこと、一言も言ってない」
そう、直接的には言っていないのだけれど。
先ほどの自分の発言を思い返すと、私の気持ちは言ったも同然なのだ。
恥ずかしくなって誠也の胸にぐりぐりと顔を押しつけると、また優しく頭を撫でられた。
「僕たち両想いだよね。彼女になって?」
「……やだ」
「じゃあ、籍を入れようか」
「逃がすって選択肢はないんだ」
「それは、無理。美咲ちゃんが僕といてくれないなら、死んだほうがマシ」
誠也はそう言うと、強い力で抱きしめてくる。その腕からは確固とした『逃さない』という意思が伝わってきた。
……重い。
長い付き合いで薄々どころじゃなく知ってはいたけど、誠也はものすごく重い。
「僕の顔に近づく女が嫌なら、カッターで顔をズタズタにしてもいいよ。ああ、でもそれだと、美咲ちゃんにも嫌われるのかな。なんでもするから、彼氏が欲しいだなんて言わないで。僕を選んで」
「誠ちゃん!」
私はたまらず大きな声を上げた。誠也は、私が『やって』と言ったら迷わず、どんなことでもやってしまうだろう。
……私なんかの、ために。
「ごめん。美咲ちゃん。ごめんね、僕みたいなのが好きになって」
耳にかかる吐息が熱い。誠也の声は震えていて、彼も私のように自分ではどうしようもない感情を抱えているのだと。そんなことが察せられた。
「――逃げられないんだ」
私のつぶやきを聞いた誠也が不安そうな顔でこちらを見つめる。その頬を手を伸ばしてゆるゆると撫でた。
「じゃあ、仕方ないね」
綺麗な、私なんかに囚われている可愛そうな男の子。
彼からどうやっても逃げられないのなら。捕まってしまった方が楽なのかもしれない。
「美咲ちゃん」
誠也は胸に再び指を沈める。私にとってはコンプレックスでしかない体。だけど彼は幸せそうに触る。
「……乱暴にする?」
「しない、ごめん」
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