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番外編
秋川芹那は転移者である
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私、秋川芹那は転移者である。
――まぁ、今はそれはどうでもいい。
街に転がって死を待つ私には、どうでもいいのだ。
コンビニに行こうとスニーカーを履いて外に出た瞬間、私は見覚えのない場所にいた。
周囲は明らかに日本じゃない景色で、獣の耳やら尻尾が生えた人達が沢山歩いている。
(へぇ、これが噂の異世界転移ってやつか。……ラノベみたいだな。イケメンと知り合って恋愛する、みたいな展開が待ってるのかな。それとも世界を救う?)
そこそこにオタクである私は、まずそんなことを考えた。
もっと驚けよ、という感じなのだがもともと感情が激しく動くタイプではないので、割と冷静でいられたのかもしれない。
親や友達と離れ離れになった、とか。色々なことが後からじわじわ悲しくなるんだろうけど。
日本という平和な国から私が転移した場所は、獣人達が住むライラックという国だった。
その辺りを歩いている獣人さんに声をかけて得た情報だ。
異世界転移のお約束に違わず、言葉はちゃんと通じて内心ホッとした。
「ステータス、オープン」
これも定番だよね、と思ってそう呟くと自分のステータスが脳内に思い浮かんだ。……やっぱり出来るんだ。
使える魔法やらが色々書いてあるけれど、今は意味がわからない部分も多いから……冒険者ギルドとかに行って聞けばいいのかな。
どうすればギルドを見つけられるのかな、なんて思いつつ獣人達が闊歩する街を歩いていると。
突然、背後から人がぶつかった。
チクリという感触を最初に感じ、それはどんどん痛みや濡れた感触に変わっていく。
あれ、もしかして私…………刺されたのかな。
「人間ごときが」
私を刺したらしき人物は、そんな言葉を私に吐きかけた。
……ああ、そうか。人間嫌いの獣人、みたいなのも定番だものね。
私は転移したてで死んじゃうのか。
なんのためにこの世界に来たんだろう。そもそも意味なんてなかったのかな。
道に倒れこんで、そんなことを考える。
周囲で人々が騒ぐ気配がどんどん増していく。
血がじわじわと私の背中を濡らし、意識が遠のいて、指先が冷たくなるのを感じた。
その時、私の上に小さな影が差した。
「ねぇ、君。生きたいですか?」
かけられた声は幼い少年のもののように聞こえた。
そちらに目をやる気力もなく喋る余力もない私は、その言葉に必死で小さく頷いた。
目を開けると自宅の天井の色に似た白い天井が目に入って、一瞬『あれ、全部夢だったのかな』なんてぼんやりとした頭で考えた。
異世界転移の夢を見るとかほんとにラノベの読みすぎだなぁ、なんて思いながら視線を少し横に動かすと天井には小さなシャンデリアのようなものが掛かっていてここが自宅じゃないことにようやく気づく。
なんだか重くてだるい体を起こそうとすると背中の辺りに少し違和感があって、『ああ、あれは現実だったんだ』と改めて思った。
「まだ起きちゃダメですよ。人間の医者に魔法で傷は塞いでもらったけど、失った血が戻るわけじゃないんだから」
いつの間にか、ベッドの横に13、4歳に見える少年が立っていた。
くるりと、ところどころカールした栗色の髪。奇麗な色の……だけど、どこか底知れない暗さを湛える茶色の目。健康的に焼けた肌に、ほんのりピンク色の唇。
顔立ちは整っているけれど、気さくさを感じさせるというかどこか愛嬌があり親しみやすい。
そして頭には、茶色の可愛いうさぎの耳。
「……貴方は……?」
訊ねた声は随分と掠れていて、驚いてしまう。もしかすると結構長い間寝ていたのかもしれない。
「僕はフェルズ。ただの可愛いうさぎさん」
そう言いながらフェルズという少年は長い耳をゆらりと揺らした。
「君はだぁれ? 可愛い異界の子」
異界の子、と私と呼ぶということはこの人は私が転移者であると気づいているのだ。
「せり……ね……」
声が掠れ、上手く芹那と言えない。もどかしさに眉を顰めると、フェルズの小さくて柔らかい手が優しく頭をなでてくれた。
「今はまだ、疲れているようですね。おやすみセリーネ。起きたらまた君の話を聞こう? その前に……」
彼はサイドテーブルに置いた水差しを取ると、コップに水を注ぎ少し考えこんだ。
「ごめんね。飲みづらいだろうから、こうさせて」
そう言うと彼は水を口に含み、私の頬に優しく片手を添えるとそっと唇を合わせた。
「――!!」
水を飲ませてくれようとしている、そんな彼の意図は分かっているのだ。
その証拠に私の張り付いた喉を潤すように彼の唇から水が少しずつ注がれていく。
だけど、だけど。こういう接触には、慣れていないのだ。
「ふふ、お顔が真っ赤」
私に水を飲ませたフェルズは、どこか妖艶に見える仕草で唇をぺろりと舐めると水で濡れた私の唇を指で拭き取った。
「あ……あ……」
「お休みなさい。可愛いセリーネ」
そう言うとフェルズは眠りに誘うように私の髪を何度も梳いて、私はその心地よさにまんまと眠りについたのだった。
……これが、私とフェルズ様の出会い。
――まぁ、今はそれはどうでもいい。
街に転がって死を待つ私には、どうでもいいのだ。
コンビニに行こうとスニーカーを履いて外に出た瞬間、私は見覚えのない場所にいた。
周囲は明らかに日本じゃない景色で、獣の耳やら尻尾が生えた人達が沢山歩いている。
(へぇ、これが噂の異世界転移ってやつか。……ラノベみたいだな。イケメンと知り合って恋愛する、みたいな展開が待ってるのかな。それとも世界を救う?)
そこそこにオタクである私は、まずそんなことを考えた。
もっと驚けよ、という感じなのだがもともと感情が激しく動くタイプではないので、割と冷静でいられたのかもしれない。
親や友達と離れ離れになった、とか。色々なことが後からじわじわ悲しくなるんだろうけど。
日本という平和な国から私が転移した場所は、獣人達が住むライラックという国だった。
その辺りを歩いている獣人さんに声をかけて得た情報だ。
異世界転移のお約束に違わず、言葉はちゃんと通じて内心ホッとした。
「ステータス、オープン」
これも定番だよね、と思ってそう呟くと自分のステータスが脳内に思い浮かんだ。……やっぱり出来るんだ。
使える魔法やらが色々書いてあるけれど、今は意味がわからない部分も多いから……冒険者ギルドとかに行って聞けばいいのかな。
どうすればギルドを見つけられるのかな、なんて思いつつ獣人達が闊歩する街を歩いていると。
突然、背後から人がぶつかった。
チクリという感触を最初に感じ、それはどんどん痛みや濡れた感触に変わっていく。
あれ、もしかして私…………刺されたのかな。
「人間ごときが」
私を刺したらしき人物は、そんな言葉を私に吐きかけた。
……ああ、そうか。人間嫌いの獣人、みたいなのも定番だものね。
私は転移したてで死んじゃうのか。
なんのためにこの世界に来たんだろう。そもそも意味なんてなかったのかな。
道に倒れこんで、そんなことを考える。
周囲で人々が騒ぐ気配がどんどん増していく。
血がじわじわと私の背中を濡らし、意識が遠のいて、指先が冷たくなるのを感じた。
その時、私の上に小さな影が差した。
「ねぇ、君。生きたいですか?」
かけられた声は幼い少年のもののように聞こえた。
そちらに目をやる気力もなく喋る余力もない私は、その言葉に必死で小さく頷いた。
目を開けると自宅の天井の色に似た白い天井が目に入って、一瞬『あれ、全部夢だったのかな』なんてぼんやりとした頭で考えた。
異世界転移の夢を見るとかほんとにラノベの読みすぎだなぁ、なんて思いながら視線を少し横に動かすと天井には小さなシャンデリアのようなものが掛かっていてここが自宅じゃないことにようやく気づく。
なんだか重くてだるい体を起こそうとすると背中の辺りに少し違和感があって、『ああ、あれは現実だったんだ』と改めて思った。
「まだ起きちゃダメですよ。人間の医者に魔法で傷は塞いでもらったけど、失った血が戻るわけじゃないんだから」
いつの間にか、ベッドの横に13、4歳に見える少年が立っていた。
くるりと、ところどころカールした栗色の髪。奇麗な色の……だけど、どこか底知れない暗さを湛える茶色の目。健康的に焼けた肌に、ほんのりピンク色の唇。
顔立ちは整っているけれど、気さくさを感じさせるというかどこか愛嬌があり親しみやすい。
そして頭には、茶色の可愛いうさぎの耳。
「……貴方は……?」
訊ねた声は随分と掠れていて、驚いてしまう。もしかすると結構長い間寝ていたのかもしれない。
「僕はフェルズ。ただの可愛いうさぎさん」
そう言いながらフェルズという少年は長い耳をゆらりと揺らした。
「君はだぁれ? 可愛い異界の子」
異界の子、と私と呼ぶということはこの人は私が転移者であると気づいているのだ。
「せり……ね……」
声が掠れ、上手く芹那と言えない。もどかしさに眉を顰めると、フェルズの小さくて柔らかい手が優しく頭をなでてくれた。
「今はまだ、疲れているようですね。おやすみセリーネ。起きたらまた君の話を聞こう? その前に……」
彼はサイドテーブルに置いた水差しを取ると、コップに水を注ぎ少し考えこんだ。
「ごめんね。飲みづらいだろうから、こうさせて」
そう言うと彼は水を口に含み、私の頬に優しく片手を添えるとそっと唇を合わせた。
「――!!」
水を飲ませてくれようとしている、そんな彼の意図は分かっているのだ。
その証拠に私の張り付いた喉を潤すように彼の唇から水が少しずつ注がれていく。
だけど、だけど。こういう接触には、慣れていないのだ。
「ふふ、お顔が真っ赤」
私に水を飲ませたフェルズは、どこか妖艶に見える仕草で唇をぺろりと舐めると水で濡れた私の唇を指で拭き取った。
「あ……あ……」
「お休みなさい。可愛いセリーネ」
そう言うとフェルズは眠りに誘うように私の髪を何度も梳いて、私はその心地よさにまんまと眠りについたのだった。
……これが、私とフェルズ様の出会い。
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