12 / 16
御曹司は懊悩する(栗生視点)
3
しおりを挟む
「仕事をきっちり終わらせて定時にびゅんっ! って帰るって、総務課の子が言ってたよ。急いで帰る理由でもあるのかね。ペットがいるとか。彼氏……はなさそうだし」
「ふーん、そうなんだ」
「……透君」
「なに?」
「透君が女の子にそんなふうに興味を持つの……はじめて見た」
蓮司はそんなことを言うとへらりと笑う。その言葉に、僕は目を瞠った。
「歴代彼女に対して、優しい顔をしつつも興味は持たなかったでしょう?」
「……そうだった、かな」
「うん、そうだよ。だからいつも振られるんだ。女の子ってそういう機微に敏感だからね」
けたけたと笑いながら言われて、僕は苦笑してしまう。
蓮司の言う通り、今まで付き合った女性たちに心の底からの興味を抱いたことは一度もなかったかもしれない。
『仕事とどっちが大事』なんて訊かれれば即座に仕事と答えられたし、つまらないことで嫉妬をされ泣きつかれてもどうでもいいと思っていた。
女の子は可愛いと思う。当然、性欲も抱ける。
けれど『愛情』がそこにあるかと問われれば、首を傾げざるを得なかったのだ。
「相手が大野ちゃんなのが意外だけど」
「そういう興味を、彼女に持ったわけじゃないよ」
にやけた笑いを浮かべる蓮司に、そっけなく言ってやる。
――そう、別に。彼女に興味なんて。ない、はずだ。
*
『大野さん』と接触してから、数日が経った。
用事があって総務課へ顔を出した僕は、『誰か』を探すみたいに周囲を見回してしまう。
しかし、その『誰か』を見つける前に――
「栗生部長、なにか御用ですか? 総務にいらっしゃるなんてめずらしいですね」
なんだか甘ったるい声をかけられた。声の主に目を向けると――いかにも『自分に自信があります』というオーラを放つ女子社員が、すぐ側に立っている。髪は綺麗にセットされ、オフィスカジュアルのコーディネートも流行りを押さえた完璧なものだ。
たしか……橋本さんだったかな。
蓮司が『好みだ』とかなんとか騒いでいたような気がする。たしかに、顔立ちは芸能人のように整ってるな。自信がありげなのも、納得できる外見だ。
目が合うと、橋本さんは嬉しそうに笑う。僕も愛想笑いを返しながら、用件を口にした。
「会議の資料制作をお願いしたいんだけど、口頭で説明したいことがあったから顔を出したんだ」
「そうなんですね! 部長にお会いできるなんて、今日は運がいいなぁ」
「そんなことを思ってもらえるなんて、光栄だね」
橋本さんと会話をしつつも、周囲にちらりと目を走らせる。
すると――『大野さん』の姿が目に入った。
なにかの作業が一段落ついたところらしく、彼女はうんと大きな伸びをしていた。伸びの後には大あくびをすると、眠たそうに目をごしごしと擦る。そして飴を口に放り込んで、珈琲を一口飲んでから、パソコンに向き合った。
僕がフロアに来た瞬間。女子社員たちは一様に浮ついた雰囲気を醸し出した。……たぶん、自惚れではなくて。
しかし大野さんは僕の存在になんて一切の注意を払わず、野良猫みたいに気ままな所作を見せている。
彼女から目が離せず、そんな自分自身に僕は戸惑いを覚えた。
「……彼女に頼もうかな」
「え? わ、私がやりますけど!」
橋本さんの声を無視して、大野さんの元へと向かう。
気配に気づいた大野さんは、こちらを見ると怪訝な顔をした。
――ああ、やっと見てくれた。
目が合った瞬間、そんな気持ちが胸に満ちる。
僕は……本当にどうしてしまったのだろう。
「えっと、なにか御用でしょうか」
向けられる声は、事務的で硬質なものだ。
にこりと微笑みかけてみても笑みが返ってくることはなく、眉間にきゅっと皺を寄せられてしまった。……明らかに、迷惑がってるな。
――どうしたら、彼女は笑ってくれるのかな。
愛想笑いを引き出すのは、簡単かもしれないけれど。
……そうじゃなくて、彼女の心からの笑顔が見てみたい。
そんなことを考えながらじっと見ていると、大野さんは眉間にさらに深い皺を寄せた。
「ふーん、そうなんだ」
「……透君」
「なに?」
「透君が女の子にそんなふうに興味を持つの……はじめて見た」
蓮司はそんなことを言うとへらりと笑う。その言葉に、僕は目を瞠った。
「歴代彼女に対して、優しい顔をしつつも興味は持たなかったでしょう?」
「……そうだった、かな」
「うん、そうだよ。だからいつも振られるんだ。女の子ってそういう機微に敏感だからね」
けたけたと笑いながら言われて、僕は苦笑してしまう。
蓮司の言う通り、今まで付き合った女性たちに心の底からの興味を抱いたことは一度もなかったかもしれない。
『仕事とどっちが大事』なんて訊かれれば即座に仕事と答えられたし、つまらないことで嫉妬をされ泣きつかれてもどうでもいいと思っていた。
女の子は可愛いと思う。当然、性欲も抱ける。
けれど『愛情』がそこにあるかと問われれば、首を傾げざるを得なかったのだ。
「相手が大野ちゃんなのが意外だけど」
「そういう興味を、彼女に持ったわけじゃないよ」
にやけた笑いを浮かべる蓮司に、そっけなく言ってやる。
――そう、別に。彼女に興味なんて。ない、はずだ。
*
『大野さん』と接触してから、数日が経った。
用事があって総務課へ顔を出した僕は、『誰か』を探すみたいに周囲を見回してしまう。
しかし、その『誰か』を見つける前に――
「栗生部長、なにか御用ですか? 総務にいらっしゃるなんてめずらしいですね」
なんだか甘ったるい声をかけられた。声の主に目を向けると――いかにも『自分に自信があります』というオーラを放つ女子社員が、すぐ側に立っている。髪は綺麗にセットされ、オフィスカジュアルのコーディネートも流行りを押さえた完璧なものだ。
たしか……橋本さんだったかな。
蓮司が『好みだ』とかなんとか騒いでいたような気がする。たしかに、顔立ちは芸能人のように整ってるな。自信がありげなのも、納得できる外見だ。
目が合うと、橋本さんは嬉しそうに笑う。僕も愛想笑いを返しながら、用件を口にした。
「会議の資料制作をお願いしたいんだけど、口頭で説明したいことがあったから顔を出したんだ」
「そうなんですね! 部長にお会いできるなんて、今日は運がいいなぁ」
「そんなことを思ってもらえるなんて、光栄だね」
橋本さんと会話をしつつも、周囲にちらりと目を走らせる。
すると――『大野さん』の姿が目に入った。
なにかの作業が一段落ついたところらしく、彼女はうんと大きな伸びをしていた。伸びの後には大あくびをすると、眠たそうに目をごしごしと擦る。そして飴を口に放り込んで、珈琲を一口飲んでから、パソコンに向き合った。
僕がフロアに来た瞬間。女子社員たちは一様に浮ついた雰囲気を醸し出した。……たぶん、自惚れではなくて。
しかし大野さんは僕の存在になんて一切の注意を払わず、野良猫みたいに気ままな所作を見せている。
彼女から目が離せず、そんな自分自身に僕は戸惑いを覚えた。
「……彼女に頼もうかな」
「え? わ、私がやりますけど!」
橋本さんの声を無視して、大野さんの元へと向かう。
気配に気づいた大野さんは、こちらを見ると怪訝な顔をした。
――ああ、やっと見てくれた。
目が合った瞬間、そんな気持ちが胸に満ちる。
僕は……本当にどうしてしまったのだろう。
「えっと、なにか御用でしょうか」
向けられる声は、事務的で硬質なものだ。
にこりと微笑みかけてみても笑みが返ってくることはなく、眉間にきゅっと皺を寄せられてしまった。……明らかに、迷惑がってるな。
――どうしたら、彼女は笑ってくれるのかな。
愛想笑いを引き出すのは、簡単かもしれないけれど。
……そうじゃなくて、彼女の心からの笑顔が見てみたい。
そんなことを考えながらじっと見ていると、大野さんは眉間にさらに深い皺を寄せた。
13
お気に入りに追加
1,067
あなたにおすすめの小説
彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した
Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?
すず。
恋愛
体調を崩してしまった私
社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね)
診察室にいた医師は2つ年上の
幼馴染だった!?
診察室に居た医師(鈴音と幼馴染)
内科医 28歳 桐生慶太(けいた)
※お話に出てくるものは全て空想です
現実世界とは何も関係ないです
※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。
白霧雪。
恋愛
王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる