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御曹司とオタクと婚姻届
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「ど、どこまで調べたんですか!」
冷や汗を垂らしながら、踵を返してテーブルへと戻る。私が着席すると同時に、図ったようなタイミングでメイン料理が運ばれてきた。ラム肉のスペアリブ? わぁ、これも美味しそう! ……だけどそれどころじゃない!
調べられたといっても、借金があるかとか、犯罪を犯してないかとか、家族構成とか、そういう『常識』の範囲のことかと思っていた。しかしそれ以上のことを、この男は調べているらしい。
「僕の調べられる範囲のことは、ぜんぶ調べたよ」
「訴えますよ! ストーカー規制法によって豚箱に入れ!」
「訴えられるようなヘマなんて……してると思う?」
にっこりと笑う栗生さんのご尊顔は、腹が立つくらいに美しい。
……そうだよね。このひとは御曹司なんだから、いろいろとやりようがあるんだろう。
面倒な男に関わってしまったというか、関わられてしまったというか……
「ほら、料理が冷めてしまうから食べよう」
栗生さんはなに食わぬ顔で言うと、流麗な仕草で骨から肉を切り離す。私も不貞腐れた顔をしながら、不器用な手つきでラム肉にフォークを入れた。再度テーブルについたからには食べないと損だ。
肉は柔らかく、フォークの先を入れただけでほろりと解ける。口に入れると癖のない子羊の肉から旨味がじわりと滲み出て、その美味しさについ頬が緩みそうになる。私は慌ててそれを引き締めた。
「美也ちゃんは労働をせずに引きこもって、潤沢な資金でオタ活? とやらをするのが夢なんでしょう。僕なら、それを叶えられるよ」
そう言うと、栗生さんは美しい笑みをこちらに向けた。
『私の夢をなぜ知っているんだ!』なんてことは、もう訊く気すら起きない。親しい友人に訊いたらすぐにわかることだし。それだけ、日常的に口にしていることなのだ。
正直なところ……『潤沢な資金ありきでの引きこもりオタク生活』は魅力的である。栗生さんがついてこなければ、なおいいんだけどな。
「君が好きな舞台のチケットも必ず取ってあげられるよ。食べ物の擬人化ゲーム? だっけ。君がたくさん課金してるやつのとか」
……課金状況まで把握されてるなんて、どうなってるんだ一体。
『今世食語り』は今一番はまり込んでいるスマホゲーだ。私の推しはラタトゥイユ様。赤い髪に緑の目が特徴の、太陽のように明るい性格の癒やし系男子である。声もとてもいいんだよねぇ。
それは置いておいて。
いつも壮絶な争奪戦になるチケットが必ず手に入るなんて、正直心がぐらぐらと左右に大揺れしている。
引きこもって……課金し放題、本も買い放題、チケット取り放題、なんて。本当にそんな美味い話があるの? いや。美味い話には、絶対に罠があるはずだ。
それに夫婦になるってことはこの男と……セ、セックスとかするんだよね? 私は男女交際というものに興味を持たずに生きてきた。なので当然処女だ。夢の生活と引き換えとはいえ、よく知らない人と体を合わせる覚悟なんてすぐにはできない。
「チケットだけじゃなくて、パックステージパスなんてものもつけてあげられるかもしれないね」
「そ、そういうのは……仁義に反するのでっ!」
心に湧き上がる不埒な衝動を抑え込みながら私は言った。け、決して揺れてなんかいない!
推しとは愛でるもので、触れ合うものではない。遠くから、さまざまな想いを込めて見守るべきものなのだ。
「そっか。ま、僕としても君が他の男を触れ合うのはいい気がしないし。それは助かるけど。さて……どうしようか?」
彼はにこりと笑うと、改めて婚姻届を差し出した。
冷や汗を垂らしながら、踵を返してテーブルへと戻る。私が着席すると同時に、図ったようなタイミングでメイン料理が運ばれてきた。ラム肉のスペアリブ? わぁ、これも美味しそう! ……だけどそれどころじゃない!
調べられたといっても、借金があるかとか、犯罪を犯してないかとか、家族構成とか、そういう『常識』の範囲のことかと思っていた。しかしそれ以上のことを、この男は調べているらしい。
「僕の調べられる範囲のことは、ぜんぶ調べたよ」
「訴えますよ! ストーカー規制法によって豚箱に入れ!」
「訴えられるようなヘマなんて……してると思う?」
にっこりと笑う栗生さんのご尊顔は、腹が立つくらいに美しい。
……そうだよね。このひとは御曹司なんだから、いろいろとやりようがあるんだろう。
面倒な男に関わってしまったというか、関わられてしまったというか……
「ほら、料理が冷めてしまうから食べよう」
栗生さんはなに食わぬ顔で言うと、流麗な仕草で骨から肉を切り離す。私も不貞腐れた顔をしながら、不器用な手つきでラム肉にフォークを入れた。再度テーブルについたからには食べないと損だ。
肉は柔らかく、フォークの先を入れただけでほろりと解ける。口に入れると癖のない子羊の肉から旨味がじわりと滲み出て、その美味しさについ頬が緩みそうになる。私は慌ててそれを引き締めた。
「美也ちゃんは労働をせずに引きこもって、潤沢な資金でオタ活? とやらをするのが夢なんでしょう。僕なら、それを叶えられるよ」
そう言うと、栗生さんは美しい笑みをこちらに向けた。
『私の夢をなぜ知っているんだ!』なんてことは、もう訊く気すら起きない。親しい友人に訊いたらすぐにわかることだし。それだけ、日常的に口にしていることなのだ。
正直なところ……『潤沢な資金ありきでの引きこもりオタク生活』は魅力的である。栗生さんがついてこなければ、なおいいんだけどな。
「君が好きな舞台のチケットも必ず取ってあげられるよ。食べ物の擬人化ゲーム? だっけ。君がたくさん課金してるやつのとか」
……課金状況まで把握されてるなんて、どうなってるんだ一体。
『今世食語り』は今一番はまり込んでいるスマホゲーだ。私の推しはラタトゥイユ様。赤い髪に緑の目が特徴の、太陽のように明るい性格の癒やし系男子である。声もとてもいいんだよねぇ。
それは置いておいて。
いつも壮絶な争奪戦になるチケットが必ず手に入るなんて、正直心がぐらぐらと左右に大揺れしている。
引きこもって……課金し放題、本も買い放題、チケット取り放題、なんて。本当にそんな美味い話があるの? いや。美味い話には、絶対に罠があるはずだ。
それに夫婦になるってことはこの男と……セ、セックスとかするんだよね? 私は男女交際というものに興味を持たずに生きてきた。なので当然処女だ。夢の生活と引き換えとはいえ、よく知らない人と体を合わせる覚悟なんてすぐにはできない。
「チケットだけじゃなくて、パックステージパスなんてものもつけてあげられるかもしれないね」
「そ、そういうのは……仁義に反するのでっ!」
心に湧き上がる不埒な衝動を抑え込みながら私は言った。け、決して揺れてなんかいない!
推しとは愛でるもので、触れ合うものではない。遠くから、さまざまな想いを込めて見守るべきものなのだ。
「そっか。ま、僕としても君が他の男を触れ合うのはいい気がしないし。それは助かるけど。さて……どうしようか?」
彼はにこりと笑うと、改めて婚姻届を差し出した。
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