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第二話『焼き芋』

八卦見娘と幼馴染・九

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 そして翌日。
 一太は大伝馬町や日本橋の紺屋に手代を訪わせていた。

「唄の師匠のおせんさんが亡くなった。おせんさんには紺屋に勤める恋人がいたそうだが、お弔いにきていない。おせんさんが亡くなったのを知らないのなら気の毒だから、藍屋の一太がその恋人を探してるって触れ回らせてるんだ」

 いつもの三好屋の座敷で茶をのんびりと啜りながら、一太はおみつにそう話した。

「これで焦って紺屋の男が、米蔵親分でも掴める尻尾でも出してくれればいいんだけどねぇ。そしたら事件は解決、万々歳だ」

 そう言って一太はおっとりと笑う。けれどおみつの胸中は不安でいっぱいだった。
 たしかに男は焦るだろう。せっかく松五郎が番屋に入っているのに、繋がりを嗅ぎ回られ、掘り起こされて。自分が下手人だとばれたらと浮足立っているに違いない。そして一太の言うように、これで尻尾を出してくれるかもしれないけれど……
 けれどこんなに大々的に一太の名前を出して探してしまっては。おみつが見た明日という日を無事に過ごせた後も、一太が危険なのではないだろうか。これは松五郎を助けたくて自分がはじめたことだ。なのにこれじゃあ、紺屋の男の『敵意』を被っているのは一太ばかりになってしまう。

「一太さん。これじゃ一太さんにばかり……」
「いいの、いいの。おみっちゃんはなにも気にしないで」

 おみつの言葉を、一太は白く綺麗な手をひらりと振ってさえぎった。

「さ、おみっちゃん。土産を持ってきたから食べておくれよ」
「一太さん!」

 話をあからさまにはぐらかされて、おみつは頬を膨らませる。しかし一太が上品な手付きで風呂敷を解くと、おみつの目は自然とその中身に釘づけになってしまった。

(紅梅焼だわ……)

 小さな煎餅を目にしておみつはごくりと喉を鳴らした。紅梅焼は浅草梅林堂が元祖を謳う、生地に砂糖を混ぜて伸ばし、梅の形にして焼いた江戸で人気の菓子である。

「美味しいだろうねぇ、梅林堂の紅梅焼」

 にこりと笑う一太の表情をじっと見ながら『こりゃあ話を戻してくれる気はないわねぇ』とおみつは内心ため息をついた。こういう時の一太は案外強情なのを、おみつはそれなりに長い付き合いの中で知っているのだ。

(先のことは追々考えるとして。危険だとわかりきっている明日は、とにかく藍屋にいてもらわないと)

 おみつは、真剣な表情で一太を見つめた。

「お願いですから、明日は藍屋にいてくださいね」
「うん、うん。できるだけそうするね」
「本当ですよ? 心配なんですから」
「優しいねぇ、おみっちゃんは」

 一太はにこにことしながら、おみつの言葉をはぐらかしていく。だめだ、これが暖簾に腕押しというやつだろうか。なんだかぐにゃぐにゃと正体の無い会話を一太と交わしながら、おみつは女中のおたまが運んできた新しい茶を啜った。

 そして次の日の朝。

「ほら、やっぱり! 藍屋にいるつもりなんてなかったのよ!」

 おみつは藍屋の軒先でつい悲鳴のような声を漏らしてしまった。
 一太のことが心配だったおみつは、また手代の裕次郎を連れて藍屋を訪れた。すると一太は藍屋を少し前に出たと手代に告げられたのだ。目的地は家人に言わなかったらしい。

「一太さんの行き先の心当たりは?」
「へぇ、それがさっぱり」

 おみつが捕まえた手代はそう言うと、申し訳なさそうに頬を指でかいた。

(一太さんは自分が囮になって、紺屋の男を捕まえるつもりなのかもしれない)

 そう思い当たっておみつの顔は蒼白になった。きっとそうだから、昨日はあんなに会話をはぐらかされたのだ。そして一太がわざわざ自分の名前を出して、派手な聞き込みを手代にさせたのは……

「紺屋の男が、私に注意を向けるのを避けるため……?」

 昨日おみつは一太とともに居て、男に関する聞き込みをしていた。それをたまたま知った紺屋の男がおみつに注意を向けても不思議ではない。おみつが見たのはあくまで一太が襲われる光景だけ。その時のおみつが『どうなって』いるかまではわからない。

「ああ、どうしよう」

 おみつはまぁるい手を胸の前で組んで、その場を落ち着きなくうろうろとした。

「お嬢さん。若旦那がどうかしたんですかい?」

 裕次郎はそんなおみつの肩にぽんと手を置き、大きな瞳をぎょろつかせる。一人でおせんの長屋に行くことは、止められてしまうだろう。藍屋の人間に一から話を通すのも時間がかかりすぎる。だったら裕次郎を説得して長屋に一緒に行くしかない。

「裕さん、私の話を聞いてくれる?」

 おみつがそう訊ねると、なにを言われるのかと困惑したのか裕次郎は少し困った顔をした後に『へい』と短い返事をした。

「実は……」

 おみつは早口で裕次郎に事情を話した。おみつの話に裕次郎は聞き入り、その表情はどんどん真剣なものになっていく。

「お嬢さんが危ないことをしていたことを、叱りたい気持ちもございやすが。今は急いで若旦那を追いましょう。今ならきっと間に合います」

 裕次郎は少しだけちくりと言いつつも、おみつの意をすぐに汲んでくれた。のしのしと前を歩き出す裕次郎の大きな背中を見ながら、おみつはほっと安堵の息を漏らした。
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