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第二話『焼き芋』
八卦見娘と幼馴染・八
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町の出入り口である木戸の側には、役人が詰める自身番屋と雇われ町人が詰めている木戸番屋が設けられている。出口の側に設置される木戸番屋はそこで商うことが許されており、商番屋と呼ばれるその店頭では……今まさに一太が買っている焼き芋を売っていることも多いのだ。店先の看板の『十三里』とは栗(九里)より(四里)美味いという駄洒落である。声をかけられた番太郎はほうろくの中から熱々の芋を出す。一太はそれをあちあちと手の中で転がしながら、おみつのところへと戻ってきた。
「これなら温石の代わりになるだろう?」
ほかほかと湯気を立てる焼き芋を差し出しながら一太は笑う。その焼き芋をおみつは少し複雑な気持ちで見つめた。
(松さんも、焼き芋をくれたわね…)
ついつい、そんなことを思ってしまう。
おみつの落ち込んだ様子に気づき、一太は訝しげな顔をした。
「どうしたんだい? おみっちゃん」
「いえ、なんでもないです。ありがとうございます、一太さん」
感傷的になって一太に心配をかけてはいけない。おみつは慌てて一太から焼き芋を受け取り、ほわりと笑ってみせた。
手の中の焼き芋はじわりと温かい。これならたしかに温石代わりになる。そう思いながらおみつが焼き芋を抱きしめようとした瞬間――
くるる、と腹の虫が鳴いた。おみつは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら一太を横目で見た。一太は口元に手を当てて上品に笑っている。どうやら腹の虫は聞こえていたらしい。
「それは食べられる温石だから、食べてしまえばいいと思うよ」
「そうですね、食べましょう」
やせ我慢をしても仕方がないので、一太の言葉におみつは素直にうなずいた。やせ我慢では腹は満ちぬのだ。おみつは焼き芋を半分に割ると一太にそっと差し出した。
「その、一人で食べるのは……」
道端で女一人で芋を頬張るのは、食いしん坊のおみつでも少し恥ずかしい。
「そうだね、一緒に食べようか」
優しく笑って一太は焼き芋を受け取るとさっそくそれを頬張った。いつもは三好屋の座敷でおみつばかりが食べているので、こうやって一太が食べている光景を見るのはめずらしい。大口を開けて焼き芋にかぶりつく一太はいつもよりも少し幼く見えて、それがなんだか不思議だった。
おみつも大口を開けて食欲をそそる濃い黄色にかぶりつく。はふはふと熱くて甘い芋を口中で転がしていると、ふわりと……卦が下りてきた。
(どうしよう、こんなところで)
そうは思うもののおみつに卦が下りてくることは止められない。ふらつきはじめたおみつを見て一太が慌てて支えようとするのを、おみつは引っ張られる意識の片隅に捉えた。
(ああ、一太さんに迷惑を)
そんなことを考えている間にもどんどん意識は引っ張られ。気づけばおみつは先ほどまでいた、おせんの部屋にぽつんと佇んでいた。
『二日後だ――』
頭の中でいつもの声が響く。一太からもらった焼き芋で下りてきた卦なのだから、これは一太に関係することのはずだ。このおせんの部屋で二日後に、一体なにが起きるのだろう。
おみつは緊張しながら目の前でなにが起きるかを見守ることにした。
血痕が残ったままの部屋に一人でいるのは、なんとも恐ろしい気持ちになる。少し震えながら周囲を見回すと、出されたままの茶器や無造作に置かれた黄表紙が部屋の主人は少し前まで当たり前に生活していたのだと生々しく伝えてきた。これももうしばらくすれば、長屋の主人に片付けられてしまうのだろう。
おみつが緊張に身をこわばらせていると障子がからりと軽い音を立てて開き、一太が部屋へと入ってきた。おみつは連れておらず、どうやら一人らしい。知った顔の登場におみつはほっと息を漏らした。
『さて、なにか見つかるといいけどね』
部屋に入った一太は小さく独り言をつぶやいた。彼はどうやら手がかりを探しにここに来たようだ。一太は隅に置いてある綿入れを広げてみたり、三味線を調べたりと丹念に部屋の捜索を進めていく。
――そんな一太の首に、突然誰かの手が伸びた。指先が青の染料で汚れたあの手。それが一太の首を捕え、ぎりりとそのまま絞め上げる。一太と、それを見守るおみつの顔が驚愕に歪んだ。
一太の首を絞める男の顔は、部屋が薄暗いせいかよく見えない。
(やめて、一太さんを離して!)
おみつは必死で叫ぶがそれは聞こえるはずもなく。一太の顔が赤黒く変色していくのを、涙を流し頭を振りながら見ていることしかできない。
(嫌、嫌、嫌。こんなの――見たくないわ)
「おみっちゃん!」
他でもない一太の声で、おみつは現実に引き戻された。体は一太の腕で支えられており、足元には先ほどまで食べていた焼き芋がころころと転がっている。
「一、太さん」
おみつの体は、瘧にでもかかったかのようにぶるぶると激しく震えていた。目からは自然に涙があふれ、それはまぁるい輪郭を伝って転がった。
「生き、てる」
小さく零れたおみつのつぶやきを聞いて一太の顔色がさっと変わる。しかし一太はおみつの調子が戻るまで辛抱強く待ち続けた。
「……おみっちゃん、なにが見えたんだい?」
おみつの震えが収まったのを確認してから一太は優しい声音で訊ねた。
「あの、おせんさんの部屋で。二日後に……」
言葉にしようとしてぶるりと体が震える。ああ、あんなものを現実にしてはいけない。だからちゃんと言わないと。おみつはそう自分を奮い立たせて震える唇を開いた。
「一太さんが紺屋の男に首を絞められるのが、見えたんです」
下りてきた卦の内容に一太は大きく目を見開いた。そして顎に手を当ててふむと少し思案する顔になる。
おみつは一太が思案している間に、地面に落ちた焼き芋を拾う。そして汚れた部分を払ったら食べられそうだったのでほっとした。せっかく一太からもらったものを粗末にはできない。おみつは汚れた部分の皮を剥き、さらに埃を払うためにふうと息を吹きかけた。
「松さんを疑ってたわけじゃあないけれど。犯人探しをしている私の息の根を止めようとするなんざ、紺屋の男が下手人で決まりだね。明日からは聞く範囲をもう少し広げようかねぇ」
聞こえてきた一太の言葉に仰天しておみつはまた焼き芋を落としそうになった。驚いた顔のまま一太を見ると、彼はにこりといつもの顔で笑っている。
「一太さん。これ以上手伝ってもらうのは危ないわ」
おみつは一太の身が心配で眉を下げた。あんな光景が現実のものになったらと思うと恐ろしくて仕方ない。明日からは手代の裕次郎を拝み倒して手伝ってもらおうと、そうおみつは考えていた。
「いいんだ、いいんだ。むしろちょっと派手にやろうかねぇ。明日はうちの手代に大伝馬町中の紺屋に行ってもらおうよ」
そう言って一太はからからとあっけらかんといった様子で笑う。
「一太さん?」
一太の意図がわからず、おみつは困り果てながら首をかしげた。そんなおみつに一太は思わずどきりとするような流し目を向けた。
「……こういうことは、派手にやんないとねぇ」
「これなら温石の代わりになるだろう?」
ほかほかと湯気を立てる焼き芋を差し出しながら一太は笑う。その焼き芋をおみつは少し複雑な気持ちで見つめた。
(松さんも、焼き芋をくれたわね…)
ついつい、そんなことを思ってしまう。
おみつの落ち込んだ様子に気づき、一太は訝しげな顔をした。
「どうしたんだい? おみっちゃん」
「いえ、なんでもないです。ありがとうございます、一太さん」
感傷的になって一太に心配をかけてはいけない。おみつは慌てて一太から焼き芋を受け取り、ほわりと笑ってみせた。
手の中の焼き芋はじわりと温かい。これならたしかに温石代わりになる。そう思いながらおみつが焼き芋を抱きしめようとした瞬間――
くるる、と腹の虫が鳴いた。おみつは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら一太を横目で見た。一太は口元に手を当てて上品に笑っている。どうやら腹の虫は聞こえていたらしい。
「それは食べられる温石だから、食べてしまえばいいと思うよ」
「そうですね、食べましょう」
やせ我慢をしても仕方がないので、一太の言葉におみつは素直にうなずいた。やせ我慢では腹は満ちぬのだ。おみつは焼き芋を半分に割ると一太にそっと差し出した。
「その、一人で食べるのは……」
道端で女一人で芋を頬張るのは、食いしん坊のおみつでも少し恥ずかしい。
「そうだね、一緒に食べようか」
優しく笑って一太は焼き芋を受け取るとさっそくそれを頬張った。いつもは三好屋の座敷でおみつばかりが食べているので、こうやって一太が食べている光景を見るのはめずらしい。大口を開けて焼き芋にかぶりつく一太はいつもよりも少し幼く見えて、それがなんだか不思議だった。
おみつも大口を開けて食欲をそそる濃い黄色にかぶりつく。はふはふと熱くて甘い芋を口中で転がしていると、ふわりと……卦が下りてきた。
(どうしよう、こんなところで)
そうは思うもののおみつに卦が下りてくることは止められない。ふらつきはじめたおみつを見て一太が慌てて支えようとするのを、おみつは引っ張られる意識の片隅に捉えた。
(ああ、一太さんに迷惑を)
そんなことを考えている間にもどんどん意識は引っ張られ。気づけばおみつは先ほどまでいた、おせんの部屋にぽつんと佇んでいた。
『二日後だ――』
頭の中でいつもの声が響く。一太からもらった焼き芋で下りてきた卦なのだから、これは一太に関係することのはずだ。このおせんの部屋で二日後に、一体なにが起きるのだろう。
おみつは緊張しながら目の前でなにが起きるかを見守ることにした。
血痕が残ったままの部屋に一人でいるのは、なんとも恐ろしい気持ちになる。少し震えながら周囲を見回すと、出されたままの茶器や無造作に置かれた黄表紙が部屋の主人は少し前まで当たり前に生活していたのだと生々しく伝えてきた。これももうしばらくすれば、長屋の主人に片付けられてしまうのだろう。
おみつが緊張に身をこわばらせていると障子がからりと軽い音を立てて開き、一太が部屋へと入ってきた。おみつは連れておらず、どうやら一人らしい。知った顔の登場におみつはほっと息を漏らした。
『さて、なにか見つかるといいけどね』
部屋に入った一太は小さく独り言をつぶやいた。彼はどうやら手がかりを探しにここに来たようだ。一太は隅に置いてある綿入れを広げてみたり、三味線を調べたりと丹念に部屋の捜索を進めていく。
――そんな一太の首に、突然誰かの手が伸びた。指先が青の染料で汚れたあの手。それが一太の首を捕え、ぎりりとそのまま絞め上げる。一太と、それを見守るおみつの顔が驚愕に歪んだ。
一太の首を絞める男の顔は、部屋が薄暗いせいかよく見えない。
(やめて、一太さんを離して!)
おみつは必死で叫ぶがそれは聞こえるはずもなく。一太の顔が赤黒く変色していくのを、涙を流し頭を振りながら見ていることしかできない。
(嫌、嫌、嫌。こんなの――見たくないわ)
「おみっちゃん!」
他でもない一太の声で、おみつは現実に引き戻された。体は一太の腕で支えられており、足元には先ほどまで食べていた焼き芋がころころと転がっている。
「一、太さん」
おみつの体は、瘧にでもかかったかのようにぶるぶると激しく震えていた。目からは自然に涙があふれ、それはまぁるい輪郭を伝って転がった。
「生き、てる」
小さく零れたおみつのつぶやきを聞いて一太の顔色がさっと変わる。しかし一太はおみつの調子が戻るまで辛抱強く待ち続けた。
「……おみっちゃん、なにが見えたんだい?」
おみつの震えが収まったのを確認してから一太は優しい声音で訊ねた。
「あの、おせんさんの部屋で。二日後に……」
言葉にしようとしてぶるりと体が震える。ああ、あんなものを現実にしてはいけない。だからちゃんと言わないと。おみつはそう自分を奮い立たせて震える唇を開いた。
「一太さんが紺屋の男に首を絞められるのが、見えたんです」
下りてきた卦の内容に一太は大きく目を見開いた。そして顎に手を当ててふむと少し思案する顔になる。
おみつは一太が思案している間に、地面に落ちた焼き芋を拾う。そして汚れた部分を払ったら食べられそうだったのでほっとした。せっかく一太からもらったものを粗末にはできない。おみつは汚れた部分の皮を剥き、さらに埃を払うためにふうと息を吹きかけた。
「松さんを疑ってたわけじゃあないけれど。犯人探しをしている私の息の根を止めようとするなんざ、紺屋の男が下手人で決まりだね。明日からは聞く範囲をもう少し広げようかねぇ」
聞こえてきた一太の言葉に仰天しておみつはまた焼き芋を落としそうになった。驚いた顔のまま一太を見ると、彼はにこりといつもの顔で笑っている。
「一太さん。これ以上手伝ってもらうのは危ないわ」
おみつは一太の身が心配で眉を下げた。あんな光景が現実のものになったらと思うと恐ろしくて仕方ない。明日からは手代の裕次郎を拝み倒して手伝ってもらおうと、そうおみつは考えていた。
「いいんだ、いいんだ。むしろちょっと派手にやろうかねぇ。明日はうちの手代に大伝馬町中の紺屋に行ってもらおうよ」
そう言って一太はからからとあっけらかんといった様子で笑う。
「一太さん?」
一太の意図がわからず、おみつは困り果てながら首をかしげた。そんなおみつに一太は思わずどきりとするような流し目を向けた。
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