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第二話『焼き芋』

八卦見娘と幼馴染・六

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「へぇ。唄の師匠の件の検分をしたのは、おっしゃる通りあたしですが」

 新材木町の裏店に住む岡っ引きの米蔵は齢四十五の大男である。米蔵は元は腕利きの包丁人だったが、なぜかふらりとそれを辞め。十数年前に前の親分の下っ引きになり、一年前にその跡目を継いだのだ……とおみつに父の源三郎が話してくれたことがある。
 体は大きいが肝は小さく、なかなか腰も重いので『あの親分さんはあまり頼りにはならない』というのが源三郎の米蔵への評だ。
 急な大店の若旦那とその連れ合いとの来訪に、最初米蔵は小さな目をぱちくりとさせていた。しかし一太が事情を話しはじめると不機嫌な表情になり、ふむと唸りながら懐手をした。

「なるほど。その娘さんが有名な大伝馬町の八卦見娘なんですねぇ。それで卦で見た本物の下手人かもしれない男を探している、と」

 米蔵の含みがある言葉におみつはなんだかいたたまれない気持ちになり、背中をできるだけ小さく丸めた。
 おみつに関わりその『八卦見』の力を目の当たりにしている大店の旦那衆と、その噂だけを聞いている者とではおみつの印象は当然ながら違うものだ。
 松五郎のように小馬鹿にしている者、噂を聞いて恐れおののく者、半信半疑な者。そしておみつのことが……『面白くない』者。
 この米蔵はおみつのことが『面白くない』部類の人間らしい。

(見料をもらって手土産を食べて『八卦見でござい』なんて怪しいことを言ってる娘なんて。面白くなくてもしょうがないわよねぇ)

 それに加えてこんな用件で訪ねてこられて、自分の仕事を疑われたという気分も大きいのだろう。
 あからさまな不信感とともに投げられる米蔵の鋭い視線におみつは微苦笑をする。その視線から庇うように、一太がそっとおみつの前に立った。

「親分さんの仕事を疑ってるわけではなくて、私たちは彼の友人だからね。少しでも無実の可能性があるのなら、それにすがりたいだけなんだよ。お願いだから話を聞かせてくれやしないかい」

 一太がおっとりとした笑みを浮かべながら言うと、米蔵は少し考えた後に。『仕方ねぇなぁ』とため息混じりに小さくつぶやいた。藍屋は大店である。貸しを作れば得であるとの、皮算用が米蔵の胸の内で働いたのかもしれない。
 そして米蔵は事件のあらましを話しはじめた。
 松五郎がおせんのところを訪れたあの日。
 おせんと同じ長屋に住む辻講釈の男が、松五郎の訪いをたしかにこの目で見たのだそうだ。それからしばらくして、隣に住む魚屋のおかみさんが男女の言い争う声を聞いた。
 おせんは色香漂う年増で狼弟子たちから恋慕されやすい女である。こういう揉め事もめずらしいことではない。なのでおかみさんはその騒ぎを『いつものことだ、すぐに収まる』と放っておいたそうだ。そして実際に騒ぎはすぐに収まった。
 夕刻になり。足の早い魚をおすそ分けしようとおせんを訪れたおかみさんは……おせんの部屋の畳が大量の血に塗れているのを発見した。

 ――しかし、おせんの死体は部屋にはなかったのだという。

「おせんさんの死体が見つかってない?」

 話を聞いたおみつは思わず素っ頓狂な声を出す。それを聞いた米蔵は不機嫌そうに片眉を上げ、熱い番茶を啜りながら口を開いた。

「あの血の量じゃおせんは生きてねぇですよ。そして状況から松五郎で下手人は決まりだ。まだ口をつぐんでやがるが、そのうち野郎もどこに死体を棄てたか吐きまさぁ」

 松五郎は自身番から大番屋に送られ、お調べを受けている最中だという。松五郎がどんな扱いをされているのかと想像するだけで、おみつは胸が締めつけられる気持ちになる。

「そりゃあ乱暴ってもんじゃあないですかね。おせんさんが死んだっていう確証も、松さんが下手人だって証拠もないんじゃあないですか」

 一太はその綺麗な眉をつり上げながら、めずらしく険しい口調で米蔵に言う。おみつもその横でまんまるな手を握り拳にしながら、うんうんとうなずいた。

「じゃあその八卦見娘の力を使って本物の下手人を連れてきてくださいよ。それくらいできるんでしょう? なんせ見料で一両も取る娘さんなんだ」
「まぁ!」

 米蔵の言い様におみつは呆れてしまった。これ以上検分が不十分であると訴えても、この頼りにならない岡っ引きは動きそうにない。……鼻薬でも嗅がせれば別かもしれないし、米蔵はそれを期待しているのかもしれないけれど。だけどおみつにも一太にも、そんなことをするつもりはてんでなかった。
 不十分な検分や米蔵の態度は業腹ではあるが、ここで米蔵と言い合いをしても埒が明かない。おみつと一太は手早く礼を言うと米蔵の家を後にした。

「困った親分さんだねぇ。ろくな検分もしないで松さんを番屋に連れてくなんて」

 米蔵の家を出たところで、一太が困ったようにため息を吐いた。

「私、卦で見た男が下手人だという証拠を見つけて……松さんを助けたいです」
「そうだねぇ、私もそう思うよ。じゃあ次はおせんさんの長屋に行こうか。おみっちゃんが卦で見た男を目にした住人もいるかもしれないしね」

 そう言って一太はぽんと胸を叩いた。その姿はおみつにはとても頼もしく映る。

(一太さんに頼ってよかったわ)

 自分一人だったらどうしていいのかわからずに右往左往するだけだっただろう。

「ええ、行きましょう。一太さん」
 そう言って真剣な顔をするおみつに、一太もうなずいてみせた。
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