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第二話『焼き芋』

八卦見娘と幼馴染・三

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 一太は背筋をぴんと伸ばした綺麗な立ち姿で源三郎を伴って客間へとやってきた。相変わらず一太はいい男ぶりだ。粋な男というのはこういう人のことを言うのだろう。その綺麗な立ち姿を見ていると、先見で見た小唄の師匠おせんの綺麗に伸びた背筋を思い出してしまい、おみつは眉を下げて困り顔になってしまった。

「一太さん、いらっしゃい」
「や、急にすまないね」

 おみつはぺこりと頭を下げる。一太も品のいい笑みを浮かべながらおみつに挨拶を返した。一太が座布団に腰を下ろすと、源三郎が茶を用意する。一太に出されるものは毎回質のいい玉露だ。一太は卦を見てもらった帰りに三好屋で茶を買うこともあり『じゃあさっき飲んだのを。美味しかったからねぇ』と言ってさらりと結構な量を買って帰る。おみつの商売だけではなく、葉茶屋三好屋にとっても一太はいい客なのだ。
 おみつは玉露に口をつけ、ふっと息を漏らす。玉露の上品な香りが、ため息とともに口から逃げていく。一太はそんなおみつの冴えない顔をじっと見つめた。

「どうしたの? 一太さん」

 一太のような美貌の持ち主にじっと見つめられると、なんだかとても落ち着かない。おみつはふわりとした優しい曲線の頬に冷や汗を垂らしながら一太に訊ねた。

「いやね。なにか心配事でもあるのかなって。眉がうんと下がってるからねぇ」

 一太は指で眉を下げ、おみつの困った顔の真似をする。それを見て横で源三郎が小さく吹き出した。お客人の前でそんな顔をしていたなんて。いけない、とおみつは表情は引き締めるけれど、一度してしまったものはもうどうしようもない。

「卦を見てもらう前に、悩みがあるならちょいと聞こうか? いらぬ世話ならやめておくけど」
「でも……」

 おみつは困った顔をする。わざとではなかったとはいえ、人の叶わなそうな恋を覗き見てしまい心が重いです、なんて。なんとも体裁が悪い悩みである。

「……私は、店の方を見てきますね。少ししたら戻りますんで」

 源三郎がふと席を立つ。自分がいたら話せるものも話せない、と気を遣ったのだろう。客間はおみつと一太の二人だけになり、少しだけ重い沈黙が落ちた。

「……一太さん」
「うん、なんだい?」

 沈黙に押し出されるようにして、おみつは口を開いた。

「……意図せず、ある人の卦が出てしまって。その、将来その人が悲しむことになるだろうってことが見えてしまったんですけど。……一太さんならどうしますか?」
 そう言いながらおみつはふっくらした手で湯のみを弄ぶ。湯のみを揺らすと薄緑の茶がちゃぷりと小さく波打った。それは今、おみつの心に起きているさざなみのようだ。

「ああ、それで心を痛めているんだね」

 なるほど得心したというように一太は頷き、そのしなやかな腕を組んだ。

「……その人とは親しい間柄で、自分が動いてどうにかなることなら。なんとかしようとするだろうね。けれど……」
「けれど?」
「自分にはなんともならないことであれば、美味いものでも食べて忘れる、かな。どうにもならないことは、世の中にはたくさんあるからねぇ」

 言いながら一太は風呂敷を解いて、おみつの前に真四角の箱を差し出した。ふくふくとした手でおみつはそっとその箱を開ける。中に入っていたのは美しい造形の白い落雁だった。

「おみっちゃんが見たのは、どっちだい?」

 一太の言葉に、おみつは少し思案する。

「私には、どうしようもないことですねぇ……」

 そう、人の恋路のことなんておみつにはどうしようもないことだ。だから忘れた方がいい、それは一太の言う通りなのだ。

「じゃあ、これでも食べて忘れようか」

 にこりと笑う一太を見て、おみつの心は少しだけ軽くなる。手に取って口に入れた落雁はとても甘やかで、口の中で上品に解れていく。そしてその甘さはおみつの心も解していった。
 ……落雁を食べたおみつに訪れた先見は、藍屋の丁稚三郎太が三日後縁側で転ぶという他愛ないものだった。

「三郎太は結構そそっかしいから。以前も転んで怪我をしたし、気をつけるように言っておかなきゃだめだねぇ」

 それを聞いて一太は優しい苦笑を浮かべた。奉公人のことを常に気にかけている一太は、彼らのことをよく知っている。おみつは一太のそんなところを好ましく思い、尊敬していた。
 茶を口にし、残りの落雁を頬張り。紅葉狩りの季節ですねぇ、なんて言いながら一太と笑い合う。

(こんな他愛ない先見ばかりだったら、笑って過ごせるんだろうねぇ)

 視界の隅にちらちらと見える、緑の風呂敷包の上に置かれた半分になって冷えた焼き芋。それを見ておみつはふっと小さく息を吐いた。

(……なんともならないものが見えるのは、嫌だねぇ……)

 戻ってきた源三郎が淹れてくれた玉露のお替りを啜りながら、おみつは心の中で呟く。

(忘れよう、忘れよう)

 心に念じて、おみつはまた茶を啜る。いつか松五郎さんが落ち込んでたら、どんと背中を叩いてあげよう。それでいいじゃない。

 そしてこれで終わりだ、とおみつが思っていた矢先。

 ――おせん殺しの下手人として松五郎が捕らえられた。

 三日後の朝。そんな知らせが舞い込んだのだった。
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