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第一話『大福餅』

八卦見娘はふくふくである・二

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「まぁまぁ! 今日も大層なもので……!」

 おみつはその立派な大福を見て頬をゆるませた。一太が持ってくるものはいつもよいものだが、今日の大福は格別に美味そうだ。ふっくらとした大福がちょこんと五つ敷布に乗っている様は、まるで寄り添うふくら雀のようでなんとも愛らしかった。

「本所黄瀬屋の大福餅だよ。近頃評判のものなんだ。おみっちゃんのお口に合うといいけどねぇ」

 一太はおっとりと笑った。その育ちのよさが滲み出る優しい笑みは、日本橋界隈の江戸娘たちの胸をいつも華やがせている。一太は今年十八だ。そして決まったお相手がまだいない。相手がいない麗しい見た目の大店の若旦那となると、もらう付け文はおみつには想像もつかない数なのだろう。この三好屋から藍屋までの帰り道だけでも、ずしりと懐が重くなるほどの文をもらうのかもしれない。十五になっても付け文の一つももらったことがないおみつとは天地の差である。

(――本当に住む世界が全然違う人だねぇ。こんな人のお嫁さんになるのはどんな人なんだろう)

 おみつは内心ひとりごちた。三好屋だって小さな店ではない。中堅と言って胸を張っていいくらいの店だ。奉公人だって何人も雇っているし、それなりの店構えもある。しかし大店である藍屋と引き比べると雲泥の差、月とスッポンである。このおみつの商いのことがなければ、彼とは人生で関わることもなかっただろう。巡り合わせとは面白いものだとおみつは思う。

「大福はちょいと焼いてくれないかい? 出来立てを買ってきたとはいえ、少し固くなっているかもしれないからねぇ。おみっちゃんに『美味しい』と思ってもらえないと『卦』が出ないものね」

 餡を餅でしっかりとくるんだ大福はすぐにカチカチになる。火を通した方が一太の言う通り美味しく食べられるだろう。

「では、すぐにご用意しますね。お茶の用意もいたしましょう」

 使用人のようにそそくさと立ち上がったのは今まで黙していた源三郎だ。おみつの商売の時だけは彼女がこの場の主となるのだ。


 +++


 ――三好屋の娘おみつは、優れた八卦見らしい。

 そんな噂が立ったのは数年前のことである。
 なにかからのありがたい啓示を受けただとか、三途の川を渡りかけてからとか、神隠しに遭ってからとか、そんな『いわく』は一切なく。それは唐突におみつに訪れた。
 おみつが十歳の春。家族で旬のものである初鰹に舌鼓を打っていた時のこと。

「おとっつぁん。火の始末に気をつけて。十日後に小火が出るわ」

 美味しい、美味しいと言いながら鰹と白米をかき込んでにこにことしていたおみつが、突然ぽわんとした顔をした後に、そんなことを言い出したので源三郎は驚いた。
 源三郎とりんは最初はおみつがなにかの冗談を言っているのだと思った。しかしおみつは真剣な顔で『見えたのだ』と必死に二人に訴えかける。

「じゃあ気をつけておくね」

 可愛い一人娘が狐にでも憑かれていないといいが。内心はそう冷や冷やしつつも源三郎はいつも通りの優しい笑顔を浮かべてそう言った。そしておみつはその返事に納得したのか、にこりと笑ってなにごともなかったかのようにまた初鰹を口にした。
 そして十日後……本当に小火は出たのだ。
 原因は女中のはるの灯明の消し忘れだった。発見が早かったので幸い大きな火事になることもなく、それは畳を少し焦がしただけで済んだのである。
 この出来事だけなら、ただの偶然で済まされただろう。しかしおみつの先見はそれからも続いた。
 そしてとある日。

「美味しいわ、おとっつぁん」

 にこにこと美味しそうに焼き栗を頬張った後、またぽわんとした表情になる娘を見ながら源三郎は気づいた。
 おみつの先見の力は彼女が美味いものを口にしている時にのみ顕れるのだと。それから源三郎は注意深くおみつを観察した。ただ美味いだけのものではだめなようだ。彼女が心の底から美味いと感じたその瞬間に、先見の力は訪れるらしい。
 先見できるのは十日前後の短い期間のみ。そして『美味いものをくれた相手』の周辺の事象に限られる。過去を見たり、失せものを探したりという力はないようだ。

(神様がどんな気まぐれでこの力を娘に与えたのかはわからないが、どうしたものかねぇ)

 源三郎は首を捻って思案した。おみつ自身が気に病んでいないのが救いだろうか。この子はとてもおっとりとしているから。
 おみつの力のことは三好屋の外に出さずにいたが、人の口には戸は立てられない。一年、二年と経つうちに噂は江戸を駆け巡るようになった。

 大伝馬町二丁目三好屋の娘は優れた八卦見である、と。

 そうなるとおみつの力にあやかろうと人が押し寄せる。それを今日も追い返し、人の好い顔の眉をうんと下げて困った顔をしている源三郎におみつはほがらかに言ったのだ。

「おとっつぁん。いっそ商売にしてしまいましょう」

 おっとりとして優しいおみつだが、そこは立派な商売人の娘だった。そしておみつは美味しいものを食べるのがなにより好きだった。かくしておみつは自ら『商い』をするようになったのである。
 『八卦見』と言われ有名になってしまったが、おみつの力は占いではない。もっと神がかり的な先見なのだ。けれど一度立った噂を訂正するのもなんだか面倒だったので、食べ物を使う風変りな八卦見でござい、という体をおみつは決め込むことにした。
 源三郎とおみつは話し合い、卦を見る際の条件を決めた。

 一つ、見料は一回、一両也。
 一つ、卦を見るのに必要な手土産は自ら持参すること。
 一つ、持参した手土産がおみつの舌に合わず卦が出なかった場合の見料の返金、および苦情は受け付けないこと。

 見料でふるい落とし、手土産でふるい落とし、返金をしないという条件でふるい落とし。
 そうしてもうなるほどの金を持つ大店の旦那衆はひっきりなしにおみつの元を訪れ、三好屋は葉茶屋以外の商売で潤うことになったのだ。

 そして元からふくふくとしていたおみつは、さらにふくふくとした少女になった。
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