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第一部 〜始まり〜
第十八話
しおりを挟む一段落付いたサーシャとフリードは、アイン達に感謝を述べた。
「本当にありがとうございました」
「なんとお礼すればいいか」
サーシャとフリードはお礼をしようと提案する。
だが、アイン達は何も求めなかった。
「いや、たまたま通りかかっただけなんで!そういえばアルージェ君から聞いたんですけど、シェリーって子は見つかってないんですか?」
アインがフリードに尋ねる。
「捜索隊が集まったから、明朝には森の中に入り捜索を開始する予定だ」
フリードが答える。
「そうですか。僕達も独自でシェリーって子探します。特徴だけ教えて欲しいです」
「助かる話だがゴブリン退治の依頼報酬を払ったら、追加で冒険者に払える金はこの村には無いんだ。気持ちだけ受け取っておくよ」
フリードは元冒険者だったので、冒険者は金が無いと動かないということを熟知していた。
村は食べるものは豊富で生活には困らないが逆に金はほとんどない。
毎年繁殖しすぎたゴブリン退治の依頼を出すのがやっとである。
今下手に冒険者の手を借りてしまうと、来年もしくは再来年のゴブリン退治に響くのが明白なので断った。
「お金のことは気にしないで大丈夫です!捜索は僕達が勝手にやることなんで、森にいる魔物狩って素材を集めるっていう体でやらせてもらいます!だからとりあえずシェリーって子の特徴を教えてください」
アインは金のことはどうでもいいと言い切った。
アインのその言動にフリードは驚いたが、そこまで言うならとシェリーの特徴を細かに教えた。
「ありがとうございます!今日はもう夜遅いので僕たちはこれで失礼しますね!」
アインはカレンとラーニャを連れて、滞在させてもらっている村長の家に向かった。
「あぁいう若者もいるんだな。冒険者の考え方が変わったのか?いやそんなはずはないか」
フリードはアイン達を見送る。
フリードはアイン達から視線をアルージェに移す。
「アル、言いたいことは分かっているな?」
アルージェに厳しい視線を送る。
「はい・・・」
アルージェは俯いていて表情は分からない。
「正直言って今回はさすがに肝が冷えた。夜に森に入るのは自殺行為だ!そこらへんロイからも学んでいるだろ?」
「はい・・・」
「体に傷は無いが、服の状態を見るに恐らく魔物に襲われたんだろ?奴らは夜でも夜目が効くものも多いからな。危険になったところをあの冒険者達に助けてもらえて何とか生きていると、言ったところだろう」
フリードはそこで一区切りしてアルージェの様子を伺う。
アルージェはうつ向いたまま反応はない。
「魔物は本当に危険だ。確かにアルージェは強くなった。だが、それでも数で攻めてくる魔物や連携を取る魔物には手も足も出ない。本当に死んでいてもおかしくなかったんだ。サーシャも俺もアルがいなくなるなんて考えたくない。だからこそ今回は本当に運がよかったんだと思う。生きてくれててありがとうな」
フリードはアルージェを抱きしめた。
「うぅ・・・」
アルージェはバトルウルフに殺されそうになったことを思い出す。
あの時一瞬でもアイン達が来るのが遅れていたら死んでいた。
今更ながら恐怖が心を支配した。
恐怖が支配する心にシェリーを守ると言っていたのに、助けられなかった悔しさが混ざりあう。
そして無事に家に帰ってこれたという安堵感も感じていた。
この三つの感情が混ざり合い心の制御が出来ず涙が流れた。
サーシャはアルージェが泣いているのを見ると優しく全身を包み込んだ。
シェリーがいなくなってから、三日が経つ。
捜索隊による森の捜索は村人達の仕事が止まるという理由で打ち切られた。
捜索隊は村人達によって構成されていたので当然だろう。
だが、冒険者であるアイン達は独自で探してくれているらしい。
「僕が一人でも森に入ることが出来れば・・・」
アルージェは森の中に一人で入っても何も出来ないことを理解していた。
だから、アイン達に託すしかなかった。
シェリーが居なくなってからも、基礎トレーニングとフリード達と剣の打ち込みは欠かさずしている。
アルージェは打ち合いのさなか、ずっと自分を責めていた。
自分はもっと強くならないといけない。
シェリーはきっとアイン達が見つけてくれる。
次こそは僕がシェリーを守る。
その為に今まで修行してきたんだからそうじゃなきゃ意味が無い。
「アル、打ち合いの時に考え事か?」
フリードに思いっきり剣を弾かれる。
「ごめんなさい・・・」
アルージェはジンジンと痺れる腕を抑える。
「いや、構わないさ。シェリーのことを考えていたんだろ?でも、それなら今日はここまでにしよう」
フリードは打ち合いに意識が集中出来ていないと判断し、今日は打ち切ろうとする。
「待って、父さん!僕はまだ出来るよ!」
アルージェは剣を拾い、構えなおす。
「ダメだ!」
フリードが声を荒げる。
その気迫にアルージェは驚き、体がビクッと震える。
「すまない、アル。でも、今日はこれでやめにしよう」
今のアルージェの状態は見るに堪えなかった。
フリードはアルージェに打ち合いをしたいといわれた時、こんな日までやらなくていいんじゃないかと思った。
だけど打ち合いをして体を動かして気持ちが紛れるならいいかと思い了承した。
けれど実際は自分を責める為に、体の限界まで動かし続けて無理をしているように見えた。
そんな息子を見ていられる父親はいない。
「おい、冒険者達が帰ってきたぞ!」
隣人がフリード達に知らせに来てくれた。
アイン達は報告の為、ロイの家にいるらしい、
アルージェは剣を置き一目散にロイの家へと向かった。
ロイの家についた時、「娘さんは・・・・・・」と話すアインの声が聞こえた。
ドアをノックすることも忘れて、アルージェはロイの家に入る。
「シェリーはいたんですか!?」
アルージェが、キョロキョロと家の中を見渡してもシェリーの姿はない。
ソフィアは泣き出し、ロイはソフィアを抱きしめて体を震えさせていた。
その様子を見てアルージェは察した。
「嘘だ!そんなの嘘だ!だってシェリーは剣を持てば僕よりも強いんだ!そんなの嘘だよ!」
アルージェは、つい声を荒げて叫んでしまう。
「アルージェ君・・・、厳しい話をするが聞いてくれるかい?」
アインはアルージェの方へ視線を移し、話始める。
「森の中で遭難してしまった場合、三日で姿を見つけることが出来なければ死んでいる可能性が非常に高いんだ。それは森の中には魔物が跋扈しているっていうのもあるが、水や食料の確保が難しい。それにアルージェ君が追っていった血の跡を覚えているかい?あそこから想像するに相当量の血が出てしまっている。動物はね一定以上の血が体外に出てしまうと、失血死といって死んでしまうんだよ。だから、もう希望はないから僕たちは森から帰ってきたんだ」
アインは優しい口調でアルージェに説明するが、現実を見せる為にと心を鬼にしてはっきりと断言した。
アルージェは言われなくても、初めから理解していた。
魔物に食われている可能性を考慮していなかったわけではない。
バトルウルフの口元には血がついていたのだから。
あの時辺りには血だまりが出来ていた。
あれだけ血が出るほどのケガ治るわけがない。
これらを抜きにしても、少女一人で森を生き抜くのは厳しい。
ロイに森の恐ろしさを教えてもらっていたので分かっていたけど、ただ認めたくなかった。
アルージェは俯き言葉を失う。
「ロイさん、ソフィアさん。見つけられず、本当にすいませんでした」
アイン達はロイとソフィアに深く頭を下げる。
「頭を上げてください、皆さんは悪くないです」
ソフィアが頭を上げてくれと頼むが、アイン達は頭を上げる気配がない。
「僕達がもっと早くゴブリンを退治を終えていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。もしもの話になりますが、そう考えてしまいます。だから、本当にすいませんでした」
アインは先ほどよりも大きな声で、もう一度謝る。
「感謝はあれど、悪く思う気持ちなんて全くねぇよ。むしろ金も出ないのに、ここまでしてくれて本当にありがとな。冒険者のお前たちが捜索して、そういう結果が出たんなら割り切るしかねぇ。時間はかかるかもしれねぇがな。絶対安心とはいえねぇ場所に、採取を頼んだ俺達に非がある。とにかく本当にありがとう」
ロイが頭を下げ、ソフィアも続けて頭を下げる。
ロイが頭を上げる。
「ここ何日でドッと疲れたろ。村長の家で一晩泊めてもらうといい。それとお前達のことはぜってぇ忘れねぇ。また、この村の近くに用があれば是非うちにも寄ってくれ。その時はいろいろと振舞うからよ!」
ロイはアインの肩に手を置いて、トントンと軽くたたいてから納屋に移動する。
「私からもお礼を、本当ににありがとうございました。主人のいう通り、いつでも村の近くを通った時は寄ってくださいね」
ソフィアはまだ涙を浮かべているが、落ち着きを取り戻しアイン達にお礼を言う。
「そうですね。また近くに来たときは寄らせてもらいます!」
アインは頭に手を当てて会釈をして、カレンとラーニャと一緒に村長の家に戻っていった。
「アル君も今日はおうちに帰りましょう?送っていきましょうか?」
ソフィアは立ち尽くしているアルージェの方へを向きアルージェに手を差し伸べる。
アルージェは何も言わず、ただ茫然と家に戻っていく。
アルージェはふらふらとした足取りで家に帰ってきた。
無言で家の中に入り、そのまま寝具に倒れこんだ。
「僕が弱いせいだ・・・。僕が弱いせいでシェリーを助けられなかった・・・」
自分が強ければ、バトルウルフに襲われても倒して捜索を続けること出来た。
アイン達が村に戻ることなく捜索を続けることが出来たかもしれない。
そんな”もしも”が頭の中をずっとグルグルしていた。
シェリーがいなくなったことに対して、村の人達は誰もアルージェのことを責めてはいない。
当たり前だ。
まだ6歳の子供に、魔物が跋扈する夜の森を一人で捜索してこいなんて誰も言わない。
だけどアルージェは全て自分が弱いせいだと思っていた。
それに村の人達にそう思われているとような錯覚に陥っていた。
「くそぉぉぉぉぉぉ!」
アルージェは寝具をバンバンと何度も殴る。
その後もしばらくの間、騒いだり、寝具を殴ったりして行き場の無い怒りを寝具に向ける。
怒りが収まり悲しみが溢れ出すころには、アルージェは疲れて眠りについてしまっていた。
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