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終末送信局 宙より
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液晶の前に群がる有象無象の最後尾で、胸騒ぎをバネにしながら必死に飛び跳ねる。
現代最高峰の画素数を誇る大きなテレビも、かつてこの店のセンターを飾っていたのであろう型落ち品たちも、きっと彼ら史上一番注目されていた。
背の小さい私は、息を呑む大人たちによって存在をかき消されたようだ。
どのSNSもとっくにサーバーダウンしたらしく、それでも片手間に虚無を更新し続けるのはやめられなかった。
「こっち」
私の手を引いたのは友人で、連れて行かれたのは、このご時世お世辞でも薄型とは言えない古い薄型テレビの前だった。どうして隔離されてしまったのだろう。もしかして、私とセナが独占するためだろうか。
色んな国旗が並ぶ場所で、偉そうな人たちがこぞって深刻な顔をしていた。
英語(たぶん)の音声は絞られて、震えた日本語が告げる。
――三日後に隕石が落ちて地球は消滅してしまいます。
最新テレビを見ていた背の高い女性がふらりとよろめき消えてしまうのが見えた。あんなに綺麗な画面で見たら、まるで自分のことのように思えて私も倒れてしまっていたかもしれない。
みんなでひとつのニュースに釘付けになる様は、遠い地で起きた大災害を見ているときを彷彿させた。
「コノミ、帰ろ」
また、セナに手を引かれる。私たちは足早に店を出た。充電器は買えていないのに。
しばらくすると、徐々に街が騒がしくなった。人の声が、豪雨や雷みたいに街の音をかき消した。
私とセナの家の間で、私たちはどうしよもなく見つめ合って立ち尽くす。
胸騒ぎは消えていたけど、家の前まで来てしまったら、次はどうすればいいのかもう分からなかった。きっとセナも同じだった。セナの長い黒髪が、さらさらと風に揺れていた。
セナは、短い三つ編みにしてしまった私のなにを見ていたのだろう。
*
隕石が落ちるらしい、二日前。
地球に住む生命の半分だけが、宇宙に行けることになった。
年齢と身体的性別で区分けして、ランダムに選ばれた半分が宇宙に行けるのだ。
使い道が長らく議論されていた国民識別カードが初めて役に立ったと、役所に勤める父が苦笑いしていた。
私とセナの両親は、宇宙に行けることになった。
セナと私の両親は、選ばれなかった。
私の両親はこれまでに見たことないくらい泣いて、私を抱きしめ、私が選ばれたことを喜んでいた。私は死んでしまうほど泣いた。両親やセナがいない世界で生きる意味が分からなかった。
だけど夕方のニュースが『地球に残る人にはシェルターを用意する』と言い始めて、私はもう納得するしかなかった。消滅、というのは誤訳で人間が住めなくなる可能性が高い、というのが正しいようで、もしかしたら宇宙に行くより安全かもしれないと唱える研究者の映像が流れたからだ。
その晩、家族三人で大好きなバーベキューをしようとベランダに出た。
セナの家から、聞くに堪えないセナの両親の慟哭が響いてきて、私たちは黙って部屋に戻った。
*
隕石が落ちるらしい、一日前。
銃を持った人たちがやって来て、私とセナの両親は宇宙に向かうバスに乗った。セナと私の両親はシェルターに向かうバスに乗った。
遠くで騒がしい声が聞こえたかと思うと、銃声の後すぐに静かになった。
私が笑って両親と別れられたのは、まだこれが夢だと思っているからだ。起きたら覚める夢。きっと私は冷や汗をかいて、朝日を浴びる。朝食をかきこむ合間に、お母さんとお父さんに夢の話をすると「やめてよ、縁起悪い話」と釘を刺される。お父さんは「コノミは小説家になれそうだね」なんてよく分からないことを言い始めるのだ。隣の家までセナを迎えに行くと、セナを待つ間にセナのお母さんと話をして、私はまた夢の話をする。「やだあ~、そんななら私最後エイリアン見てみたいわぁ」とけらけら笑うセナのお母さんの後ろから「お母さん、朝から声おっきいよ!」とセナが顔を出す。そしてセナのお母さんに見送られ、学校に行くまでの道で私はまた、セナに夢の話をするのだ。
きっと、そのほうがいい。だから私はまだ、宇宙に行くのも夢だと思っている。
「コノミちゃんは、まだニンジン嫌い?」
セナのお父さんが聞いてきた。
「もう食べられるよ、好きではないけど」
「昔は絶対食べなかったのに……!」
「好き嫌いしたらお母さんに怒られるもん」
こら、あんたまたお腹いっぱいって言い訳して嫌いなもん残そうとしてるでしょ。
遠くから聞こえた声に、なにかが顔からあふれ出しそうで、思い切り唾を飲んだ。ごくん、と大きな音がして喉が開いた違和感が残る。耳が一瞬キンとして、耳鳴りが引くと一瞬前より鮮明に車内の音が流れ込んできた。
「こら」
指食べないよ、と、たぶん幼い子をあやす母親の声が、背後からする。
咄嗟に振り向こうとするとセナのお母さんに抱きしめて、止められた。セナのお母さんは小さく首を振って、優しく私の背中を叩いてくれる。
私とセナが初めて自分で買ったものは、母の日のための髪留めだったことを思い出した。
*
隕石が落ちたらしい、三日後。
ついこの前、民間企業から初の宇宙旅行プランが発表されたばかりだったことを思い出した。お父さんの人生三周分だと言っていた。使った額のことか、収入のことかは教えてくれなかった。
私たちを宙へと運ぶ宇宙船は大きなマンションみたいだった。日本のどこに隠れていたのだろう。この大きなマンションが、日本の、いや世界の各地にあるらしい。月への移民計画だの、隕石が陰謀論であるだの、聞いていて楽しくない話題は宇宙船のどこからでも耳に入ってくる。
一週間、宇宙船での共同生活を過ぎたら、宇宙に漂う巨大な居住区に移っていくとアナウンスが流れていた。あと四日もすれば、私たちは次の地球に降り立つのだ。
三日の生活の間も、当然のように私はセナの両親のそばにいて、セナの両親は当然のように私と行動を共にしてくれた。セナの場所を奪ってしまったような、両親が誰かに成り代わってしまったような、そんな気持ち悪さに蓋をする。
宇宙船のなかは、学校の体育館みたいだ。隅から隅まで見通せるような四角い箱。その部屋の中には寝るか、かろうじて座って着替えられるくらいの、個室とは言い難い箱が並んでいる。
「棺桶みたい」
こんな嫌な体育館が、この宇宙船に何層もあるらしい。
「かんおけってなにー!」
甲高い声が耳元で弾けた。周囲の視線が一斉にこちらを見る。慌てて口を塞いで、注目の原因になった子どもを睨み付けた。見ない顔だから、別の階から遊びに来たのかもしれない。
「なんでもないよ」
「なんでなんで! なにー! かんおけ! かんおけ!」
「あっちいって!」
「かんおけかんおけかんおけえッ!」
「うるさいなぁ……!」
子どもは嫌いだ。くびり殺してしまいそうだ。殺してもいいんじゃないだろうか。だってここにはもう、きっと法なんて無いわけだし。
苛立つ私を、あったかいものが抱きしめる。食事を取りに行っていたセナのお母さんが帰ってきたのだ。
「まあまあまあ」
セナのお母さんに、ペットボトルを一本渡される。なかには重たいシェイクみたいな何とも言えない栄養食が詰まっている。さまざまな食の好みに配慮して味は無い。
「棺桶って言うのは、死んでしまった方の最期のベッドなのよ」
セナのお母さんが優しく告げると、子どもはシンと静かになった。
「ぱぱとままも、おうちで棺桶にはいったの?」
私も、セナのお母さんも次の言葉を紡げなかった。こちらを睨んでいたまわりの大人たちもみんな目を逸らし、どこかを見ている。
「入ってないよ、死んだ人が入るところだからね」
嘘は言っていない。子どもは「そっか」と呟いて、その場に座った。
「自分の場所に戻り
おわり
現代最高峰の画素数を誇る大きなテレビも、かつてこの店のセンターを飾っていたのであろう型落ち品たちも、きっと彼ら史上一番注目されていた。
背の小さい私は、息を呑む大人たちによって存在をかき消されたようだ。
どのSNSもとっくにサーバーダウンしたらしく、それでも片手間に虚無を更新し続けるのはやめられなかった。
「こっち」
私の手を引いたのは友人で、連れて行かれたのは、このご時世お世辞でも薄型とは言えない古い薄型テレビの前だった。どうして隔離されてしまったのだろう。もしかして、私とセナが独占するためだろうか。
色んな国旗が並ぶ場所で、偉そうな人たちがこぞって深刻な顔をしていた。
英語(たぶん)の音声は絞られて、震えた日本語が告げる。
――三日後に隕石が落ちて地球は消滅してしまいます。
最新テレビを見ていた背の高い女性がふらりとよろめき消えてしまうのが見えた。あんなに綺麗な画面で見たら、まるで自分のことのように思えて私も倒れてしまっていたかもしれない。
みんなでひとつのニュースに釘付けになる様は、遠い地で起きた大災害を見ているときを彷彿させた。
「コノミ、帰ろ」
また、セナに手を引かれる。私たちは足早に店を出た。充電器は買えていないのに。
しばらくすると、徐々に街が騒がしくなった。人の声が、豪雨や雷みたいに街の音をかき消した。
私とセナの家の間で、私たちはどうしよもなく見つめ合って立ち尽くす。
胸騒ぎは消えていたけど、家の前まで来てしまったら、次はどうすればいいのかもう分からなかった。きっとセナも同じだった。セナの長い黒髪が、さらさらと風に揺れていた。
セナは、短い三つ編みにしてしまった私のなにを見ていたのだろう。
*
隕石が落ちるらしい、二日前。
地球に住む生命の半分だけが、宇宙に行けることになった。
年齢と身体的性別で区分けして、ランダムに選ばれた半分が宇宙に行けるのだ。
使い道が長らく議論されていた国民識別カードが初めて役に立ったと、役所に勤める父が苦笑いしていた。
私とセナの両親は、宇宙に行けることになった。
セナと私の両親は、選ばれなかった。
私の両親はこれまでに見たことないくらい泣いて、私を抱きしめ、私が選ばれたことを喜んでいた。私は死んでしまうほど泣いた。両親やセナがいない世界で生きる意味が分からなかった。
だけど夕方のニュースが『地球に残る人にはシェルターを用意する』と言い始めて、私はもう納得するしかなかった。消滅、というのは誤訳で人間が住めなくなる可能性が高い、というのが正しいようで、もしかしたら宇宙に行くより安全かもしれないと唱える研究者の映像が流れたからだ。
その晩、家族三人で大好きなバーベキューをしようとベランダに出た。
セナの家から、聞くに堪えないセナの両親の慟哭が響いてきて、私たちは黙って部屋に戻った。
*
隕石が落ちるらしい、一日前。
銃を持った人たちがやって来て、私とセナの両親は宇宙に向かうバスに乗った。セナと私の両親はシェルターに向かうバスに乗った。
遠くで騒がしい声が聞こえたかと思うと、銃声の後すぐに静かになった。
私が笑って両親と別れられたのは、まだこれが夢だと思っているからだ。起きたら覚める夢。きっと私は冷や汗をかいて、朝日を浴びる。朝食をかきこむ合間に、お母さんとお父さんに夢の話をすると「やめてよ、縁起悪い話」と釘を刺される。お父さんは「コノミは小説家になれそうだね」なんてよく分からないことを言い始めるのだ。隣の家までセナを迎えに行くと、セナを待つ間にセナのお母さんと話をして、私はまた夢の話をする。「やだあ~、そんななら私最後エイリアン見てみたいわぁ」とけらけら笑うセナのお母さんの後ろから「お母さん、朝から声おっきいよ!」とセナが顔を出す。そしてセナのお母さんに見送られ、学校に行くまでの道で私はまた、セナに夢の話をするのだ。
きっと、そのほうがいい。だから私はまだ、宇宙に行くのも夢だと思っている。
「コノミちゃんは、まだニンジン嫌い?」
セナのお父さんが聞いてきた。
「もう食べられるよ、好きではないけど」
「昔は絶対食べなかったのに……!」
「好き嫌いしたらお母さんに怒られるもん」
こら、あんたまたお腹いっぱいって言い訳して嫌いなもん残そうとしてるでしょ。
遠くから聞こえた声に、なにかが顔からあふれ出しそうで、思い切り唾を飲んだ。ごくん、と大きな音がして喉が開いた違和感が残る。耳が一瞬キンとして、耳鳴りが引くと一瞬前より鮮明に車内の音が流れ込んできた。
「こら」
指食べないよ、と、たぶん幼い子をあやす母親の声が、背後からする。
咄嗟に振り向こうとするとセナのお母さんに抱きしめて、止められた。セナのお母さんは小さく首を振って、優しく私の背中を叩いてくれる。
私とセナが初めて自分で買ったものは、母の日のための髪留めだったことを思い出した。
*
隕石が落ちたらしい、三日後。
ついこの前、民間企業から初の宇宙旅行プランが発表されたばかりだったことを思い出した。お父さんの人生三周分だと言っていた。使った額のことか、収入のことかは教えてくれなかった。
私たちを宙へと運ぶ宇宙船は大きなマンションみたいだった。日本のどこに隠れていたのだろう。この大きなマンションが、日本の、いや世界の各地にあるらしい。月への移民計画だの、隕石が陰謀論であるだの、聞いていて楽しくない話題は宇宙船のどこからでも耳に入ってくる。
一週間、宇宙船での共同生活を過ぎたら、宇宙に漂う巨大な居住区に移っていくとアナウンスが流れていた。あと四日もすれば、私たちは次の地球に降り立つのだ。
三日の生活の間も、当然のように私はセナの両親のそばにいて、セナの両親は当然のように私と行動を共にしてくれた。セナの場所を奪ってしまったような、両親が誰かに成り代わってしまったような、そんな気持ち悪さに蓋をする。
宇宙船のなかは、学校の体育館みたいだ。隅から隅まで見通せるような四角い箱。その部屋の中には寝るか、かろうじて座って着替えられるくらいの、個室とは言い難い箱が並んでいる。
「棺桶みたい」
こんな嫌な体育館が、この宇宙船に何層もあるらしい。
「かんおけってなにー!」
甲高い声が耳元で弾けた。周囲の視線が一斉にこちらを見る。慌てて口を塞いで、注目の原因になった子どもを睨み付けた。見ない顔だから、別の階から遊びに来たのかもしれない。
「なんでもないよ」
「なんでなんで! なにー! かんおけ! かんおけ!」
「あっちいって!」
「かんおけかんおけかんおけえッ!」
「うるさいなぁ……!」
子どもは嫌いだ。くびり殺してしまいそうだ。殺してもいいんじゃないだろうか。だってここにはもう、きっと法なんて無いわけだし。
苛立つ私を、あったかいものが抱きしめる。食事を取りに行っていたセナのお母さんが帰ってきたのだ。
「まあまあまあ」
セナのお母さんに、ペットボトルを一本渡される。なかには重たいシェイクみたいな何とも言えない栄養食が詰まっている。さまざまな食の好みに配慮して味は無い。
「棺桶って言うのは、死んでしまった方の最期のベッドなのよ」
セナのお母さんが優しく告げると、子どもはシンと静かになった。
「ぱぱとままも、おうちで棺桶にはいったの?」
私も、セナのお母さんも次の言葉を紡げなかった。こちらを睨んでいたまわりの大人たちもみんな目を逸らし、どこかを見ている。
「入ってないよ、死んだ人が入るところだからね」
嘘は言っていない。子どもは「そっか」と呟いて、その場に座った。
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おわり
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